「オッス! 明治学院大学体育会自動車部主将・木下隆之」
これが僕の学生時代の肩書きである。そう、体育会という大学公認のクラブに所属し、いたいけな青春のすべてをモータースポーツという華やかな競技に捧げていたというわけだ。あまりに学業優秀だったから、学校側も簡単には卒業させたくなかったようで、結局のところ5年間も在籍するという勉強熱心な(?)生徒でもあった。
制服は学ラン。応援団や柔道部ほど厳しくはなかったにせよ、仮にも体育会と名のつく組織だったから、上下関係はそれなりに厳しい。といってもトレーニング中よりもグランドを離れてからの方が体育会らしく、芸の肥やしになるからという理由の意味不明な「裸踊り」や、深い愛情と優しさがたっぷり注がれた「イッキ飲み」などをさせられ、地べたを這いずり回る下級生時代を過ごした。上級生になったらなったで、そのうさは、芸を巧みにアレンジして後輩に伝えるという、伝統を重んじる性格が培われたのもこの頃。
青春の重さは、羞恥心の欠如に比例する。青春の濃さは、肥大した肝臓の大きさに等しい。後悔は青春の紋章だ。もっとも、体育会だなんていったって、キャンパスは遊ぶには好立地の東京・白金。聖心女子大の美人生徒など、根こそぎ近隣の慶應ボーイにさらわれるという不利な場所ではあったものの、運転が上達すればモテるのだろうという性欲を糧に、ドライビングテクニック向上にいそしんでいたわけだ。つまり、慶應ボーイに対する憧れと劣等感が、僕をレースの道に進めたのだともいえる。
そんな僕がのちにレースの道に進むことになるわけなのだが、そこで培われたテクニックが、レクサスLF-Aのドライビングにおおいに役立っている・・ということは”まったくない”。だって、練習そのものはきわめて幼稚だったのだから・・。
たとえば、全日本学生自動車連盟が主催する競技のひとつに、ダートトライアルがあったのだが、下級生の頃の練習はもっぱら「クルマ転がし」という伝統技に明け暮れる始末。解体屋から無償で譲り受けた、エンジンもないようなポンコツにロールバーを溶接。ペッタンコのシートにM男君よろしく体を縛り付けられ、人力でエッチラホッチラ転がされるのである。それがスキルアップに役立つかどうかは不明のままだが、「横転の恐怖心を麻痺させる」というもっともらしい理由で繰り返されたのだ。
せっかくダートトライアル場にやってきても、実車で走れるのはほんの数周だけ。下級生はただひたすら、「クルマ転がし」で場数を踏まされる。
「バッカヤロウ! 目をつぶってアクセル踏んでけ!」
先輩からの精神教育論が鞭を振るう。
といってもエンジンなどかかっているはずもなく、まるで富士急ハイランドあたりの回転コースターにでも弄ばれているがごとき状態。訓練というよりヨゴレ芸人のアトラクションに近い。
ダートトライアルは、未舗装路を全開でかっ飛ぶタイムトライアルだ。路面は荒れているわけで、マシンは跳ね放題。そこにはテクニックもへったくれもなく、勝敗は度胸の厚みで決まると洗脳されていただけだ。
仮に体だけは成長した大学生が、寄ってたかってクルマをゴロゴロと転がしているのだから、その光景たるや珍妙そのもの。雪だるまか運動会の玉転がしだったのなら微笑ましいのだが、対象は人を乗せたクルマである。運転席では涙目の男が”ヒャー”などと悲鳴を上げながら、アクセルペダルをパタパタさせているのだ。
「もう5回転、転がしたれぇ!」
「オッス、自分、吐きそうです!」
「ぐっと呑み込まんかい!」
何度も回転していると、さしもの四角いクルマも角が取れてきて玉のような形状になり、ほとんど勝手に坂道を転がりはじめる。
「オッス、もう限界です!」
「そんな気弱なことで、タイムが出せると思っとるのか!」
嘔吐感とタイムにどんな関係があるのかに疑いを差し挟む余地はなく、込み上げる酸味を呑み込むのである。
よしんば実車の運転機会が与えられたからといっても、自由に走らせてくれなどするわけもない。助手席にどっしりと腰をおろした鬼先輩が、走行中のドライバーのヘルメットをグラングランと揺すったりする。頭が揺すられる場面で動体視力を保つための訓練だとのことだが、もちろん理論的に合致しているわけもない。これも仕打ちのひとつか、上級生の”遊び”のひとつである。
そうでなくても視界が滲んでいるのに、容赦なく頭をかき回されるわけで、コーナリングラインも横Gもあったものじゃない。コース上に留まっているのが精いっぱいなのだ。
「オッス、また吐きそうです!」
「ぐっと呑み込まんかい!」
ヘルメットの中にまたまた、酸っぱい香りが漂ってくるわけだ。
いやはや、ドライバーとしての成長期をそんな訓練に捧げたのだから、カートでも真面目にやっていれば、もうちょっとまともなドライバーになったのかもしれないと、いまではちょっと恨んでいる(?)。いや、あのニュルブルクリンクの荒れた路面にも臆することなく挑めるのは、鬼先輩の訓練のたまものか?
いや、ん?なわけないよな!
ただ唯一財産として残ったのは、クルマに捧げた青春は、今でも腹を抱えて笑えるほど楽しかったということ。クルマを媒介としての青春はさぞかしキラキラと輝いていたことだろうし、アホな生活を美しく彩ったのも事実。クルマごと転がされたりヘルメットを揺すられたりするためにモータースポーツの世界に飛び込んだわけではないのだか、それも青春の一コマなのだ。
僕の5年間の学生生活は、十分に熱いものとなった。それもクルマがあったからに他ならない・・・。
オランダのザンドフォルトでテストがあった。マシンはGT仕様のポルシェ911GT3。2009年の後半戦を戦うマシンである。レクサスLF-Aとはキャラに隔たりがあるけれど、これはこれで感動する。やっぱり世界を席巻するマシンには、なにか訴えかけるものが備わっているものだよね!
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