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市場調査を通じてお客様の意見を聞くことは大切である。しかし、それが開発者やマーケッターの言い訳づくりとなること、データー至上主義に陥り本質を見失うことに対して、マイスターたちは警鐘を鳴らす。たとえばエスティマが登場する以前に、あのようなタイプのクルマ(商用バン)を乗用車として利用するカルチャーや発想はなかった。つまり過去のデータを分析しても、そこにユーザーは存在しなかったのである。その状況にあって、開発主査が死にものぐるいの想いで開発に取り組んだからこそ、“天才タマゴ”というコンセプトが生まれ、ヒット商品となったのである。
服部さん:
私たちの記憶にインプットされている味というものがある。だから、ときどきその味が無性に食べたくなる。当社ではチキンラーメンとカップヌードルがそうだ。これらは新しいカテゴリーの中に初めて登場した味だ。だから、みんなの記憶にインプットされる。当社ではこれをファーストエントリーの味と呼んでいる。初めてであったときの印象が強烈で、それをいつどこで買って食べたのかまで記憶に残っている。私がブランドマネジャーをしていたときは、いつもそういう記憶に残る味づくりを目指していた。クルマでいえば、エスティマはまさにファーストエントリーだったと思う。「あのカタチは面白いな。あんなクルマ初めて見た。乗ってみたいな」と思ったことが記憶に鮮明に残っている。ファーストエントリーは五感のすべてで記憶にインプットされる。
山田さん:
味づくりにおいては、最終的な味付け(チューニング)も大事だが、もっと根本的な味の骨格づくりということが重要だと思う。サントリーホールをプロデュースするとき、一部には、どんなイベントにも対応できる多目的ホールにしたほうがいいという意見もあったが、私はコンサート専用ホールにこだわった。多目的ホールをコンサートのときだけチューニングしてコンサートを上演するのと、本格的なコンサート専用ホールで上演するのでは、味の深みがまったく異なる。骨格から根本的に違うからである。最終的な味付け(チューニング)の加減は市場調査でもわかるが、本質的な味の骨格づくりは作り手の想いで決めるものである。また、ワインの場合は味の骨格は畑で決まってしまう。もちろん果実味を出して、ふくらみを持たせ、味をまろやかにするといったことはチューニングでできるが味の骨格を変えることはできない。いい畑を選んで、畑の持つポテンシャルを最大限に引き出してやることがワインにおける味づくりなのである。
成瀬さん:
クルマの場合も、味の骨格は素材となるクルマで決まる。レクサスとヴィッツでは乗る人も使い方も違うので、自ずと味の出し方も違う。デザインなどの目で味わう味もあれば、アクセルを踏み込んだときの音など耳で感じる味、さらには体全体で感じる乗り味などさまざまな味がクルマにはある。我々、クルマの料理人がするべきことは、クルマの持つポテンシャルを最大限に引き出して、乗る人に合わせた最高の味を導きだすことである。
河本さん:
味の骨格をプロダクトアウトできっちり固めていくことの重要性はたいへん同感できる。プロダクトアウトというのはすなわち、作り手が覚悟を決め、責任を持って、味を一人称で語るということだと思う。レクサスにおいても、それはしっかりやっているし、今後も続けていく。しかし、一方で、これからの時代は、味を一人称だけで語るだけでは不十分で、二人称で語ることがより重要になってくると思う。二人称で語るとはすなわち、「あなたのために」ということである。マーケット・インの「お客様みなさまのために」とは違い、お客様の一人ひとりのご要望にどうやって応えていくかということである。その点では、最後の味付け(チューニング)の部分もとても大切だと考えている。
「味を売る」。そのために広告をはじめとしたお客様とのコミュニケーションをどうしたらいいのか?とくにインターネットという新しいコミュニケーション手段が台頭し、従来のテレビを中心としたマスマーケティングからネットを活用した新しいマーケティングへその重心が移りつつある現在、各社とも試行錯誤の段階であるという。しかし、たとえコミュニケーションの手段は変わっても、大切なことは、その味を食べてもらい、飲んでもらい、体感してもらう機会を増やすことである。
服部さん:
コミュニケーションは双方向のものである。だから、作り手から発信する商品コンセプトを固めると同時に、それをお客様の視点から見直して表現コンセプトを考える。そして、コミュニケーションのスピードを早くするひとつの方法論として、TVなどマス媒体では面白いCFを作成し、興味を喚起して商品を手に取ってもらい、食べてもらう機会を増やすように心がけている。
山田さん:
サントリーは宣伝が上手と思われているようだが、それは間違い。確かに『BOSS』などのようにヒットしている商品をエンターテイメントを使って売っていくのは上手いかもしれないが、売れていない商品では同じ手法は通用しない。ボディーブローのようにじわじわと効かせていくような広告や味をストレートに伝えるのはむしろ下手だと思う。
河本さん:
レクサスで大切にしていることはお客様とのワン・ツー・ワンのコミュニケーション。いま最も重視しているのは全国13ヶ所をキャラバンで廻っている試乗会だ。食品や飲料と違いクルマの場合はお客様がさまざまなメーカーのクルマを乗り比べる機会を持つことは容易ではない。だから、レクサスの試乗会では他メーカーのクルマをご用意して、乗り比べていただき、滑りやすい路面でも安定した走りを制御するVDIMなどレクサスのさまざまな魅力(味)を体感していただく機会を提供している。手間ひまがかかる地道なコミュニケーションだが、マス媒体でのコミュニケーションより効果的だと感じている。
[2008年7月 取材]
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