レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


9Lap 「現実とバーチャル」

『iQ GAZOO Racing tuned by MN』デビューを祝うイベントで、
“分身”と呼ぶにふさわしいもうひとりの自分に出会った。といってもバーチャルな世界の話。トヨタ自動車がインターネットで展開している「メタポリス」に出演し、キノシタ本人に酷似した“分身(アバター)”に出会ったのである。

収録は都内のスタジオで行われた。そこで、成瀬御大と飯田章とともにトークショーを繰り広げたのだが、その映像はネット上の仮想ステージにはめ込まれネット公開された。ファンからの質問コーナーでは、僕らが口にした回答が文字に変換され、本人に似せたキャラクター(アバター)が、吹き出しで答える。その様子を観客(やはりアバター)が取り囲んでいる。日本各地(いや、世界各地かもしれない)の自宅やら会社やらのコンピューター画面の前でマウスが、観客の分身を動かしている。現実とバーチャルがごちゃ混ぜになった摩訶不思議な世界で、自らの“分身”と対峙したのである。

現実の世界にいたキノシタはどうかといえば、スタジオの片隅にしつらえた簡素なステージ上に座らされていた。目の前に大勢の観客がいるわけでもなく、三脚に据えられた小さなカメラが、ポツンと僕らをとらえているだけだ。カメラの向こう側には、GAZOOの関係者やメタポリスを制作する大勢のエンジニア達がただひたすら無表情でコンピューター画面を睨んでいるのだ。ときおりカチャカチャとキーボードを叩く音が響く以外に、音らしき音はしない。咳払いすらはばかられる静けさである。

生来、無言状態に耐えられぬ性格のキノシタは、少しでもその場の冷たい空気を和らげようとつまらぬジョークを無理矢理かますのだが、誰ひとり笑うものはない。ギャグがスベったのか、そもそも笑うべき環境でないのかは不明だが、ともあれ空気が凍り付くことには違いはなく、背筋に嫌な汗が流れた。

さて、一方のアバターも同様に凍り付いているのかといえば否。本人の覆い重なるような緊張感とは対象的に、大勢の観客に囲まれた華やかな会場で堂々とトーク展開しているのである。会場のいたるところから浴びせられる拍手や声援に、視線を送ったり微笑んだしながら気を良くしている。そう、息もするし腹も減る生身のキノシタよりも、アバターの方が嫉妬するほどにイキイキとしていたのである。

そんなステージも、慣れてくると不思議なもので大胆になってくる。言葉を発しているのはまぎれもないキノシタだというのに、それがネット上で文字に置き換えられる感覚にさえ馴染むと、大胆になれるのである。この感覚を伝えるのは難しいのだが、ギャグがスベったって、所詮「恥をかくのはアバターなのだ」といった無責任な感覚も芽生えはじめる。あるいは「所詮アバターなのだから、オフレコトークもしゃべっちゃえ」といったサービス精神が沸き上がってくるのである。

こうなるとキノシタ本人にとっての分身は、俄然饒舌になる。その言葉は紛れもなくクルマスキのキノシタの発言なのだし、そこにウソ偽りはないのだが、分身が発する言葉なり文字は、本人が感じるよりも鋭く的確に、しかも感情を増幅させて言葉を吐き出す。

木下が「このクルマは素晴らしいですねぇ」と言えば、「このクルマは、いままで乗ったクルマとも似ていない素晴らしさがある」という思いを行間に滲ませながら翻訳されるように、だ。おそらく、言葉となって響かない心の片隅のどこかに紛れ込もうとしていた思いを分身が丁寧に拾い上げ、整理しながら語っていてくれているようなのだ。ある意味で、本人以上に本人である。

約1時間ほどのトークショーが終わるころになると、アバターの包容にすがるとともに、感情移入していることを自覚した。後日、メタポリス出演を観ていたファンのひとりから手紙が届いた。

「あのキノシタさんは、キノシタさんと同じようにクルマスキであることが伝わってきましたよ。」

なるほど、感情増幅効果は行き届いていた。

「でも、普段のキノシタさんよりも真面目に感じました。普段のステージではもっと毒舌なのに・・。本当のキノシタさんはどっち?」

アバターは、本人の性格まで整えてくれていたのか?そして最後にこんな質問が書き加えられていた。

「ところで、バーチャル技術が進むと、クルマを操る実感はどこにむかっていくのでしょう?個性は?それを考えるとちょっと心配です」

なるほど、もっともである。バーチャルの技術はさらに進化するだろう。すると仮想ロードでクルマを操れる時代が訪れるかもしれない。だけど、メカニズムの感覚や匂いは、仮想空間では味わえないはず。仮想空間はクルマスキを導くためのゾーンとしては有効なのだろうが、最終的にはクルマが魅力的かどうかが問われるのだ。そう思う。 さらにいうならば、現実のクルマはより刺激的な味が求められる。バーチャルではとうてい得られない“味”の濃さが要求されるのだ。現実と、バーチャルの競い合いでもある。 心の底では、「現実のクルマよ、頑張ってくれ!」と願っていた。

「ちなみに、“分身のキノシタ”よりも“生身のキノシタ”の方が魅力的ですよ。照れたり怒ったり人間的ですからね。ギャグも立派にスベるし・・・」

手紙をくださったファンの方には、この場を借りて回答しておきます。

木下氏も体験した3次元仮想都市トヨタメタポリスとは?
metapolis.toyota.co.jp/about/index.html

キノシタの近況

TOYOポルシェ911でVLNニュルブルクリンク4時間耐久に参戦してきました。レクサスLF-Aでのテスト参戦を加えると今季4度目の遠征になります。今回も強かったのはやっぱり、マンタイポルシェ911GT3でありアウディR8LMSでした。彼らはもう、来期のニュルブルクリンク24時間への準備を進めているのだ。ちなみに僕らは、マンタイと同クラスのSP7で4位でした!
www.cardome.com/keys/

【編集部より】

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