第6の提言

第2回「WTCCから見える、レースとTVの関係」モータースポーツアナウンサー ピエール北川 氏

WTCCグリッドガール セアトマシン(コロネル車)
CHEVROLETトランスポーター LADAトランスポーター

なさん、「WTCC」というレースはご存知でしょうか?
WTCC(世界ツーリングカー選手権)は、2005年からスタートしたFIAの世界選手権。現在各国では様々な選手権が行われていますが、世界選手権のタイトルとなると、ご存知F1(フォーミュラ・ワン)とWRC(世界ラリー選手権)、そしてWTCCの3つだけです。WTCCはその名の通り4大陸、世界12カ国を転戦し、元F1ドライバーを始めツーリングカーの猛者たちと、BMW、SEAT、CHEVROLET、LADAの4メーカーが、全12大会24戦でドライバーとマニュファクチャラーの選手権を争います。レースの競技規則は、1大会2レース制で、2レース目は1位から8位を逆転するリバースグリッドを採用。これはレース中のパッシングを増やすルールです。また1ヒート50㎞ほどのスプリントレースですから、スタートからフィニッシュまで接触は日常茶飯事のエキサイティングさ。レースで使われている車両は決してスポーツカーでない、むしろ低コストの“ファミリーカー”をレース用に仕立てあげ、接近戦のバトルを演出する車両規則と一流のドライバーのテクニックがミックスされ、常に興奮するレースを演出する。ある意味この方法は大変わかりやすく、競技性や技術性をマニアックに争うのではなく、エンターテインメントに割り切ったレースですね。

EUROSPORTS中継車 日ドイツで開催されたヨーロッパラウンドの一戦を現地視察したお話を少ししましょう。まず中継のカメラ数ですが、20台は超えているでしょうか。車載のライブカメラも含めかなりの数にのぼります。WTCCは世界選手権で初めてとなるハイビジョン放送のため、それに対応した専用中継車に各カメラからの映像が届きます。車内は常時9名ほどが持ち場につき、フランス語が飛び交う中それぞれの仕事を担当。クラッシュシーンのリプレイや、レース終了後のダイジェストなどを編集制作する専任スタッフが車内には4人もいて、常に面白い映像を瞬時に送出できるように作業をしているのが印象的でしたね。私も日本でライブ中継の映像を見ながら実況することがあるのですが、ユーロスポーツの制作するレース映像はカメラのスイッチングやダイジェスト挿入のスピードがビックリするほど速く、とても忙しいのです。それはつまり、レースを見ている視聴者を、常に画面から離れさせない工夫なのでしょう。また実況ブースでは、アナウンサーと解説2名で1セットとなり、国際レースらしく英語放送とドイツ語放送の2チームが、現地付けで実況入れをしていました。また中継車の外では、各国TV局向けのプレゼンテーションブースがあり、営業らしき人が熱心にシステムの説明をしていました。

WTCC土曜日パドック風景 サイン攻め(プリオール選手) WTCCサイン会

一方でTV中継が充実すればOK?なのか、サーキット内のサービスはさっぱりしていましたねぇ(苦笑)。シリーズスポンサーの看板などは、中継用カメラでしっかり映りこむ場所に設置してあるだけで、後ははっきり言って無いに等しい感じ。お客様へのサービスも特に充実しているわけではなく、日本のサーキットによくある、大型ビジョンのサービスなどはなく、場内実況放送(スピーカーのみ)とプログラムの販売があるぐらい。ただ驚いたのは世界選手権なのに入場料が非常に安く2日間通しで5000円ほど。パドックエリアはなんと無料で開放し、それゆえ来場者も多く、パドック内にあるメーカーブース前ではグッズショップに群がる黒山の人だかりが常にありました。参戦ドライバー達も想像以上にフレンドリーで、パドック内ではファンに対して気軽にサインや写真に応じていましたね。とても和やかなイイ雰囲気を感じました。

WTCCコメンタリーブース て実はこのWTCC、面白いのはすべてにおいて「TV中継ありき」でレースが考えられていて、徹底的に放送重視でレースイベントが作られているというのが特徴的なのです。言い換えればTVに映るものには「しっかり」お金をかけ、そうでない見えない部分は「きっちり」コストダウンをする。このメリハリがとても利いています。
このシリーズを運営するのは「ユーロスポーツ・イベント」と呼ばれる組織で、これはヨーロッパ初のスポーツ専門チャンネル「ユーロスポーツ」のグループです。こうした背景があってWTCCは「ユーロスポーツ」を中心に75を超えるテレビネットワークと、160カ国170にも及ぶ地域でレースが放送され、2008年の統計で視聴者数はなんと3億5000万人になるというから驚きです。もちろん日本でも2006年からCS放送のGAORAが全戦放送をスタートし、今シーズンで中継も4年目を向かえました。日本大会に限ってはテレビ大阪をキーステーションに、テレビ東京系ネットで地上波放送もありましたね。
WTCCのビジネスモデルは、各国にTVの放映権シリーズで買ってもらい、その収入によってレースが運営されるシステムのようで、サーキットの入場者数が国によって大きな差があっても、金銭的には大きな問題も無く、安定して選手権が開催でき、なおかつチームの参戦コストもF1やWRCに比べればはるかに低いようです。

ピットレポート(BMWタイセン博士)
GAORAインタビュー

者は日本のレース中継制作や、レースのビジネスモデルをすべて知るわけではありませんので、極めて幼稚な話になるかもしれませんが、日本のレースは「お客様の見えないところ、わかりにくいところにお金をかけ過ぎているのではないか?」と思うときがよくあります。「何でもかんでもお金をかけるな!」「何でもかんでもテレビ優先だ!」というわけではありません。やみくもに全体のコストを削減しすぎると、“商品としての”レースイベントが安っぽくなり、価値が低くなってしまうことになるので良くありません。要はお金の使いどころ、かけ具合だと思います。かけるべきところにはお金をかける、例えばプロモーション費用や賞金、スターティングマネー、入場料金の引き下げなどを実行する。かわりに高額の車両開発費やパーツ費用など、思い切ってコスト削減できるところはそれを実行することで、何よりチームの負担軽減と、選手権の安定開催が可能になるのではないでしょうか?
WTCCや、アメリカのNASCARは極端な例かもしれませんが、最先端の技術を競い合うカテゴリーは、F1やル・マン24時間耐久などに任せて、それとは別にTVやインターネット放送などに力を入れ、レースが魅力的な商品になるようなコンテンツ作りをWTCCなど例に参考にしてみたらどうでしょうか?様々な放送をはじめとした権利を国内だけに限らず海外にも積極販売することで、参戦チームやメーカー、サーキットも出来るだけ低コストでシリーズに参加しやすく、なおかつエンターテインメント性の高い“今までと一味違った”レースになれば…。そんなカテゴリーが国内に存在しても「アリ!」だと思います。

セアトブース前風景
WTCCドイツ観客

レース業界に必要なのはしっかりとしたビジネスモデルが作られ、一般社会の企業はもちろん、興味をもつ誰もが理解しやすい興行のシステムを早期に構築しなければ、いつまでたっても「この業界は好きな人たちだけの集まりだ」「わかりにくい世界だ」と思われることから抜け出せません。
初めてレースを目にする方や、メカがあまり詳しくない女性や小さな子供たちなど、そんな皆さんをいかに「おーっ!カッコイイ!」と直感的に興奮させ、モータースポーツに対して素早く好感を持っていただくことができるか。そしてより感情移入しやすい環境を整えるか。TVの役割はとても大きいと思います。F1中継や「激走GT」だけでなく、もっと地上波のTV番組が、キー局にこだわらず独立した地方局にも増えたりして、各局のスポーツニュースなどで露出が増え、お茶の間で頻繁にレースを見る機会が増加すれば、ゴルフやサッカーと同じようにモータースポーツファンを増やすことになると思うのですが…甘いか(苦笑)

【編集部より】
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Profile:ピエール北川 氏
1970(昭和45)年6月2日生まれ、39歳。
三重県桑名市出身。名古屋市在住。
元々は某自動車ディーラーの営業マン。
趣味でカートレースを楽しむ傍ら、マイクを握り始め実況の世界へ。
現在は鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎを中心にF1からカートやラリーまで、あらゆるモータースポーツを実況するフリーアナウンサー。
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