レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


8Lap 「○○○・×××・△△△△!」

今年のキノシタは、レース活動の軸足を海外に置くことにした。レクサスLF-Aで参戦した3度のニュルブルクリンク遠征を皮切りに、シーズン中盤からはオランダのラマティンクレーシングと契約。同チームが走らせるポルシェ911を駆って、海外の耐久レースに参戦することにしたのだ。

スパフランコルシャン24時間はマシンの都合で参戦を断念したのだが、景気づけに灼熱のセパン12時間に狼煙を上げたあと、ニュルブルクリンクVLN4時間耐久レースを2連投で消化し、ハンガリー12時間からドバイ24時間へと、まあよくも過酷なレースばかりを選んだものだと呆れるほどのマゾヒスティックなシーズンを迎える。チームはオランダ人を主体に構成されており、日本人はキノシタひとり。図体のデカいガイジン達に囲まれた活動になる。

となると、言葉の問題や生活習慣の違いからくる環境の変化にさぞかし苦労するのでしょう、との心配の声を投げかけられる。だがしかし、本人はいたってノンキなもので、まったく心配していない。これまでの海外チームとの単身赴任経験や、あきれるほど多くの海外レース出場で会得した度胸で、日本人が海外に挑むときに壁になるであろう障害など乗り切るつもりなのだ。

たとえば語学力。幸いなことにレース用語はおおむね世界共通のようで、カタカナを羅列していれば事足りる。しかもメンバーのほとんどは、母国語を英語としないオランダ人が主体だ。英語が片言なのはお互い様。わざわざ難解な言い回しを使うわけもなく、簡潔な単語を交えての会話となる。

「エントリー・アンダーステア」

そういえば、コーナー入り口でアンダーステアなのだと理してくれる。

「アイ、ニード、モア、ダウンフォース。イッツ、ベター」

といえば、ウイングをチョコチョコと調整してくれる。

眉間に皺を寄せて大袈裟なゼスチャーを加えれば、より深刻度が伝わる。さして難しく考えることはない。臆することなく要望を口にするという姿勢さえ貫けば、チームに溶け込むことはそう難しくはないのだ。

さらにつけ加えるならば、多少のユーモアを交えればコミュニケーションはスムースに進む。特に、“下ネタ”好きはモータースポーツ人共通の傾向にあるようで、そこには国境など存在しないかのようなのである(?)。

  • 中央がトム・コロネル選手

実はコンビを組むのが、現在WTCCで活躍しているトム・コロネル選手。彼は過去に日本での豊富なレース経験がある。1996年と1997年には、全日本F3選手権に参戦。チームトムスからの参戦でチャンピオンを獲得。翌1998年と1999年はFポン王者に輝いている。GT500でも活躍した。

「ミスター・タチ、ベリー・ナイスガイ!」

そう言う彼は、チームトムス時代の長い御殿場生活によって日本人気質を学んだし、片言の日本語も話す。僕のカタカナ英語もよく理解してくれる。そして、舘監督率いるチームトムスの教育のたまものなのかどうか、
“下ネタ”が大の得意なのである(?)。

レストランでの食事の時。乾杯の段になれば率先してグラスを合わせ、大きな声でこう叫ぶ。

「チンチン!」

嬉しそうな顔でその言葉を連呼したあと、キョトンとするオランダ人スタッフに、その響きがもたらす日本語の意味を説明して回る。するとメカニックもマネージャーも同様に笑い転げ、“チンチン~”の大合唱となるのだ。

あまりのウケの良さに気を良くしたトム・コロネルはさらにエスカレート。顔を寄せ合い、何かを囁き合ったかと思うと今度は、“スケベ~!”の大号令だ。

日本人を歓待する気持ちは痛いほど嬉しいのだが、よりによってそっちかい!と嘆きたくもなる。赤面する僕の表情がさぞかし面白いと感じたのか、一旦勢いづくと最後、卑猥な言葉は留まることを知らない。テーブルのあちらこちらから、次々と意味不明な単語が飛び交う。

“スケべ~”
“エッチ~”
“オンナ~”
“キャンギャル~”
“ダイスキ~”

スタッフに悪しき日本語を伝授するのはトムである。彼を中心にまったく異様な集団と化すのである。この時ほど、チームトムスが施した彼への教育を恨んだことはない。

さらに彼は、イタズラの翼を羽ばたかせる。薄ら笑いを浮かべるしかない僕の耳元でトムが、こう叫ぶように何かを告げ、僕はその指示に従いその言葉を大声で復唱した。

「○○○・×××・△△△△!」

すると、チームスタッフは腹を抱えて笑い転げ、逆にそれぞれのテーブルで食事をしていた客は一斉にこっちを振り向き、あきらかに侮蔑の視線を寄越しつつ、顔を赤らめたのだ。

どうやらその意味は、女性を求める男の叫び、だったようである。

そう、外国チームとのコミュニケーションは、こうして密になっていくのだ。

外国籍のチームと打ち解けるための最大の術は、ドライビングテクニックでも堪能な英語力でもなく、笑える“下ネタ”なのだと、この時に悟った(?)。

キノシタの近況

灼熱のセパン12時間は、まさに暑さとの戦いである。予選で総合12位からスタートした我々のマシンは、ゴールまで25分を残したところでエンジンが音を上げた。リタイヤである。コースサイドにマシンを止めたトム・コロネルは一言。「ドライバーより先に、マシンが熱さに負けた」。あの暑さの話は、またいつか報告したいと思う。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】

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