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ル・マンへ挑むレーシングハイブリッド開発ストーリー
トヨタ自動車 ハイブリッド プロジェクトリーダー 村田久武

第3回 2013年のル・マンへ、そしてその先への挑戦(1/2)

残念な結果で終わった2012年のル・マン24時間レース。だからと言ってそこで立ち止まるわけにはいかない。今年のル・マン24時間に向け、新たな開発が行われている。最終回では、「今年は勝つ」と言う村田久武ハイブリッドプロジェクトリーダーの秘策、そして、その先に描くハイブリッドの未来を紹介する。

2013年は速くて"強い"クルマを目指す

ポールリカールで発表された2013年型TS030HYBRID
ポールリカールで発表された2013年型TS030HYBRID
 2012年のル・マン24時間レースの結果は、村田にとってつらいものだった。確かにレーシングハイブリッドシステムの"速さ"は証明できた。しかしレースを戦うための"強さ"が足りなかったのだ。
「速いだけではル・マンでは絶対に勝てないので、シーズンオフにはハイブリッドシステムもクルマも見直して、徹底的に弱い部分を洗い出し、今年に備えました」
 2013年のル・マン24時間レースに向けた準備は整った。2013年型のTS030HYBRIDは、外観こそ昨年型を踏襲してはいるものの、ハイブリッドシステムはもちろんその他の部分が改めて鍛え上げられ、中身は全く異なるマシンに仕上がった。
 東富士研究所のシステムベンチでは、村田が担当するパワートレインが徹底的にテストされた。ル・マン24時間レースの優勝想定走行距離は5000kmから5800km。その倍の距離を目標にテストが行われ、10000km以上をトラブルフリーで走行できる目処がついた。実際にサーキットを走行できるクルマの状態でも33時間の連続走行試験をシーズン開幕前に済ませた。
「これまで技術的に大きな問題は出ていません。あとは、小さいけれどもレースストッパー(リタイヤ原因)になりうる問題、たとえばハーネスが何かに擦れて電気的に止まってしまうとか、外から追突されてしまうとか、そういうレースオペレーションのレベルで超えなければいけない問題が残っているだけです」と村田は言い切る。

去年の苦労を笑ってしまうような進化と熟成

村田久武と木下美明チーム代表
村田久武と木下美明チーム代表
 ハイブリッドシステムは、モーターとエンジンを組み合わせて働かせればそれで良いというものではない。それぞれのバランスを綿密に制御しなければ理想的な性能は得られないのだ。運動性能を向上させるためにハイブリッドシステムを利用するレース用の場合はなおさらだ。エンジンの出力は約500馬力。モーターの出力は約300馬力。コーナーから立ち上がって加速する際に最大出力800馬力を急にかければ、後輪が空転して滑り出す。
 一方、減速時には通常のブレーキと共にモーターが運動エネルギーを回生してブレーキとして働く。しかしドライバーはブレーキペダルを踏むことによってのみ減速をコントロールするので、通常ブレーキとモーターの回生ブレーキのバランスによっては、ブレーキが利きすぎたり足りなかったりする。さらに、減速しながらシフトダウンする際には、エンジンの場合クラッチを離すようにモーターを切り離さなければギヤチェンジができないが、その間ブレーキが足りなくなるという現象も起きる。こうした状況を野放しにしておけば、そのたびに前後ブレーキバランスが変動してしまい、ドライバーのコントロールを困難にする。まだハイブリッドシステムの制御が十分ではなかった2012年初期のTS030 HYBRIDは"暴れ馬"のような操縦性を示したという。
 2012年の実戦とシーズンオフテストを通して、加速と減速で最適なバランスとなるように、エンジンとモーター、通常ブレーキとモーターの回生ブレーキに関する協調制御のチューニングが進められた。その結果現在では非常に乗りやすいクルマに仕上がった。
「乗りやすいということは、ドライバーが安心してコーナーに飛び込んでいけるということです。いくら速くても怖いクルマではレースに勝てません。今年は相当寒い時期からテストを重ね、熟成は相当進みました。今年から去年の事を思い出すと笑ってしまうくらい差があります。来年になって、今年を見たらまた笑ってしまうのかもしれませんが(苦笑)」