週刊連載コラム「クルマとモータースポーツの明日」9人の提言 「9人の提言」トップへ戻る

第1の提言

第4回「各カテゴリーとそのハード(レース車)についての提言」ニスモ スーパーバイザー/東海大学教授 柿元 邦彦氏

動車メーカーが関与する意義が変質してきているとはいえ、モータースポーツにとっての技術開発競争は古典でありバイブルである。新規技術アイテムの発掘は難しいかもしれないが、適用技術の開発や技術イメージ向上、エンジニア育成は競争がないところでは生まれない。
 一方で人々の関心を呼び、多くのファンを獲得するには人=ドライバーの運転技量の優れたところを明瞭に目に見える形にしないといけない。人々は、自分にはとても出来そうにない超人的技に感動し、それの出来る人を尊敬しスターとして崇めていくわけである。
 そこで技術開発競争とドライバーの競争という二つを両立させ、モータースポーツの発展を図るためにレーシングカーの空力性能(注記)を極端に下げることを提案する。

年のF-1が典型的だが、昨年のチャンピオン・ハミルトンが今年は下位に低迷し、昨年泣かず跳ばずのバトンがシリーズトップを独走しているように、レースの成績はレーシングカーの性能で大いに左右される。他のスポーツと比べて競う道具の影響が大きいことになる。これはモータースポーツの宿命だし、現在のファンやマニアの間では変化があって面白いことかもしれない。しかしチャンピオンが年代わりで極端に変わるようでは、これから味方になって貰いたい多くの潜在的ファンの人達から見ると自分が注目すべきスターに焦点が絞れず戸惑うことになる。
 これをスーパーGTやフォーミュラ日本に置き換えると、エンジンや、タイヤ、サスペンションなどより空力性能が速さへ貢献する度合いが圧倒的に大きい為に、レーシングカーの速さは空力性能をその時の気象や路面状況に最適に合せ込むトラックエンジニアの実力によって左右される傾向が強い。両カテゴリー共に昨年までのチャンピオンが今年は低迷しているが、常に上位3位くらいにはいないと、この世界に入りかけてきた人達の関心は継続しない。

走時の総重量1200㎏のスーパーGTカーは、200㎞以上の速度では空力によって実にプラス800㎏もの下向きの力で押さえつけられている。だからこの800㎏を上手に使えばブレーキは安定し、短い距離で減速できる。コーナーも路面に張り付いてオンザレールで速く走れることになる。これではクルマに空力性能をうまく合せ込むことで速さが左右され、ドライバーの運転技量の差が出にくい。またレースの醍醐味の一つである抜きつ抜かれつも起こりにくい。
 では空力性能を極端に落とせばどうなるか。例えば800㎏を200㎏に落としたとすると空気抵抗(ドラッグという)も減るので同じエンジン馬力でも最高速が速くなり、ブレーキも不安定で止まる距離も長くなる。勿論コーナー速度も遅くなり、空力に頼らないいわゆるメカニカルグリップを使った走り方になるので、走行ラインも様々で今はご法度のドリフト走行でも速く走れるかもしれない。不安定な状況で速く走るとなるとドライバーの運転技量の差が出やすくなる。
 ストレートは異次元の速さでぶっ飛んで行き、ブレーキングやコーナーで暴れるレーシングカーを上手に押さえ込んで走るドライバーが速いとなると、それこそレースのスペクタクルを存分に楽しめる。また真に優れたドライバーが安定して結果を出すことが出来るので、スターがぼやけなくて人気を確固たるものに出来る。

こで、開発競争を阻害しないで空力性能を下げることが重要になるが、標準化された極端にサイズの小さいリアウイングの装着を義務付けて、それを前提に他の部位では開発競争を自由にする。(空力の場合は前後のバランスが重要で、リアの性能を落とすとフロントも必然的に落とさざるを得ず自ずと全体では小さくなる)
 一方でこのご時勢で過度な開発競争は避けなければならない。予算が潤沢にあれば人的、規模的拡大が競争に持ち込まれるが、予算が厳しければ限られた資源の中での本当の知的能力の競争となる。これこそ望まれる競争の形だから、エンジンや車体の軽量化など特に費用の掛かるユニットについては一部の部品を標準化することで競争を避け、費用の掛からない部位での自由競争を標榜したい。
レース屋に良くある前年比何秒速くなったから偉いという評価ではなく、絶対的速さよりもお客様満足度や費用の掛かり具合を指標とする判断基準へ移行しなければならない。

幅は尽きた。
 まだまだ言いたいことや説明不足のところもあるが、これ以上は反論やご批判も含めて次の8人の方々の提言にお任せしたい。このような機会を与えて頂き心から感謝すると共に、提言者の責任として日本のモータースポーツの発展に寄与できるよう微力を尽くしていきたい。

注記;空力性能
 空気の重さは1m³当たり1㎏もあるから台風は猛威を振るう。時速250㎞のレーシングカーは秒速70mの台風の中を走っているようなもの。そこでその風がぶつかる力を利用してクルマを地面に押さえつける。クルマと地面の間にあるタイヤは押し付けられる力が大きいほど踏ん張る力が強くなるので、ブレーキをより効かせ、コーナーを速く走らせることが出来る。一方で先行車の後ろに追いつくと風の当たり方が変わり、空力性能が落ちてしまい先行車を抜くことが難しくなる。クルマの合せこみは0.2㎜単位のシビアさが要求される。

【編集部より】
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Profile:柿元邦彦氏
1945年鹿児島に生まれ 現在63歳。
鹿児島大学工学部卒業後、日産自動車に入社、モータースポーツ業務に携わる。
スポーツ車両開発センター部長を経て、1996年ニッサンモータースポーツインターナショナル(通称ニスモ)に転籍。常務取締役を退任後、2008年より東海大学工学部教授。
ニスモではスーパーバイザーとして日産系スーパーGT500チームの総監督を務める。
「レーシング・オン」にコラムを連載中。
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