本格レース漫画「眠らぬ虎」の裏側に迫る 第2回(1/2)
"眠らぬ虎"は描いている僕らもおもしろい
トヨタ・レーシングのル・マン24時間への挑戦をリアルに描いたマンガ「眠らぬ虎」。この作品を手掛ける原作の村上もとか先生、作画の千葉きよかず先生。今回はおふたりにモータースポーツとマンガの原点を聞くとともに、「眠らぬ虎」で描きたいことや今後の展開など核心に迫ってみたいと思います。
僕の作風はモータースポーツマンガで作られたんです村上もとか
数々の人気マンガを世に送り出している村上もとか先生ですが、元々マンガ家を志されたきっかけはなんですか?
村上もとか(以下村上) 僕はマンガと言うよりも絵が好きな子供でした。僕が子供の時代、子供向けの雑誌にはマンガと同じくらいクルマや飛行機などのメカニズムの挿絵や図解が載っていたんですよ。それが大好きで、挿絵画家になりたかった。でも、中学生、高校生になる頃には雑誌はマンガが主流になり、リアルなタッチのストーリー性のあるマンガが増えてきました。そこで「マンガも描いてみようか」という気持ちになったんです。
村上先生はデビュー作もモータースポーツ物だったとお聞きしました。
村上 はい。原作があるものを描いたのですが、伝説的なレーサー、浮谷東次郎さんを主人公にした「燃えて走れ!」を少年ジャンプ(集英社)で描きました。当時、自宅が神奈川県だったので、友達たちと富士スピードウェイまで行ってグラチャンシリーズなどを観に行ってましたよ。その当時の若者の"常識"として、最先端のレースには興味を持ってましたね(笑)。
ヒット作になった「赤いペガサス」など初期はモータースポーツ物を多く描いていますが、当時のご苦労などお聞かせください。
村上 「赤いペガサス」の舞台はF1が走る世界のサーキットでしたが、当時はおいそれと取材もできず、テレビでやるF1のダイジェスト番組が貴重な資料でした。家庭用のビデオもない時代ですから、アシスタントにテレビ画面をカメラで撮ってもらったりしました。一発勝負だし、上手く撮れても走査線が入って(当時のカメラとブラウン管テレビの組み合わせだと横線が映り込む)見にくかったけど、それでも「この角度で撮って!」って無理を言ってました。それを元にレースカーの見えない部分も描いてましたよ(笑)。資料が手に入らないサーキットもありましたから、そのテレビ画面が頼りな時もありました。
千葉きよかず(以下千葉) その頃、僕は村上先生の「赤いペガサス」を愛読してたのですが、当時のアシスタントさんは大変でしたね(笑)。
「赤いペガサス」もそうでしたが、代表作である「仁-JIN-」などでも村上先生の作品は、とてもリアルな世界と架空の主人公が見事にマッチしてドラマチックになっていますね。
村上
レーシングドライバーは僕にとっても憧れの存在ですし、まして世界を転戦するF1サーカスでチャンピオンを争うレギュラードライバーが日本人なら、それだけでも応援したくなる。ですが、マンガ雑誌だとレースにそれほど興味のない読者もいます。そんな読者も引きつけたいわけです。当時のF1は事故も多くて大ケガもする。レース好きとしてはそこを強調したくはなかったんですが、でも、そんなデンジャラスな職業なのに、少しのケガもできないようなさらにデンジャラスな事情を抱えた主人公(※)を登場させたわけです。そして、そんな事情もあるのに、なんでレースに挑むんだろうという気持ちを読者に抱かせる。そのくらいやらないとマンガとしては読者に訴えられない部分もあるんです。
※「赤いペガサス」(1977-79年、小学館)は1970年代のF1を舞台に、実在のドライバーやレ−スカーが実名で登場して話題となりました。主人公は英国育ちの日本人、ケン・アカバ、彼は特殊な血液型の持ち主で、もしケガをして輸血が必要になっても極めて限られた人からしか提供を受けられないという設定でした。そのため、彼を慕う同じ血液型の妹が同行するという人間ドラマも描かれていました。
そういったリアルな舞台、設定は、以後の「仁-JIN-」(※)の根底にもあり、村上作品の魅力となっていますね。
村上
皆さんの夢を壊してしまうかも知れませんが、実は「赤いペガサス」を描いていた時、僕は運転免許持ってなかったんですよ(苦笑)。だから、クルマの運転に関して追求できなかったんで、ドラマの方に走ったんです(笑)。でも、レーサーの方や当時の関係者に話を聞き、資料を読んでいくとおもしろいエピソードがたくさん出てきて、あれこれと想像をかき立てられる。その"出会い"をマンガを通じて読者に伝えられないかと苦労しました。確かにそういった手法は「赤いペガサス」という作品で、そのモータースポーツ取材を通じてできた気がしますね。
※「仁-JIN-」(2000-2010年、小学館)は現代の脳外科医が幕末にタイムスリップし、勝海舟や坂本龍馬、当時の医師といった歴史上の人物たちと関わることで、人の尊厳を描き出す長編マンガ。手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞するとともにテレビドラマ化され、人気を博しました。
目次ページ
- 第1回:中嶋一貴選手を見て、この人なら主人公に描けると感じました(2015年3月12日公開)
- 第2回:"眠らぬ虎"は描いている僕らもおもしろい(2015年3月19日公開)
- 第3回:マンガ"眠らぬ虎"ができるまで(2015年3月26日公開)