本格レース漫画「眠らぬ虎」の裏側に迫る 第2回(2/2)
"眠らぬ虎"は描いている僕らもおもしろい
村上先生とマンガが描きたくて、ありったけの絵を送りました千葉きよかず
千葉先生のモータースポーツ、マンガの原点はどこですか?
千葉
僕は、元々2輪、バイクが子供の頃から好きなんです。そして、静岡県の御殿場育ちでして、富士スピードウェイのすぐ近くなんです。先ほど村上先生が行かれたというグラチャンやF1で騒がしかったのは知っていたんですが、小学生の頃はクルマに全然興味がなくて(苦笑)。富士のレースにも1度連れて行ってもらったんですが、うるさいだけですぐ飽きてしまいましたね(笑)。
マンガ家は、小学4、5年のころから「なる!」と言ってましたね。手塚治虫先生の作品に感動して、自分も人に愛されるキャラクターを描きたいと思いました。もう少し年を経てから、村上先生の「赤いペガサス」などを読んで、4輪レースのおもしろさを知ったんですよ。それで富士にもF1が来ていたと知って、今思えば惜しい機会を逃してしまったなと(苦笑)。
その後、村上先生が連載しているマンガ雑誌に「村上先生のアシスタント募集」という告知を見て「これだ!」と。募集には背景やクルマのイラストを"いくつか送れ"とあったんですが、ここぞとばかりにあるだけ送りました(苦笑)。村上先生の作品はモータースポーツ以外のものもおもしろくて、ずっと読んでいましたから、ぜひアシスタントになりたかったです。
村上 覚えてますよ。クルマのイラストがとても上手かった。当時連載していた「六三四の剣」は剣道少年のマンガでしたから、クルマの絵をすぐ使うことはないとは思いましたが、すぐに来てもらいました。その後に2輪のモトクロスを舞台にした「風を抜け!」を描いたのですが、これは千葉先生がいなければできない作品でしたよ。
千葉 とんでもないです(苦笑)。でも、あの頃が(絵が)一番上手かったかも(笑)。本当にバイク描くのが楽しかったですよ。憧れの先生の下で、マンガが描けるって、舞い上がっちゃって"人生ゴールした"感じでしたね(笑)。ただ、村上先生は「向上心は持ち続けなさい」と言ってくれて、それは今も肝に銘じてます。
村上 その後、「赤いペガサス」の続編を描かないかというお話を頂いたのですが、僕は他の作品に掛かっていたし、クルマを描くにはクルマが上手く描けるアシスタントが必要なんです。マンガも分業する部分がありますから、レースには優秀なメカニックが必要なのと同じなんです。そこで「僕が原作を書くから、千葉君に頼んでみては?」となったんです。この「眠らぬ虎」を描くに当たっても、同じ発想です。
千葉
それで描かせていただいた「赤いペガサスII・翔」が僕の連載デビュー作になりました。実は雑誌の新人賞の佳作は取って掲載もある予定でしたが、こちらが先になりました。だからいきなり一流少年誌で新人が週刊連載ですよ。プレッシャーで頭に10円ハゲが3つもできましたよ(苦笑)。担当編集さんに怒られまくった記憶しかない1年でした。
でも、これでモータースポーツ物が自分の武器なのだと言えるようになったし、他にも戦闘機やクルマとかメカの多い作品をやらせていただけました。
こんな描き方は、マンガ家を長くやってますが初めての手法です村上もとか
さて「眠らぬ虎」の話に戻りたいと思います。この作品ははとてもリアルにトヨタ・レーシングのル・マン挑戦を描いてますが、主人公は"中嶋一貴"選手ではなく"中路一気"選手ですね。ここにはどんな意図があるのですか?
村上 現実にある出来事を描くというのはマンガ家として、実はやりづらいことなんです。作者の思うようにならないでしょ。主人公までリアルな選手にしちゃうと、さらに枷(かせ)が増えることになります。だからマンガとして成立させるために、フィクションを入れようと。もちろん、中嶋選手にも取材させていただき、彼がモチーフになってますが、マンガの上では"中路一気"というフィクションの主人公にさせてもらいました。
でも、ストーリー自体は事実に基づいたものとなるわけですね。原作の村上先生にとっして、今後言える範囲で教えてください。
村上
第1回、第2回を読んでいただければおわかりでしょうが、昨年のル・マンで事実として起きたことは当然そのまま描いています。この後も取材に基づき、組み立てます。最初にお話ししたとおり、昨年の敗北が今年の挑戦に繋がることになりますね。
でも、こんなマンガの描き方は、マンガ家として長くやってますが初めての手法ですね。「眠らぬ虎」は全6回の予定で、連載の第5回の原作を書く頃が、今年6月のル・マンです。その結果を見て、いろいろ取材して、それが結末に繋がるはずです。
だから、原作者といえども今後どうなるかなんて、分からない、何も言えませんよ。思いたくもないですが、望む結果にならなった場合を考えるとドキドキしてきちゃうくらい(笑)。トヨタさんがんばってくださいね!
もちろん、レースですから勝った負けたを正直に描いていきます。でも、それだけでなく、このTS040 HYBRIDにより多くの人が、良いものを作ろう、勝利を得ようと関わってきている。その"ものづくり"の真価、現場の熱気を描きたい。また、見ている人も彼らに"応援したい""勝たせたい"と思っていただける作品にしたいですね。
作画を担当する千葉先生は、この「眠らぬ虎」でどんなメッセージを読者に伝えたいですか?
千葉 村上先生の言う通り、今起こっているレースの結果や流れをリアルに描いていくこの作品は、とても新しい試みだと思います。普通のマンガだったら、最後は勝って、表彰台の上に立って劇的におしまいとなる。でも、実際のレースで、現時点で終わってないから、これから4ヶ月後に向けて、読者の皆さんと一緒に盛り上がっていくことができる。こんな作品は今までに無かったですよね。この作品は描いている僕らもとてもおもしろいんです。あと、やはりTS040 HYBRIDを、中嶋選手いや中路選手ですね、彼らドライバーたちをかっこよく描きたいです。
村上 勇猛なレーサーたちを昔からタイガー(Tiger)と呼びますが、この虎の"T"はトヨタ・レーシングの"T"でもあるんです。彼ら、ドライバーであり、クルマであり、スタッフたち"眠らぬ虎"の戦いを描きますので、ぜひこの作品でもル・マン24時間を楽しんでいただけると嬉しいですね。
村上もとか先生、千葉きよかず先生のインタビュー、いかがでしたか? おふたりのモータースポーツとマンガへの情熱が「眠らぬ虎」にもたっぷり注がれていることがお分かりいただけたと思います。いよいよ、次回は「眠らぬ虎」スペシャルの最終回です。千葉先生のスタジオを訪問して、貴重な原画や下書き、迫力のレースシーンを描くコツ、執筆が始まったばかりの第3回の作画などを拝見させていただきます。
目次ページ
- 第1回:中嶋一貴選手を見て、この人なら主人公に描けると感じました(2015年3月12日公開)
- 第2回:"眠らぬ虎"は描いている僕らもおもしろい(2015年3月19日公開)
- 第3回:マンガ"眠らぬ虎"ができるまで(2015年3月26日公開)