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開発者が語るレーシングエンジン開発秘話 前編(2/2)
もっと使ってもらえるエンジン。それがRV8Kの原点

もっと使ってもらえるエンジン。それがRV8Kの原点 トヨタ自動車 スーパーフォーミュラ プロジェクトリーダー

完成度としては過去一番のレースエンジンだった

−−RV8Kの開発は、いつ頃どうやって始まりましたか?

永井: 2006年からフォーミュラ・ニッポンにエンジンを供給開始。3年ごとに車両が変わるので09年のエンジンをどうするかという話を2007年の夏頃から始めたように思います。
そのときのコンセプトは、「もっと使ってもらえるエンジン」でした。なぜかというと、「エンジンがないからレースができない」という声を結構聞いたからです。リーズナブルな価格でしかも勝てる性能を持つエンジンを作ろうと。

−−2009年の段階で、他メーカーと共通の排気量3.4リッターV型8気筒のエンジンになりました。この経緯は?

永井: 性能を確保して広く使ってもらうためにはV8が使いやすいだろう。排気量は、ル・マンでも使えるので3.4リッターがいいだろう、600馬力くらい出せばフォーミュラ、GTでも使えるだろうという構想でした。当時のGTではV6があったりV8があったり、排気量もバラバラで性能調整が大変でした。それならみんなで同じ規格のエンジンにしたら性能調整はいらないじゃないか、そっちの方が効率いいし、レースがわかりやすくなると考えて提案しました。

−−幅広く使ってもらうための技術とはどういうものですか?

永井: 信頼性と性能を両立させることですよね。特に信頼性は高くなければ使ってもらえません。当然ですよね。お金を出して借りるのに壊れたら使ってもらえなくなりますよ。

−−新しいエンジンのコンセプトは、その後すぐに形にできるのですか?

永井: 図面ができる前に設計検討会という会合で、検討を重ねてそこでまとまっていきます。うちには優秀なエンジニアがいっぱいいますから。そこから設計が上がってモノができてエンジンの形になっていきます。

−−出来上がったエンジンは、まず台上でテストをすると思うのですが、どのように評価しましたか。

永井: 回しはじめから素性がいいことがわかりました。近年はシミュレーション技術が進んできたこともあって、大体初期の段階で素性はわかります。昔は回してみないとわからないことがあって、テストを始めた途端に壊れたりすることもありました。今はそういうことはなくなりました。よほど間違った事をしなければ外れません。
ただシミュレーションでは読めないところ、特に信頼性などの面ではまだまだ残ってはいますけどね。RV8KはF1で使っていたシミュレーション技術なども使って作ったので、完成度という意味ではこれまで開発したレース用エンジンの中では一番だったかもしれませんね。

−−ベンチテストが終わって、サーキットを実際に走らせ始めたときの評判はどうでしたか?

永井: 現場の人間からは不満は聞きませんでしたね。全然問題はありませんでした。その前の3年間、旧型のRV8Jで勉強したことを全部入れていましたから。

いろいろなカテゴリーで使われ、さらに完成度が向上

−−その後の熟成は順調に進みましたか?

SF13(FN09)に搭載されるRV8Kエンジン
永井: 他メーカーと競争をしなければなりませんから当然性能を上げる改良を加えました。勝てるエンジンでなければ使ってもらえません。向上したのは、パワーばかりではありません。燃費やドライバビリティも良くなりました。
おもしろかったのは、エンジンのトルクの違いが車両のセッティングの影響を及ぼすことがわかったことです。アクセルを開けたときに、パワーが急に出てリヤが出てオーバーステアになる。だからパワーの出方をもう少しマイルドにして欲しいとか、そういう要望はありました。これまでドライバビリティは意識してきましたが、セッティングまで意識したのは初めてです。エンジン特性によってサスペンションのスプリングまで変わるんだということを知りました。

−−これまでエンジン特性とセッティングの関係があまり問われなかったのはなぜでしょうか。

永井: フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)で用いられているスウィフトというクルマの操縦性が、ピーキーだからだと思います。あのクルマ、あの車重で600馬力。タイヤウォーマーもなくてタイヤが暖まりにくいという条件でコントロールするとき、こういう問題があるようですね。こういうことを意識するのはエンジン技術者としてはおもしろいことです。新しいことをやるのは、基本的に技術者はみんな好きですよ。自分たちの知らない領域に入るのが新鮮で楽しいんです。

−−RV8Kは、フォーミュラカー、GTカー、スポーツカー、様々なカテゴリーで用いられてきました。開発は難しかったのではありませんか?

永井: 確かにカテゴリー毎に使われ方が微妙に違います。たとえばSUPER GTではリストリクターで吸気が絞られるので、TRD(トヨタテクノクラフト(株)のモータースポーツ部門)で吸排気も圧縮比も変えています。ただ、そういう使われ方を当初から考えて設計しているので問題はなかったと思います。SUPER GTのカムとLMPのカムは一緒。つまり、転用できるということです。いろいろなパーツが行き来できるよう考えて作ってあります。
その結果、いろいろなカテゴリーで使ったからこそ得られたメリットも少なくはありませんでした。SUPER GTで違う回し方をして得られたものをフォーミュラ・ニッポンの方へ入れるとか、その逆をするとか、そういうことができましたから。いろんなカテゴリーで使うと、ますます完成度が上がっていくという感じがしました。

RV8Kは、こうして生まれ、こうして熟成されて完成に近づいていきました。次回は、熟成の過程で浮かび上がった課題や、RV8Kが現在開発進行中の次世代レーシングエンジンに引き継ぐトヨタのレーシングエンジン開発思想について、後編ではさらに掘り下げます。