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ル・マンとは?

ル・マンの歴史を支えるもの

ル・マンの歴史を支えるもの(3/4)

24時間を戦うということは揺らがない

ル・マン24時間を「メーカーが新しい技術を試す場」であるべき、と謳ってきた ル・マン24時間はもともと市販車による耐久レースとして企画されたレースだが、プロトタイプカーだけが争うレースとなった時代もあった。現在はプロトタイプの2クラス(LMP1とLMP2)とGTの2クラス(LMGTE-PROとLMGTE-AM)の計4クラスで争われている。そして、24時間で走破した距離を競うレースであることは一貫して変わっていない。

2012年大会を終えた時点で、24時間で走破した距離の最長記録は、2010年にアウディR15 TDI(T.ベルンハルト/R.デュマ/M.ロッケンフェラー)が打ち立てた397周5410,713 km。そしてこの約6kmのユノディエール・ストレートでは1988年にWMプジョーが405km/hの最高速度をマーク。トップスピード記録として今も残っている。ル・マン24時間の最多優勝メーカーは16勝を挙げたポルシェで、これに11勝のアウディが続いている。最多優勝ドライバーはトム・クリステンセンで、8度の総合優勝を遂げている。

過酷な24時間レースで最新技術を試し、鍛える

ル・マン24時間レースの参加者は様々なチャレンジを強いられる レースを運営するACOは、かねてからル・マン24時間を「メーカーが新しい技術を試す場」であるべき、と謳ってきた。実際、アセチレンランプによるコース照明(1923年)、フォグランプ(ロレーヌ・ディートリッヒ、1926年)、ダイレクトインジェクション(メルセデス、1952年)、車両とピット間の無線通信(メルセデス、1952年)、ディスクブレーキ(ジャガー、1953年)などがル・マンで試され、製品化されている。

ル・マン24時間総合優勝は、2006年からディーゼルターボ車が独占しているが、ディーゼルエンジン車がル・マンに初登場したのはそれよりずっと前の1949年だ。1963年にはガスタービンエンジン搭載のローバーBRMが参加し、正式順位には認定されなかったものの実際には7番手でフィニッシュしている。1968年にはヘリコプター用ガスタービンエンジンを搭載したアメリカ製のホーメットTXが参加している。

2011年からはトップカテゴリーのLM P1技術規則にハイブリッド関連の条項が明記されるようになった。そして2012年にはトヨタとアウディがハイブリッドシステムを搭載したプロトタイプカーで参加した。だが、ハイブリッド車がル・マンを走ったのはこの時が初めてではない。1998年にパノズGTRをベースにしたハイブリッド車、パノズQ9が参加している(予備予選不通過)。

また、第80回大会となった2012年からは、革新的技術を持つ車両を走らせる「Operation 56e Stand」と呼ばれるプロジェクトがスタートした。「56e Stand」とは日本語で「56番ピット」を意味する。ル・マン24時間サーキットのピットガレージの数は55、グリッドスタートも55台だった。そこに56番目のピットガレージを作り、革新的技術を備えた車両を正式順位とは別に走らせようというアイディアから生まれたのがこのプロジェクトだ。
初年度の2012年はデルタウイングがこの「56番ピット」を使い、2013年は水素を用いた燃料電池と電気モーターで推進力を得るグリーンGT H2がここを使ってル・マン24時間に挑む。