メニュー

ル・マンへ挑むレーシングハイブリッド開発ストーリー
トヨタ自動車 ハイブリッド プロジェクトリーダー 村田久武

第2回 途方もない数値目標と厳しい社会情勢に挑んだ開発陣(1/2)

レーシングハイブリッドの開発を託された村田久武ハイブリッドプロジェクトリーダー。その開発には並々ならぬ困難が立ちはだかった。それを乗り越えて挑んだ2012年のル・マン24時間レース。そこにも厳しい現実が......。悪戦苦闘する開発陣は、どう立ち向かったのか? 当時の話を聞き、そのストーリーを紹介する。

ル・マンに勝つための数値目標に直面

インタビューに答える村田久武ハイブリッドプロジェクトリーダー
 市販車開発を通してハイブリッドシステムを見ていた村田は当初、「あの大きくて重いシステムでレースなどできるわけがない」と思った。一口にハイブリッドシステムと言っても、市販車用システムとレース用システムは大きく違うものである。
 ハイブリッドシステムは、エンジンとモーターという2種類の動力源を組み合わせて利用する仕組み。市販車の場合、その仕組みは燃費を向上させるために用いる。運動エネルギーを回生し電気に変え蓄えてモーターを回し、その分ガソリンエンジンの出力を絞るのだ。クルマの運動性能を同じにしておけば当然燃費は向上する。
 これに対しレースでは速く走ることが求められるので回生したエネルギーはガソリンエンジンのパワーに上乗せして使う。その分クルマの運動性能が向上する。仕組みは同じだが使い方が異なるのだ。
「レースで使おうと考えると、ハイブリッドのシステムは6倍性能を上げなければならないんです」と村田は言う。「ル・マンに出て勝とうと考えた場合、クルマの最低重量が900kgと決まっていますから、そこから動力源以外の重量を差し引けば、動力源に使える重量は求められます。その当時ル・マンで勝っていたクルマが発揮している出力は大体想定できますから、動力源の重量を割ればパワーウェイトレシオが求められます。その数値と市販車でトヨタが用いているハイブリッドシステム、THS-IIのパワーウェイトレシオを比較すると約6倍になるんです。つまり、ハイブリッドシステムの重量を1/6にするか、同じ重量で6倍馬力が出るシステムにするか、どちらかを実現しないとル・マンでは勝てないということです」

出口の見えないトンネルを走るつらさ

TS030 HYBRIDに搭載されるスーパーキャパシタ
 自動車技術の世界における"6倍"は途方もない数字である。しかしそれが達成できなければレースには勝てない。レースに出るからには勝たなければならない。村田は、その途方もない目標に向かって歩き出した。
「普通市販車の場合、いくらがんばって開発しても性能を上げられるのは10%、良くても30%。"6倍"となると、『改善』のレベルでは到底たどり着けません。イノベーション(機能から考えた大規模な改修)が必要になってきます。従来の枠組みの延長線上には答がないんです」
 村田は、トヨタグループ中を廻って相談し、そこに眠っているありとあらゆる知恵、ありとあらゆる技術をかき集め、どうすれば"6倍"という数字にたどり着けるのかを考えた。途方もない目標ではあったが、それを達成すればレースに勝てるからだ。
 努力は実って開発は進み、2010年頃には目標に到達できる目処が出てきた。しかし今度は違う問題が生じてきた。それまでは、いつ何のレースに出場するかが正式には決まっていなかった。具体的な到達点のないまま仕事を続けてきた開発チームの中に「開発するのはいいが、いつになったらレースに出られるんだろう」という閉塞感が生まれてきたのだ。
「出口の見えないトンネルの中で"6倍"を目指して走っているわけですから、だんだんつらくなってくるわけです。そうなると効率も上がらなくなります」
 なんとか"出口"を探ったが、リーマンショックや円高、そして東日本大震災と、厳しい社会情勢も裏目に出て解決策は見つからない。村田は一旦、「ハイブリッドでレースに勝つ」という"旗"を下ろそうかとまで考えたと言う。
「自分は"旗"を下ろそうかと思いました。でも、それまで何年もかかってお願いして応援してくれるようになった人が、ぼくの背後でスクラム組んで背中を押してくれているわけです。その状態で旗は降ろせなかった。でもあの時、旗を下ろさなかったから、去年ル・マンに出られたんです。本当にあのとき旗を下ろさなくて良かったなと思います」