Vol05:各界のマイスターに極意を学ぶ味を売る~「プロの味」の商品化とコミュニケーション

お客様の生の声、表情の変化、反応から本当のニーズを探る。


 その味がお客様に受け入れられるかどうか事前に市場調査をおこなう。これは味を商品化するにあたってはきわめて重要なプロセスである。昨今は多種多様な調査手法が開発され、さまざまな角度からアプローチがおこなわれている。しかし、お客様の本当に求めている味を把握することは容易ではない。ややもするとデータに振り回され、市場のニーズとはかけ離れたものを商品化してしまう危険がある。
 アンケート調査などによる定量的なデータだけでなく、実際に試食や試飲をしてもらったうえでのお客様の感想(生の声)に注意深く耳を傾け、さらにはその時の表情の一瞬の変化や反応を見逃すことなく観察することで本当のニーズを読み取る。マーケッターと開発者がともに立ち会い、自分たちの目と耳でそれを把握することが大切だとマイスターたちは指摘する。
高橋さん:
プロが作り出す味と市場の意見が合わないということはない。なぜならば、市場のニーズを先読みして、味作りをおこなうのがプロだからである。しかし、それを証明するために、膨大な時間と費用を掛けて市場調査をしている。たとえば、缶コーヒーを例にとれば、肉体労働で疲れている人が飲む場合とオフィスワーカーであるマーケッターが飲む場合では甘さの感じ方に違いがある。それを理解してもらうために、実際にさまざまなセグメントのお客様に飲んでいただき、その感想をお聞きする。商品化を担当するマーケッターとともに、しつこいくらいそれを繰り返す。そして、お客様の生の声や表情の変化を通じて、その違い、お客様が求めている甘さを理解してもらい、すり合せをしている。そこには書類上の言葉やデータではなかなか伝えることができない、現場ならではの感覚がある。
豊留さん:
当社でもマーケッターだけでなく開発担当者にも参加してもらって10人程度のグループインタビューをおこなっている。その時、気をつけていることはお客様の発言の背景をしっかり把握することである。インスタントラーメンも缶コーヒーと同じように、朝昼夜と食べる時間帯や状況、室内の温度、食べる人の体温によって味の感じ方は変わる。また、袋麺タイプの場合は入れる具材によってもスープの味の感じ方は変わってくる。お客様がどんな状況でどういう食べ方をされているのかを一つ一つ確認し、さらに、その発言はご自身の実感に基づいてお話しされているのか、もしくは周りの人の意見を気にされながら発言されているのかを注意深く聞き分けるようにしている。それらをマーケッターと開発担当とですり合せをし、共有したうえで、味の商品化の議論の方向性を定め、定量調査をしている。
大原さん:
目の前でそれを味わったときのお客様の表情の変化や反応がすぐわかるというのは実にうらやましい。クルマの場合、お客様の本当の気持ちをグループインタビューで抽出するのはとても難しい。どうしても言葉のやり取りになるので、グループの中にオピニオンリーダー的な人が生まれ、その人の意見に全体が流されることも多く、苦労している。
成瀬さん:
「どんなクルマが欲しいのか?」実際に乗っていない人の意見をアンケート調査でいくら集めても意味がない。実際に乗っている人の意見が大切だ。

旨すぎる味は瞬間的に売れるが、すぐに飽きられる。


 昨今は若者を中心に、濃厚な味付けでインパクトのある味(いわゆる、“美味い”より“旨い”味)が人気だという。しかし、旨すぎる味は瞬間的には売れるものの、長続きしない。飽きられてしまうのも早い。その結果、商品のライフサイクルはどんどん短くなっていき、次々と新しい味を投入することが必要になるというジレンマに陥る。一歩引いて、少し物足りないくらいの味の方が長続きするのだという。
 それはクルマにおいても同様である。インパクトの強い、美人すぎるクルマは飽きられるのも早い。デザインなどの完成度が高いクルマほど、中古車になったときに妙に古く感じられたりする。少し欠点があって、それがある意味でチャーミングポイントになっているくらいがちょうどいいのである。
高橋さん:
マーケッターは瞬間的でも売れると喜ぶが、我々、作り手からすると継続的に愛飲していただきたい。だから、市場調査でいい結果が出たときは逆に警戒することもある。刺激の強い濃い味で浮動票をつかまえて瞬間的にヒットしたとしても、やはり固定客をつかんでいないと長続きしない。そこは経験で判断して、ちょっと味を抑えることも必要になる。市場調査では、決してこうしたさじ加減は結果に表れてこない。
成瀬さん:
初めて乗ってみた時「いいな」と感じるクルマはすぐに飽きられてしまう。最初は違和感があるくらいでちょうどいい。1週間くらい乗ってみると印象が変わり、2年、3年と乗っているうちに、じわじわと馴染んできて、その味から離れられなくなる。名車とはそういうものだ。乗ってすぐ、その味の良さ、美味しい理由が理解されるようではまだまだ不十分。「なんだかわからないけど、いい感じだ」「また乗ってみたい」と後味が残り、その理由をみんなで議論できるようなクルマが本当にいいクルマだ。
山田さん:
みなさん「美人は飽きる」ということで意見が一致したようだが、ワインの場合は、確かにパワフルで飲むと美味しいけど、後味がしつこくて、すぐ飽きるようなモノがある一方で、ロマネ・コンティのように飲んでみて美味しくて、しかも、後味も繊細で品があって、余韻が楽しめるものがある。美人で、なおかつ気品があってずっと飽きなければ、それにこしたことはないと思うが…。(一同笑い)
[2008年7月 取材]