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開発者が語るレーシングエンジン開発秘話 後編(2/2)
次世代レースエンジンの技術は市販車にも使えることも重要

次世代レースエンジンの技術は市販車にも使えることも重要 トヨタ自動車 スーパーフォーミュラ プロジェクトリーダー 永井洋治

レースの技術がダイレクトで市販車に繋がるように

−−永井さんご自身は、当初から安価でシンプルな仕組みから性能を引き出すことこそ技術、という考え方でレーシングエンジンを開発してきた方なのですか?

永井: 違います。一時期は確かにお金を使ってしまいました。2000年代のはじめ、レース技術と量産技術はどんどん離れてしまったんです。レースで求められる2万回転のエンジンと市販車で求められる6千回転のエンジンは、全く違うものです。2万回転を実現するためには、市販車用エンジンとは全く違うアプローチをしないといけません。
たとえばニューマチックバルブ(エンジンのバルブスプリングをコイルスプリングでなく、圧搾空気でバルブを押し上げる方式のこと。高回転型のF1エンジンなどで使われている)です。でもニューマチックバルブは、どんなに開発しても市販車用エンジンでは使えないし、求められてもいない技術です。その頃、「こんなことをやっていていいのかなあ」と迷い始めました。この15年でレースエンジンが極端に進化してしまって、市販車ではすぐには役に立たない技術に膨大なお金を使うようになってしまったんです。それなのに、レースで勝つためにはもっとお金が必要だ、と。これ、技術をやっている人間が見たら納得できるかもしれないけど、外から眺める人間にとってはわけのわからない仕事ですよね。かけたお金の成果が勝ち負けにしか出てこないんですから。

−−そこで、今は軌道修正して、異なるアプローチで新しいレーシングエンジンを開発しようとなさっているわけですね。

永井: 途中で迷い始めて、やり過ぎだと反省するようになりました。自分は使うだけ使って、今後の人には使わせないのかと言われそうですけどね(苦笑)。
でも、お金を使わないよう技術開発は停止しろと言うのは誤った考え方です。レースは勝負ごとですから、お金も人も突っ込んで勝とうとすれば、技術の進歩は確実に加速するんです。
ただ、その突っ込みどころを変えて、レースの技術が、市販車の技術にダイレクトに流用できるようにしたいんです。そうすれば、レースの仕事が外に向けて胸を張ってできるようになります。レースを、みんなが夢を持って出来る仕事、みんなが胸を張れる仕事にしたい。これは今、トヨタのモータースポーツ部門のひとつの方針なんです。

次世代エンジンでは環境性能とパワーを両立

−−2014年に登場する、RV8Kのコンセプトの後継機となる次世代レーシングエンジンはどういうものになりますか?

永井:今、トヨタ自動車は「もっといいクルマをつくろうよ」という軸を定めて自動車開発を行っています。具体的に言うと、今の課題は"環境技術"。一定の燃料をどれだけエネルギーに変えることができるかという技術です。次世代レーシングエンジンは、この「もっといいクルマ」につながる技術を磨くことになると思います。レースの場で技術競争をすれば、市販車に役立つ技術の進歩が加速します。
トヨタ自動車 スーパーフォーミュラ プロジェクトリーダー 永井洋治
キーワードで言えば「過給ダウンサイジング」ということになります。ターボ過給を使って、環境性能とパワーを両立したエンジンです。パワーと燃費がリンクしますから、速く走って燃費がよいエンジンが勝てる。燃費が悪いエンジンは勝てないという、外から眺めてわかりやすいレースになると思います。その核となる技術は量産に活かせるものになるので思い切り技術競争をする。
一方、コストに見合わない部分にはお金をかけるのはやめて、うまくそこを区別して競争しましょうという考え方でレギュレーションを決めました。

−−エンジンばかりではなくてレースの形も進化していきそうな雰囲気ですね。

永井: 市販車に技術がフィードバックできるレースというものがこのエンジンによって実現して、レースが本当の意味で走る実験室になります。レースの技術が市販車に活きるようになれば、レース技術者は、外に向けて胸を張ってレースができるようになります。レースエンジンの技術者が市販エンジン開発をできるようになるし、その逆もできるようにもなるでしょう。
また、次世代レースエンジンは、性能は一級のままもっと汎用性を広げ、将来的には大幅にコストを下げて幅広く使っていただけるようにしたいと思っています。新しい時代のエンジンとレースの形を日本から世界へ向けて提案することになると思います。

RV8Kの技術はさらに発展して、2014年シーズンから登場する次世代レーシングエンジンへと引き継がれます。しかもそのエンジンには「もっといいクルマを作ろうよ」というトヨタ自動車の思いが込められる......。そう、レーシングエンジンは文字通り新しい世代へ進化しようとしています。その結果、レースの形やその在り方までは変わるのかもしれません。
今シーズン、最後の輝きを見せるRV8K。そして、この夏には登場する新型エンジン。ぜひ期待してください。