第7の提言

第1回「なぜ、日本では自動車への関心が低いのか?」CAR GRAPHIC編集部 副編集長 大谷達也 氏

ヨタ自動車と縁の深いGAZOO Racingが「クルマとモータースポーツの明日」と題し、メーカーの垣根を超えて提言を掲載していこうというのだから、そこには並々ならぬ決意と深い危機感があるに違いない。それに対して、一介の編集者である私が偉そうなことを言える立場ではないけれども、せっかくのご指名なので、約20年にわたり内外のモータースポーツを取材してきた経験を踏まえ、精一杯役割を務めさせていただこうと思う。

ータースポーツ人気の低迷は深刻なレベルに達している。本企画の出発点はこの認識に根ざしているはずで、これは現場に足を運ぶ多くの関係者が共有する思いでもある。実際、国内最高の人気を誇るスーパーGTでさえ2009年の観客動員数は前年比で-7%、フォーミュラ・ニッポンも-19%と苦戦している。海外の状況も似たり寄ったりで、F1は、2009年が最後の開催になると危惧されたシルヴァーストーンが近年にない賑わいを見せたのを例外とすればそろって観客の入りは鈍く、特に政府の肝いりでF1開催に踏み切った、いわゆるモータースポーツ新興国は軒並み悲惨な状況だったと聞く。F1と並ぶ観客動員力を誇るアメリカのNASCARも、リーマンショックに端を発する金融危機の震源地だった影響で、2009年は空席の目立つイベントが少なくなかったようだ。いっぽう、ルマン24時間は史上最高を記録した2008年に比べればいくぶん観客は減ったとされるが、現場に足を運んだ者の印象としていえば、人気に翳りが出ているとまでは感じなかった。
 したがって、一部に例外はあるものの、全般的に見ればモータースポーツの人気後退は世界的な傾向といえる。理由は様々だろうが、ここで注目すべきものとして以下の各項目を挙げておきたい。
1)世界的な景気後退でモータースポーツ観戦への支出が抑えられた。
2)競技や技術が極端に高度化した結果、多くの人々にとってモータースポーツがわかりにくいものへと変質していった。
3)自動車やモータースポーツに対する興味や関心が、なんとなく薄れていった。

1)の理由は、モータースポーツ関係者にとって如何ともし難いものである。当面は、経営や運営の効率化をはかって経費節減ならびに価格の引き下げを図りつつ、一日も早い経済の立ち直りを期待するしかない。2)の理由は、まさしくモータースポーツ関係者が取り組まなければいけない点だろう。もしも現在の競技のあり方やその伝え方に問題があるとすれば、それらを真摯に受け止め、改善すべき点は改善していくことが我々関係者に課せられた使命である。また、本企画の最大の関心事もこの点にあると推測される。私の「提言」も、この問題に力点を置くつもりでいる。3)は、いちばんやっかいな理由である。おそらく、どの自動車メーカーもこの問題を真剣に受け止め、対策に取り組んでいるはずだが、いまだに明確な打開策は見いだされていない。それだけに今後の見通しが立てにくく、しかもモータースポーツを衰退させる最大の原因ともなりかねないポイントといえる。
 3)を根本的に解決する方策は、私にももちろんわからないが、今後を考えるうえでの手がかりはある。それは、この問題が日本で特に顕著であるという点だ。自動車に対する憧れの気持ちを考えるとき、私がいつも思い起こす情景がある。数年前にインディ500の取材でインディアナポリス市内に滞在したときのこと。決勝日一日だけで40万人を集めることから、モータースポーツに限らず全スポーツのなかでも「世界最大のイベント」とされるインディ500には、全米から様々な観客が集まる。当然、自慢の愛車で乗り付けるファンもいる。私が目にしたのも、その種の手合いだったに違いない。カウンタックやディアブロなどのランボルギーニが2~3台ほど、市内の目抜き通りを走り去っていったのだ。同様の状況は東京で起きても不思議ではないが、すぐ近くにいたアメリカ人の親子は、私が予想もしなかった反応を示した。6~7歳と思しき男の子の手を引いていた父親が「ワオ! 見てごらん、ほら、すっごい車が走っているよ!」と叫ぶと、それを聞いた子供も「本当だ!すごい、すごい!」と歓声を挙げたのである。私には、車好きな子供のために父親がわざと喜んで見せたとは、到底思えなかった。地を這うようなスーパースポーツカーのスタイリングに、親も子も度肝を抜かれて、思わず大声を出してしまった……。そんな、車に対する憧れの気持ちが素直に発露した瞬間だったと、いまも信じている。

しも日本で同じことが起きたら、どうだろう。休日の表参道あたりを数台のランボルギーニが走り過ぎていっても、誰も見向きもしないのではないか?それは、そもそも車に無関心だから、ということもあるかもしれない。ただし、それ以上に恐ろしいのは、心の中では「ハッ」としたにもかかわらず、周囲の人々に車好きであることを知られたくないばかりに、敢えて平静を装う人たちがいることだ。つまり、車好きであることを「みっともない」とする風潮が世の中にあり、その圧力に「純粋な車好き」が抗しきれずにいる状況が日本では起きている。私はそんなふうに考えているのだ。
 そうした風潮を生み出しているのは、自動車はもはや古くさい存在であるとか、混雑した都市部では役に立たないとか、環境問題を考えれば未来はないなどの思いであろう。けれども、自動車が本来の目的でしっかりと使われ、いまもその有用性や走らせる喜びが知られている国や地域では、「ニヒリズム」としか思えない日本のような状況には陥っていない。たしかに、日本の現在の交通事情、特に都市部における混雑具合や所有に伴うコストを考えれば、自動車の有用性があまり理解されないのは仕方のないことだ。けれども、だからといって自動車に乗る楽しみがないかといえば、一概にそうとも言い切れない。というのも、ちょっとした巡り合わせでジムカーナを体験した若い女性が、目をキラキラさせながら車から降りてくるシーンを何度となく見たことがあるからだ。そこまで大げさでなくても、遊園地のゴーカートを楽しむ人々が多いのは、自動車の運転という行為に純粋な楽しさが潜んでいる何よりの証拠である。


だし、混雑した現在の交通環境や公道上での安全を考えれば、趣味として自動車を走らせる機会、スポーツとして自動車を走らせる機会は別個に設けたほうがいい。いや、もちろんその種の機会はすでにあるけれど、一般の人々には値段も敷居も高すぎる。もっと、たとえば皇居の周りをジョギングするような手軽さで、自動車を走らせる楽しみを提供することはできないだろうか?もしもそれができれば、自動車を走らせる楽しみが広く伝わり、究極的にはモータースポーツへの関心の高まりにも通じると思われるのだが……。毎年秋にお台場で開催されるイベント、モータースポーツ・ジャパンには10万人単位の観客が集まる。F1日本GPと並ぶ、我が国最大のモータースポーツイベントだ。安いこと(入場料は無料)と都心から近いことが、集客面で大きな効果がある証左といえる。であれば、今度は“観客が走る機会”を設けたらどうだろう?同じお台場に簡単なジムカーナコースを作り、ひとり1回1000円程度でタイムアタックができたら、かなりの数の愛好家が集まるような気がする。もちろん、参加料だけではコストに見合わないからスポンサーシップは必要だが、走りの楽しみを知ってもらうには極めて効果的だと信じる。
 我が国における自動車への関心の低さは、走らせる楽しさが忘れられていることに関係があると指摘したところで第1回は筆を置く。第2回以降は、日本のモータースポーツ界が取り組まなければならない施策と、その際に求められる姿勢について考察していきたい。

【編集部より】
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Profile:大谷達也 氏
1961(昭和36)年9月2日生まれ、48歳。
神奈川県平塚市出身。川崎市在住。
大学卒業後はエンジニアとして電気メーカーの研究所に勤務していたが、29歳にして、かねてより憧れていたCAR GRAPHIC編集部への潜入に成功する。現在は同誌副編集長兼モータースポーツエディター。日本モータースポーツ記者会の会員でもあり、2009年末まで会長を務めていた。
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