レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


7Lap 「エコラン、オモシレー」

たいがいのところ、肯定派と否定派に二分されるのがこの競技。
「エコラン」である。

燃費の良さを競うこの競技は、「こんなもん、やってられっか!」とはなっから眉間に皺をよせて嫌がる人達と、「なんだか面白そうだぞ!」と素直に興味を示す人種に大別されるようなのだ。

前者はたいがい、「我慢することがストレス」と感じるようで、おおむね武闘派のドライバーに多い。一方後者はどうかというと、競争というよりゲームといった意識が強く、「安全に頭脳プレーができますから」とする知的ドライバーの多くが支持する傾向にあるようだ。

かくいうこのキノシタは武闘派ドライバーのハシクレであり、アンチエコラン派のひとりだった。「500馬力&300km/h以上担当」を自認するだけに、“アクセル床踏みしてナンボ!”を声高々と訴えてきたわけだ。

そんな僕に、ささやかな心境の変化が訪れている。ニュルブルクリンクのあの難コースに命懸けで挑む一方、100%安全が保証された環境でドライビング技術を競うこともまた、クルマを操る歓びのひとつだと認識するようになったのである。エコラン、オモシレー、デアル。

そう実感させてくれたのが、トヨタ自動車が系列ディーラー活性化のひとつとして開催されている「プリウスカップ」なのだ。ゲストドライバーとして参加させていただいたのがハマルきっかけ。

過去にはエコラン3連勝という金字塔を打ち立て、業界では知る人ぞ知り、知らぬ人はまったく知らないという「エコランキング」の異名をとるわけで、ゲストドライバーというより模範演技者といった上からの目線で、意気揚々と会場に足を運んだのである。

だがそれがあらぬ事態に落とし込まれるはめに。ライバルにまったく歯が立たなかったばかりか、ほとんど素人のレースクイーンにも惨敗するという体たらく。トヨタモータースポーツフォーラムでは、「速く走ることと燃費よく走ることは共通しているのです」などと大上段にぶってしまったこと身を多いに恥じたわけ。シッポを巻いて、その場から逃げ出したい気持ちだったのだが、根っからの勝負好きの魂がチクチクと刺激されたようで、ちょっとしたマイブーム。効率のいい走りを模索する毎日なのである。

「プリウスカップ」の基本的ルールには単純だ。決められた時間内に規定数周回し、燃費を競うというもの。一チームは3名のドライバーで構成され、合計のタイムと燃費がポイント換算される。ただそれだけである。タダソレダケ・・。

だがその、タダソレダケが実に奥深いのだ。

「EVモードは使った方がいい?」
「いや、バッテリー残量が不足するぞ」
「加速はゆっくりね」
「いや、時間オーバーするぞ!」
「最初の周回はスロー走行でもいいぞ」
「いや、それでは後半飛ばさないとならないぞ」
「回生ブレーキのために、減速はエンブレだけだね」

「いや、ブレーキペダルにそっと足を添えるのだ」

一旦、議論が始まれば留まることはない。

「いや、惰性が得策だ」
「いや、ブレーキじゃなく、アクセルペダルに足を添えるのだ」
「いや、Bモードも使えるぞ」
「いや、ニュートラルで下ったほうがいい」
「いや、通常の市街地走行がベストなんだ」
「いや、最短距離を走るのがベスト」
「いや、コーナーは大回りが抵抗が少ない」
「いや、登りだけはEVモードだ」
「いや、残量が低下すると効率が悪いのだ」

これが速さ競技だったら、たいがい運転の一番上手いとされている奴がキリリと正解を論じてお開きになるところなのだが、話がエコランとなると誰もが一家言持つようで異論百出となる。

たいがいそんなところに、運転歴50年だなんて訳知り顔の重鎮が話に割ってはいってきて、

「加速はゆっくりとすればいいのだよ」

などと一席ぶつわけだ。しかも、

「ワシは今月、一度しかガソリンを入れておらんぞ!」

などとアドバイスの信憑性を高めるための自慢話を語りはじめたりするから話は厄介になる。

その傍らではコソコソと、タイヤの空気圧を高める輩が現れたり、軽量化のために朝から何も口にしていない巨漢が、フラフラとよろけたりするのである。

いざ競技が開始すれば、ライバルの動向が気になって気になってしかたがない様子。誰かが好燃費を連発すれば侃々諤々議論が繰り返され、嫉妬の餌食になる。一方で記録悪い奴を探しまくり、非難の集中砲火を浴びせて保身に走るわけである。

共通しているのは、皆が笑顔だということだ。誰もがこれだという答えを持たないままの議論は永遠の堂々巡りを繰り返すのだが、これがまた楽しい。誰もが満面の笑みを浮かべながら、エコランという競技を楽しんでいるのが特徴だ。キモとなるのは“運転のうまい奴=大将”ではないところ。F1ドライバーからレースクイーンまでが同列で語り合える。ましてやニュルブルクリンク24時間クラス優勝経験者などという肩書きなどなんの役にも立たないばかりか、だから武闘派ドライバーは嫌よねぇ・・・などと蔑まされるのがオチ。そう、全員がエースであり、全員がチーム監督になれるのがエコランの面白さなのである。

さらにいえば、勝ったチーム以上に、負けたチームの方が楽しそうなのには驚いた。その晩が盛り上がるのは、どうやら敗者達という不思議な現象が巻き起こるのである。そしていつしか、「こんなもん、やってられっか派」と「なんだか面白そうだぞ派」がひっくるめて、「次もやってみたい派」になっているのである。

「アクセルワークは丁寧にね」

コンビを組んだレースクイーンは免許取得歴4年に対してペーパードライバー歴も4年。そんな彼女に善意でそうアドバイスをしたら、

「いや、ある程度加速しないと、効率が悪いと思います」

そう言い返されてしまった。


走る歓び、所有する歓び、そして語り合う歓び・・・。


モータースポーツの理想型のひとつがここにあるような気がした。

キノシタの近況

今から灼熱のセパン12時間耐久レースにむけて、マレーシアに飛びます。ともかく暑くて暑くて“熱い”のがセパンでありまして、今年は何人のドライバーが倒れるのでしょう?という熱さ。このページがアップされるころには結果がでているはず。病院のベットで点滴を受けながら、GAZOO.comをクリックしていたりして・・・。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】

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