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トヨタ・レーシング インサイドストーリー〜2012年WEC富士の激闘を振り返る〜

第2回 「ライバルと繰り広げた熾烈な駆け引き」

中嶋に託されたポールポジション


予選アタックに向かうTS030 HYBRID
 村田によると、公式予選でのアタックは中嶋に任せることが事前に決まっていたという。だがそれは、単に富士がホームサーキットだからというものではなく、速さと実力を兼ね備えていたからこそ。「浪花節(母国という義理人情)だけでは乗れませんよ。実力があってアドバンテージもあるから任せたんです」。

 一般的に富士は高速コースだと言われるが、村田は「中低速コースです」とキッパリ。中嶋がそれをフォローする。「ストレートが長いため、高速コースだというイメージを持つんだと思います」。実際、クルマのダウンフォースのレベルからすれば、ストレートが長い分、それなりに低くなる。だが、実際の平均速度はさほど高くもないとのこと。

「特に最終セクターはずっと低速コーナーが続きますよね? だからハイブリッドを使える区間が多くなります。その点で僕らにアドバンテージがあるんじゃないかと思っていました」

 村田は中嶋の存在に大きな意味があったと振り返る。

「富士の後半(第3セクター)のコース処理は、いきなり(富士に)来て乗るドライバーとずっと走っているドライバーとで差が出やすい。アウディには(富士を良く知るアンドレ)ロッテラーがいましたが、ウチには一貴がいる。彼は、後半の処理の仕方をチーム内の他のドライバーにずっとレクチャーしてくれていたんです。そのアドバンテージは大きかったですよ」


中嶋一貴のアタックでポールポジションを獲得した
 秋晴れの好天気に恵まれた予選、渾身のアタックを決めた中嶋は、1分27秒499のタイムを叩き出す。アウディ1号車は、SUPER GTでキャリアを重ね、やはり富士をよく知るブノワ・トレルイエがドライブ。だが、中嶋は0.140秒差でライバルに競り勝ち、自身初となるWECでのポールポジションを手中に収めた。そしてこの時点で中嶋はレースへの勝利に自信を深めたという。

「レースペースとタイヤマネージメントにはどちらかというと自信を持っていたので、このままいけばレースも大丈夫だと思ってました。長いレースなんで、"絶対"ということはないですが、予選でのパフォーマンスは基本的にクルマの速さを表すものなので、絶対的なペースとしてアウディより速かったし、優勝へつながる大きなチャンスになるだろうと思いました」

 タイヤにやさしい走りができることも、自信の裏付けとなった。ノーミスで戦えば勝利できる...。「裏を返せば、絶対ミスしちゃいけないわけですが、何事もなければいける(優勝できる)んじゃないかなと、レース前は思ってました。でもレースではそう簡単に事が運びませんでしたね」。中嶋はそう振り返った。

想定以上の速さを見せたライバル


2012年 WEC 富士6時間レース スタートシーン
 6時間の戦いが幕を開けると、TS030 HYBRIDはポールポジションの利を活かしてレースを牽引する。途中、アウディ1号車に先行されるも、中嶋が最後に連続スティントを敢行する戦略の変更が奏功し、再びトップを奪還。途中、セーフティカー導入など不安定な展開にも動じることなく力走を続けた。

 富士戦を戦うにあたり、ライバルのアウディはタイヤの摩耗を考慮し、ピットイン毎にタイヤ交換する戦略を用意する。一方、TS030 HYBRIDでは2スティント毎に作業を実施し、応戦した。ライバルが自分たちとは異なるピット作業を行うことは事前に把握済みで、その中にはアウディが1度の作業で都度20〜30秒のロスタイムを負うはずという情報も含まれていた。

 しかし、アウディがどのくらいのペースで周回を重ねるのかは決勝当日、フタを開けてみなければわからないことで、結果、彼らの速さが時間の経過とともに明らかになってくる。「意外にも相手のレースペースが良かった。僕らが2スティント目を走っている間に向こうはタイヤ交換で損をした時間を取り返せるくらいの速さがあったんです」と中嶋。
 生じた誤算、かつ、自分たちは最終スティントで給油だけ済ませ、すぐさまピットを離れるという"スプラッシュ&ゴー"を行う必要がある。「最終的には後続に対して45秒近くのタイムを稼がなきゃいけなかった。相手が速く、その差が縮まらないので、厳しい戦いになるなぁ」と思っていた。

 想定以上のハイペースで猛追するライバル。さらに終盤、逆転優勝を狙う相手は新たな勝負のカードを切ってきた。そのとき、チームは、そしてドライバーはどう対処し勝利を目指したのか? 最終回では、中嶋による3連続スティントの決断と、その心境、そして2013年の富士戦への意気込みと見どころを語ってもらう。


目次ページ

  1. 第1回:母国レースで感じた喜びとプレッシャー(2013年9月11日公開)
    1. 1. チェッカーの瞬間、自分の感情が爆発した
    2. 2. ギリギリの戦いの末に手にした最高の結果
  2. 第2回:ライバルと繰り広げた熾烈な駆け引き(2013年9月18日公開)
    1. 3. ドライバー同士の密な連携
    2. 4. 中嶋に託されたポールポジション
  3. 第3回:劇的な勝利。そして2013年の富士へ(2013年9月25日公開)
    1. 5. 予定外のカードを切ったライバル
    2. 6. ライバルにとっても特別な富士