スーパーフォーミュラ 2015年 第5戦 オートポリス エンジニアレポート
圧勝でも、パワーや燃費はライバルと同等
ドライバビリティなど総合性能でアドバンテージを築く
トヨタ自動車株式会社 東富士研究所
モータースポーツユニット開発部 小島信也エンジニア
いよいよ終盤戦に突入した2015年の全日本選手権スーパーフォーミュラ。9月12〜13日にオートポリスで行われた第5戦では、ランキングトップの石浦宏明選手がポールポジションを奪い、決勝では昨年度チャンピオンの中嶋一貴選手が石浦選手をスタートでかわしてトップに立ちました。優勝争いは、中嶋選手、石浦選手に加え、小林可夢偉選手が終始展開。この三つ巴の戦いを制した中嶋選手がそのまま逃げ切って今季初優勝を飾り、石浦選手と小林選手が続いてフォーミュラ・トヨタで同期だった3人が表彰台に上ることになりました。トヨタエンジンとしてもトップ6を独占、開幕戦からの連勝記録を5に伸ばすことになりました。この第5戦オートポリスの戦いを、トヨタエンジンの開発・調整を通じて彼らの活躍を支える東富士研究所の小島信也エンジニアに振り返っていただきました。
ピットインのタイミングが鍵となった第5戦
エンジンの事情より、チームの戦略がモノを言う
トヨタ自動車株式会社 東富士研究所
モータースポーツユニット開発部 小島信也エンジニア
スーパーフォーミュラでは、トヨタエンジンを搭載するドライバーを応援していただき、ありがとうございます。トヨタのスーパーフォーミュラ用エンジン"RI4A"を担当する東富士研究所の小島です。今回はオートポリスで行われた第5戦を、エンジンを主体に技術的な立場から振り返ってみたいと思います。
今回、決勝では1位から6位までを独占することができました。「圧勝でしたね!」と評価してくださる方もいますが、実は我々は結果ほどにアドバンテージがあったとは思っていません。例えば燃費。トップを争っていた1号車(中嶋一貴選手)と38号車(石浦宏明選手)が45周終了時まで、最後にピットインした3号車(ジェームズ・ロシター選手)については46周終了時まで引っ張りました(レースは54周)が、これも特別(燃費が良いというわけ)ではありません。各車の給油時間をチェック(※1)して見ても、54周レースを走りきったクルマはどこも大差がなくて、ライバルとは(燃費に関して)同等ではないか、との印象があります。彼らが引っ張ったのは燃費がどうこうよりもチームの戦略だったのだと思います。
入賞した8台の内7台がトヨタエンジンのユーザーで、KYGNUS SUNOCO Team LeMansとP.MU/CERUMO・INGINGが2台ずつ、PETRONAS TEAM TOM'SとKONDO RACING、LENOVO TEAM IMPULが1台ずつ。多くのチームが上位に来ていて『我々の目指している"扱い易いエンジン"が実現できたな』と思っています。
もちろん、トヨタエンジンを使用する全チームに、同じ(仕様の)エンジンを供給しているのですが、予選ではLENOVO TEAM IMPULの2台が、苦戦していた印象がありました。でも、彼らは前回のもてぎや、その前の富士では速かったし、決勝では19号車(ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ選手)が好スタートを切ってポジションを上げ、レースペースだけでなく戦略の上手さ(※2)も手伝って5位まで挽回したのは流石でしたね。やはりレースはエンジンだけではなく、それを車体に載せたクルマの総合的なパフォーマンスと、さらにドライバーやチームの総合力が必要だということですね。
※1 「給油時間をチェック」 今回はレース距離が通常の250kmで、途中の燃料補給が必須。給油の流量はレギュレーションで決まっているため、給油時間を計測することで給油量を知り、燃費の良し悪しを判断できます。
※2 「戦略の上手さ」 ピットインのタイミング(周回数)と、タイヤ無交換/2本交換/4本交換の何れにするか、が戦略の選択肢となりました。19号車は結果的に13秒余の短時間でタイヤ4本を交換したことが追い上げに繋がりました。
最大の見せ場だったスタートダッシュ
ドライバーの感覚をエンジン側からもサポート
最大の見せ場だったスタートシーン
決勝レースのスタートでは、中嶋一貴選手が今回も見事な素晴らしいダッシュを見せてトップを奪っていますが、フロントローの2台もスタートが悪かった訳じゃないし、後方からはデ・オリベイラ選手もジャンプアップしていました。
もちろん、スタートに関してもエンジン側でできることをいろいろトライしています。ですが、実は開幕戦から大きな変化はありません。と言うのもドライバーの感覚によるところ(※3)も重要で、何度も何度も変えると、その度にドライバーの感覚を合わせ込む必要が出てきます。それは結果的に良くないだろうと言うことで、またドライバーからのリクエストもあって、開幕戦から大きく変えることはしていません。
スタートし易いエンジン。ピックアップ(※4)の良さはもちろんですが、ホイールスピンさせ過ぎてしまうと、これも好スタートを切ることができません。だからドライバーが走り易く、なおかつホイールスピンさせ過ぎないようにトルクの出方を調整する。これも我々が追求しているドライバビリティのひとつですね。
※3 「ドライバーの感覚によるところ」 スーパーフォーミュラで使用するSF14はクラッチが手で操作する方式です。これまで慣れ親しんできた足踏み式以上にドライバーの感覚や慣れ、コツの取得が重要になってきます。 ※4 「ピックアップ」 エンジンが素早く吹き上がる(回転数が上昇する)のをピックアップが良いと言います。特に走行中にアクセルペダルを踏み込んだ時のレスポンス(ピックアップレスポンス)が重要とされています。
オートポリスで得た手応え
残り2戦のサーキットに向け、改善を進める
昨年唯一優勝できなかったSUGOを含む
残り2戦へ向け、改善を進める
ストップ&ゴーのレイアウトが特徴だった前回のツインリンクもてぎとは違い、今回のオートポリスは中低速コーナーに加えて高速コーナーも多くなっています。そしてこれは、次回のスポーツランドSUGO(決勝10月18日)や最終戦の鈴鹿(決勝11月8日)にも通じるキャラクターです。前回投入した今季2基目のエンジン(※5)も、このサーキットのキャラクターに合わせて、制御系をアップデート(※6)してきました。実戦のインターバルのタイミングで開発車テストを実施して、そこでいろいろなアイデアを具現化した制御のプログラムをテストします。そして、その効果が確認され、全チーム/全車への供給が間に合ったものが実戦に投入される。これがアップデートのイメージです。
アップデートで力を注いでいるのは、やはりドライバビリティの改善です。出力に関しては「これで十分」と言うところがなく、少しずつ(最高出力を)上乗せして行く感じですが、ドライバビリティに関しては究極のイメージがあって、そこに一歩ずつ近づいていく、といった感じですね。最近ではシフト関連の改善も進めています。シフトアップ/ダウンした時のショックを小さく抑えるとともに、スムースに繋がり、その後エンジン回転が乱れたりしないように心がけています。
土曜日のフリー走行時に38号車(石浦選手)がコースでストップしてしまうハプニングがありました。電気系のトラブルで、実は初めて起きたトラブルでした。しかし、これも素早く対処することができました。
パワーとドライバビリティ。こうしたパフォーマンスを上げると同時に信頼性もアップして行く。これからもこうした開発が進められて行きます。これまでこの場を借りて、開発エンジニアの立場からレースをレポートしてきましたが、この度、別のプロジェクトに関わることになり、私がお話しするのは今回が最後になりました。ここまで読んでいただいた皆さんに感謝するとともに、これからは私もファンの皆さんとエンジン開発陣を、そしてTOYOTA GAZOO Racingのドライバー、チームを一生懸命応援しようと思います。
※5 「2基目のエンジン」 スーパーフォーミュラではエンジンの使用規定があって開幕戦から第3戦までの3レースを1基目、第4戦から最終戦までの4レースを2基目のエンジンで戦うことが義務付けられています。
※6 「制御系をアップデート」 エンジンの機械部分は基本的にアップデート(変更)できません。だたし、コンピュータのソフトウェア、いわゆる制御系は毎戦ごとにアップデートすることも可能となっています。