第6の提言

第1回「場内放送の今と、これから」モータースポーツアナウンサー ピエール北川 氏

のような若輩者が「提言」など恐れ多いのですが、これも何かのご縁。運命を感じたと思って(笑)4回にわたり書かせていただきます。どうぞよろしくお願いします。
 まずは我々の仕事を知っていただくことからスタートしましょう。
 私たちはサーキットで聞こえる場内放送の実況アナウンサーです。場内放送といえばどんなスポーツイベント会場でもありますよね。たとえば試合の合間にお客様へむけ様々なご案内をしたり、試合前は選手紹介などをしてくれたりします。サッカーや野球などは試合がすべて見渡せるスタジアム(アリーナ)がほとんどですから、ファンはフィールドで行われていることすべてをずっと目で追って観戦できます。しかしレースが他のスポーツとは違うのは、圧倒的に広大なサーキットで開催されるということ。その広さゆえ戦いのすべてが目の前で見えるわけではありません。応援する選手が目の前を一度通過すると、次のタイミングまでどんなレースが行われているかわかりませんよね。そこで登場するのが実況放送。レースアナウンサーはコースサイドの観戦しているお客様に対して、今レースがどんな展開になっているかをリアルタイムで伝えるのが主な仕事です。

こで日頃お世話になっている鈴鹿サーキットの放送室を例にとって紹介しましょう。
現在オフィシャルアナウンサーは私を含め5名がレギュラー。グラスルーツのレースでは一人ですべてを担当することもありますが、ビッグイベントは大体5人でまわします。20年を越える経験を持つ先輩から、普段はFM局のパーソナリティをしている後輩までキャリアはさまざま。各々二輪、四輪とも経験は豊富で全員がこの分野のスペシャリスト。レースの週末ともなればサーキットへ来る前から担当クラスの下調べに始まり、現場での取材、ルールブックの把握などかなり突っ込んで情報収集し勉強します。それから鈴鹿にはアナウンサーアシスタントと呼ばれる力強いスタッフが存在します。ビッグレースでは常時3~5人ほどが実況アナをサポート。彼らの動きはすばらしく、簡単に仕事内容を紹介すると、まずは「連番係」と呼ばれる人が全ラップ、通過車両のナンバーを手書きし順位をすべて記録。注目すべき順位変動があればすぐにアナへ知らせます。次にレースコントロールの無線やポスト連絡を傍受し、アクシデントの発生とともに場所やカーナンバー、アクシデントの内容などを瞬時にアナへ伝達する係や、耐久レースになれば「ピット係」がピットイン車両を随時読み上げ、各チームの作業内容をチェック、作業時間の計測やピット回数のカウントを伝えます。さらにはレース中の順位に応じて選手権ポイントを計算したり、過去のレース結果をまとめてレース展開を分析したりする「アナリスト」になるベテランアシスタントもいます。これらのアシスタントからレース中、矢継ぎ早に飛んでくるありとあらゆる情報をアナウンサーは瞬時に取捨選択し、計時画面に表示されるデーターとともに観客の皆さんへ実況をお届けします。このほかにも色々なサポートをしてくれるのですが基本的にアナウンサーアシスタントの皆さんは、レースに関わるオフィシャルさんたちと同じで、普段はレース以外のお仕事をなさっていて、大好きなレースのたびに週末手伝ってくれる地元の方々です。これに加え音響スタッフ、映像クルー、サーキットの放送室担当職員など大勢の優秀なスタッフ達が我々アナウンサーを支えてくれることで、サーキットの場内放送が出来上がるのです。


 少し話が長くなりましたが皆さんが思う場内放送はイメージ通りでしたか?レースの場内実況でこれだけのシステムが出来上がるまでには、かなりの時間と労力が必要だったはずです。鈴鹿サーキットは1962年に開業し、もうすぐ開業50年を迎えようとしていますが、これまで数々の先輩アナウンサーやスタッフが何十年もかけて作り上げてきたこのスタイルは、世界を見てもあまり例がないほど充実しています。実はヨーロッパやアメリカのレース現場に私も何度か視察に行ったことがあるのですが、どこも場内放送はとてもシンプルで拍子抜けするほど。やはり鈴鹿は際立って優れていると視察するたびに感じます。しかしその中でル・マン24時間レースだけは鈴鹿とほぼ同じスタイルで場内放送を行っていたのは感動しました。ル・マンでは過去のレースデーターや出場チーム、ドライバーのプロフィールや色々な記録を一冊の本にまとめて各メディア関係者達に配るのですが、そのデーター管理をしているチームのスタッフ数名が、交代しながら24時間アナウンサーの横でアシスタントとして実況放送をフォローしていました。

て、今回の提言はいままでお話してきたこの場内放送、特にソフトについてです。
鈴鹿サーキットやル・マンの話は先の通りですが、全国すべてのサーキットがここまでの体制を整えられているかといえば、そうでないのが現状でしょう。そんなこともありスーパーGTやフォーミュラ・ニッポンなどシリーズの盛り上げには統一した場内放送のソフト(アナウンサーの起用など)を採用したほうが良いという意見があります。過去二輪レースの全日本選手権はそうした例があったと聞きました。現在日本のサーキットは施設ごとに地元のTVやラジオ、イベントで活躍する方がアナウンサーをされている例が多いです。地元の盛り上げにはその地域やサーキットをよく理解している方が携わることも至極大切だと思います。しかしよほどのモータースポーツ好きの方でない限り、レース専門でいつも活動されているわけではありませんから、毎レース情報を深く細かくすべて把握するのにはかなりの無理がありますし、マスターするまでには多くの時間がかかります。ましてやアシスタント体制もなく、ワンマンで雑用もこなしながらだったとしたら・・・。そんな中レースアナウンサーの方は場内放送という目立つ仕事ゆえ、様々なプレッシャーにさいなまれていると思います。

こで提言というか私的な願望でもあるのですが、できるだけ近いうちに全国のサーキットで活動されるレースアナウンサーの皆さんとネットワークを構築できないかと思案しています。シリーズの場内放送ソフト統一は現実的に難しい部分も存在します。であればそれぞれのサーキットで横の繋がりをつくれば、様々なレースの情報を共有でき、ともに助かることが多いはずです。また専属アシスタントの有用性を訴えサーキットの地元で人材育成のお手伝いをしたり、プレシーズンやシーズン中にも定期的な勉強会やセミナーを開催し、専門分野の方と触れてモータースポーツについて広く知識を深めるチャンスを作る。さらにJAFやGTA、JRPなどと協力して過去のレースデーターやドライバーデーターをしっかりと整理管理し、正確な情報を提供できる環境づくりをする。そうすることで全国のサーキットすべてが同じようにとは言いませんが、少なくとも個々のサーキットやアナウンサーさんまかせで予算や時間などが限られ、なかなかソフトの部分が充実できない現状からは、一歩進んだ形で場内放送のクオリティを上げるシステムが出来ると考えます。結果としてサーキットにこられるお客様や関係者に対して満足度向上が期待でき、ファン拡大に繋がるのではないか、と。そして最終的にネットワークが出来あがり、この仕事に興味を持ち、モータースポーツを盛り上げてくれる情熱をもった若手が、我々の仲間に加わってくれればうれしい限りです。皆さん力を貸していただけませんか?我々はこれからもお客様に喜ばれるサーキットの場内放送になるよう努力を続けていきます!

【編集部より】
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Profile:ピエール北川 氏
1970(昭和45)年6月2日生まれ、39歳。
三重県桑名市出身。名古屋市在住。
元々は某自動車ディーラーの営業マン。
趣味でカートレースを楽しむ傍ら、マイクを握り始め実況の世界へ。
現在は鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎを中心にF1からカートやラリーまで、あらゆるモータースポーツを実況するフリーアナウンサー。
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