レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


5Lap 「クルマの助数詞」

根っからのアルファロメオ信仰者であるとある友人には、ちょっと気味の悪いところがある。親しく付き合う仲間のひとりなのだが、性癖にも似た物の言い方が彼の特徴で、いつもその気色の悪さが槍玉に挙がるのだ。

彼が僕らの背筋にザワザワと鳥肌を立てさせるのは、きまってアルファロメオ自慢をする時だ。そう、奴は愛車のことを「アルファちゃん」と呼ぶのである。独身でありもうはっきりとメタボが確認できるほどだらけた体型に陥った彼が、ニヤニヤと頬を緩ませながらそう呼ぶから、おおいにサムいのである。

まあ、誰しもマイカーには愛情も湧くし感情移入もする。だから、擬人化してもバチはあたらない。むしろ、愛情表現のひとつだし深さの証明である。ただ「こいつがどうしたこうした」とか「アルファ君」までは許容範囲なのだが、「~ちゃん」はねぇーだろ「~ちゃん」は!

彼がいまだ独身でいる理由がそれにある、と断言する友達もいる。

大の大人が、それもちょっと年喰ったムサい男が「この子がさぁ~」もけっこうヤバい。「~ちゃん」はもっとヤバい。取り返しがつかないほどにヤバい。可愛くて可愛くてしかたがない気持ちは理解できるのだが、付き合いたての彼女ではないし子猫でもない。対象はクルマである。ペルシャ猫かアビシニアンを抱きしめて撫で回すかのよう物言いがキモいのだ。
「乗り物だから、「~ちゃん」でいいのよ」などと、下ネタがらみで反論するものだから、ドンビキである。

そんな彼は全般的に、クルマに助数詞をあてはめながら呼ぶ習慣がある。

「昨日、"一匹"のキューブが走っていたんだ」

という具合に・・・。
たしかにキューブは"サングラスしたブルドック"をモチーフにデザインされたという。CMに登場するブル君はたしかに、キューブとイメージがぴたりと重なる。だから子犬を呼ぶように、"一匹"となるわけだ。
ただし、クルマをすべて"匹"と呼ぶかというそうでもないようで、カイエンやレンジローバーあたりの大型SUVとなると"頭"へと変化するのだ。

「原宿の交差点で、3頭のランクルが並走してたんだ」

といった具合だ。
たしかに、小型の鳥類以外の動物は一般的に"匹"でくくられるし、それが大型になると、馬や象がそう数えられるように"頭"となる。ランクルが突進してくる様子は、たしかに象を想像させるものだ。だけどねぇ~・・なのである。
一事が万事、そんな言語感覚だから、

「おうおう、ハイブリッドご一行様かい?」

などと言うその先には、プリウスやインサイトが列をなしているわけだし、休日の行楽地では、

「ミニバンの大群だねぇ」

といったりするのである。

先日のある晴れた日、往来の激しい通りにあるオープンカェで時間を持て余していた僕らは、通りかかるクルマに次々と相応しい助数詞を当てはめてもらうことにした。

「ハマーはなんと数える?」
「ありゃ、【機】だな」
「ハマーが一機、走っていったぞ、ってかんじ?」
「一機、"突進していった"ってかんじだな・・」
「カイエンやランクルは"頭"だったけど、それとは違うのか?」
「イメージは平原をのしのしと突き進む"重量級戦車"。戦車は"台"なのかもしれないけれど、物々しさを含めるとそうなる」
「マセラティ・グランツーリスモSは?」
「あれは【杯】。あの大きく口を開けた顔つきは、ジンベイザメかマンタに酷似している。だけど、魚類なのにイカやオクトパスは"杯"と数える。はらわたを抜いて徳利代わりに使ったことの名残だというかららしいけど・・」
「GT-Rが信号待ちしているねぇ・・。あれはどうなる?」
「作りは古典的だし、しかし速いし強いから【騎】だな。"騎馬"の"騎"」
「GT-Rが一騎迫ってきたぞ、と言うわけ?」
「アルファードも【騎】。ありゃデザインが騎士だからな」
「それではスープラあたりはどうなるでしょう?」

チューニングされていることはあきらかで、ブローオフパルブを"プシュプシュ"と騒がせながら、カフェの前を通過した。

「ふむ~・・」
「無理矢理こじつけなくていいぞ」

何かを念じるように思考を巡らせこう言った。

「巨大にウイングが尾びれ。だから生息地は海中だ。だから匹ではなく【尾】」
「スープラは魚類?」
「少なくとも陸上にはいない顔だ」
「じゃねディーラーに行って、スープラを一尾くださいってか? それじゃ魚屋だろ!」
「bBから若い男女が降りてきたけれど・・」
「あれは【丁】だわな」
「まさか豆腐?」
「そのとおり! だからルミオンも【丁】」
「ということは、ネッツ店とカローラ店は豆腐屋さんか?」
「まあ、小さなことは気にするな・・。ちなみにアクシオとフィールダーとルミオンはカローラ店3兄弟だけど・・」
「それにしても都会には、スマートが多いねえ・・」
「あっちは【粒】と呼ぶのが正しい」
「一粒二粒の"粒"? 小さいからって、種じゃあるまいし"粒"はちょいと可哀想な気もするけど・・。するとiQも"粒"かいな!」
「いや、ありゃ顔が"トラフグ"だから、【匹】でいい」
「はぁ、トラフグねぇ・・。ということは、ネッツ店は豆腐と魚を売っているというわけだ」
「フグには毒があるから、特殊な免許が必要だぞ」
「どうでもいいけど・・・」
「それからそれから?」
「ミニバンのボクシーが多いな。あれは箱形だから豆腐の"一丁"でしょ?」
「ところが【頭】ですわ。みるからに顔つきが"サイ"だから・・」
「角、生えてませんけど・・」
「角、生えてるでしょ?」
「どこに?」
「見えない?」
「見えませんけど・・」

どうやら彼には、角が見えるらしい・・。

とまあ次から次へとやってくるクルマを金田一京助ばりに槍玉に挙げたわけなのだが、中にはこじつけもあるし、言い得て妙な的確な助数詞もある。だが総じていえるのは、彼がクルマに対して愛情を感じていることなのだ。
以下に、彼がその場で表現した対象者をリストした。

ヴィッツ→「兎」
※ウサギは"匹"ではなく"兎"と数える。おなし理由で、ランボルギーニ・カウンタックやセラといったガルウイング系は、それを耳にみたてて「兎」

レクサスRX→「艇」
※フロントオーバーハングが"軍用上陸艇"だそう。

マイバッハ→「軒」
※家が一棟建てられる価格だから。

アストンマーチン→「本」
※あのアストンをして、"ウツボ"にみたててしまう。

といった調子である。

ちなみに、たとえばプジョーのコーポレットマークはライオンだから、すべてが「頭」なのかといえばイメージから想像を膨らませて「兎」だし、ファイティングブルのランボルギーニ・ガヤルドは、その獰猛な高性能ぶりから戦闘機まで発想を飛躍させて「機」となる。意見が一致したのは、跳ね馬フェラーリをそのまま「頭」と呼んだことぐらい。動物ならまだ救われるのだが、フォード・ナビゲーターにいたっては、あれは鉄の固まりだから重さの単位で「貫」がお似合いだというのだ。重さでカウントするのもどうかと思うけど、それが彼なりのクルマへの愛情表現なのだ。

通りがかったクルマを散々こけおろしたり持ち上げたりしたあと帰りしな、彼が取り出した愛車の鍵に、なんだかモコモコとした狐の尻尾のようなキーホルダーが釣り下がっていることに気づいた。

「ありゃまあ、キーホルダーの趣味も不気味だなぁ・・」

そう攻めると彼はニヤッとしてこう言った。

「大切なアルファちゃんの"一本"の鍵だからねぇ キーシリンダーの"ひと穴"が傷つくのも可哀想だしねぇ・・。さあ"一滴"でも多くガソリンを飲ませなきゃ。腹が空いてそうだったからね

わざわざそう言って、僕らをドンビキさせるのだ。
愛情も深すぎると周囲の人々の気持ちを萎えさせる。
こんな話題で盛り上がれるのは、僕らがクルマを好きでいるからではある。だが、それにも限度があるだろう。おそらくアルファ君は永遠にクルマ好きでいる代償に、永遠に独身に違いない!合掌!

キノシタの近況

今年は海外レースに集中して活動することにした。レクサスLF-Aですでに3度、ニュルブルクリンクを戦っているのだが、この後は欧州チームと契約。欧州、アジア、中東と転戦が続くのだ。まずはオランダ・ザンドフルド、マレーシア、ハンガリー、ドイツ、ドイツ、ドバイと・・。GAZOO Racing、レクサス共々、キノシタも応援よろしくお願いしますね!
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