第7の提言

第2回「“憧れの思い”が出発点」CAR GRAPHIC編集部 副編集長 大谷達也 氏

ータースポーツの人気再興を図るための具体的な議論を始める前に、人はなぜレースを観に行くのか、もしくはなぜレースに出場したいと思うのかについて考えてみたい。
 これはモータースポーツに限らず、どんなスポーツにもあてはまることだが、特定の競技に関わりたいという衝動は、多くの場合“憧れ”がきっかけになっている。たとえば、サッカーの試合を観戦しようと思うのは、サッカー選手やサッカーという競技全般に憧れを抱いているからだ。また、サッカーを始めてみようと思う人は、自分もサッカー選手になりたいという憧れを持っているのだろう。この構造はモータースポーツでも基本的に同じだが、一般的なスポーツでは関心の対象が競技者もしくは競技全般となるのに対して、モータースポーツでは競技者(ドライバーもしくはチーム)や競技(レース)以外に、競技車両という3つめの要素が加わる。つまり、憧れの気持ちの対象となるのは、ドライバーやチームであったり、レースという競技そのものであったり、レースに参加している競技車両であったりするわけだ。ここまで議論を進めれば結論は意外とシンプルで、モータースポーツ人気を再興させるには、この3つの要素を用いて人々に憧れの気持ちを植えつければいい、となる。
 ただし、結論としては実にシンプルだが、それを実現するのが非常に難しいことは皆さんお気づきのとおりである。たとえば、芸能界で活躍するアイドルとファンを結び付けているのも憧れの気持ちだが、デビュー前の新人が人々に憧れの気持ちを沸き起こせるかどうかは、おそらく誰にも予想ができない。経験豊富なマネージャーであれば、ある程度の予測は立つのかもしれないが、それにしても百発百中とはいかないはず。そうでなければ、スターダムにのし上がることなく消えていく新人があれほど多いわけがない。また、第三者から「この人がスターです」と押し付けられて、それを疑いもせず受け入れる人が大多数とも思えない。つまり、誰かをスターにする道筋は関係者に用意できても、その人物が本当にスターになれるかどうかは大衆が決めることなのだ。

ータースポーツの場合はどうか?先ほど、モータースポーツには憧れの対象となる存在として競技者、競技、そして競技車両の3つがあると述べた。この点だけを見れば他のスポーツより有利といえるかもしれないが、では、それらがどのような形をしていれば人々は憧れの気持ちを持つのだろうか?競技者の一員であるドライバーについていえば、人並み外れたマシーンコントロール能力と勝負強さを有していることが、まずは最低条件となる。そしてレースで最終的に勝利を収めるにしても、その勝ち方がドラマチックであったり、意外性に富んでいるほうが多くのファンを獲得できるだろう。そのうえで、容姿が傑出していたり、話術に長けていたりすれば申し分ない。いっぽうのレーシングチームはそうしたドライバーと共に戦うなかで、自分たちの優秀性を証明していくことになる。


次に憧れの気持ちを起こさせる競技について考えてみたい。横綱相撲に深い共感を覚える人もいるかもしれないが、多くの場合、競技が終わるまで結果を予想できず、ハラハラドキドキの連続となることを観客は期待しているはずだ。また、強い者に憧れる傾向が大衆にあることは否定できないけれど、勝率10割はいただけない。どんなに熱烈な読売ジャイアンツのファンでも、もしも彼らの勝率が8割以上で、それが10年も続いたら、試合を観たいと思う人は確実に減っていくだろう。したがって、仮にタイトルを獲得するにしても、野球やサッカーのように1対1のスポーツであれば6割強がせいぜい。レースのように、20台も30台も出場するなかで勝者がひとりだけの競技であれば、個人的には3~4割の勝率が上限のような気がする。
競技車両はどうか?これは意外と難しい。非日常的な姿をしていたほうが憧れの気持ちは強く起きるはずだが、例外的に自分が乗っているのと同じ車種に強い共感を抱くというケースもある。ただし、その場合にも何らかの改造は加えられているはずだから、ベースはあくまでロードカーでも非日常性は加わっていると考えていい。あとは、性能的に秀でているとか、極めて高度な技術が投入されているとか、非常に高価であるとか、そういう思いを想起させる姿が相応しい。また、普遍的な美意識をある程度、満足させることという要素も加えるべきだろう。
ただし、アイドルのケースで述べたように、関係者がどれだけ工夫を凝らしたところで、それに憧れを持つかどうかは、あくまでもファン次第である。言い換えれば、どんなに優れたドライバーであっても、どんなにエキサイティングなレースが繰り広げられても、またどんなに最新のテクノロジーを駆使して作られたレーシングカーであっても、人々に憧れの気持ちを持ってもらえなければそれまでである。その点、第1回で述べた自動車全般に対する憧れの気持ちがモータースポーツの人気を大きく左右する要素であることは否定できない。「いや、自動車に対する憧れの気持ちを沸き起こすものこそモータースポーツである」 そう主張する向きもなかにはあるかもしれない。けれども、モータースポーツ人気が高い国は、自動車がそれ本来の目的で生き生きと活躍しているか、今後のモータリゼーションの高まりに強い期待がかかっているかのどちらかであることを考えると、「モータースポーツが起爆剤」という見方に普遍性があるとは考えにくい。にわとりが先か卵が先かの議論でいえば、自動車が先であるというのが私の持論である。

後に、大衆に憧れの思いを沸き起こさせるひとつの原動力として、競技に国際性があるかどうかが深く関係していることを指摘しておきたい。サッカーしかり、野球しかり、水泳しかり。どんなスポーツでも、国際的な舞台で優秀な成績を収めると、その競技や選手が国内で急速に注目を集める傾向がある。これはパトリオティズム(この場合、愛国心という翻訳は適切ではなく、郷土愛に近い心情と説明できる)に基づくもので、皆さんのなかにも「サッカーのワールドカップは見逃さないが、Jリーグは観たことない」という方は少なくないだろう。言うまでもなく、モータースポーツにおける国際舞台といえばF1がそれに相当する。したがって、F1でタイトル争いに絡む日本人選手が登場すれば、国内のモータースポーツ人気にも一気に火がつきそうな気がするのだが、それはあまりに他人頼みというものだろうか?
 次回は、モータースポーツが広く認知されていくにはどのような方策が必要になるかについて、もう少し具体的な議論を展開することにしよう。

【編集部より】
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Profile:大谷達也 氏
1961(昭和36)年9月2日生まれ、48歳。
神奈川県平塚市出身。川崎市在住。
大学卒業後はエンジニアとして電気メーカーの研究所に勤務していたが、29歳にして、かねてより憧れていたCAR GRAPHIC編集部への潜入に成功する。現在は同誌副編集長兼モータースポーツエディター。日本モータースポーツ記者会の会員でもあり、2009年末まで会長を務めていた。
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