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トヨタ・レーシング インサイドストーリー〜2012年WEC富士の激闘を振り返る〜

第3回 「劇的な勝利。そして今年の富士へ」

王者アウディとの激闘を繰り広げた、2012年のWEC富士6時間レース。レース終盤、逆転を狙いタイヤ無交換を選択したアウディに対し、トヨタ・レーシングは中嶋の3連続スティントで対抗。そんな緊張と歓喜の様子を中嶋一貴と村田久武プロジェクトリーダーが振り返る。さらに最終回では、2013年富士6時間レースに向けての決意とチーム状況を語る。

予定外のカードを切ったライバル


富士のホームストレートを駆け抜けるTS030 HYBRID
 猛追するライバルのアウディ1号車だったが、周回遅れの車両との接触でフロントカウルを破損。緊急ピットインを余儀なくされてしまう。だが、このピットインで通常のルーティンワークを消化、僅かなロスタイムを計上しただけで済んだのに加え、コース上に散乱する車両の破片を取り除くためにセーフティカーが導入されたことで、1号車は失った時間を帳消しにする。さらに、最後のスティントでタイヤ無交換を選択、給油作業が必須のTS030 HYBRIDに揺さぶりをかけた。

 アウディの戦略を確認しつつ、トヨタ・レーシングでも作戦の見直しが進められていた。そして、すでに2スティントを走破していた中嶋へ走行継続をリクエストする。村田によると、そのオプションは早い時点から決まっていたという。

「一貴に行ってもらうしかないというのはだいぶ前から決まっていました。ただ、どのタイミングで伝えるのかが難しい(笑)。レースエンジニアが一貴との会話の中で、そのタイミングを見計らっていたんです」。


ピットから中嶋一貴の走りを見つめる村田久武(中央)
 村田はこのカードの切り合いこそ、ル・マンをはじめとするWECのおもしろいところだと指摘する。幸い、レースウィークを通して中嶋は安定した速さを見せており、コースも熟知している。「他に選択肢がなかった。『あとはもう託した!』という感じでしたね」。

 一方で中嶋は、レースエンジニアから「最後、もう1.5スティント行けるか?」と聞かれていた。答は「OK」。自身、意外と楽なレースだと感じていたからだ。「そのまま自分が行ってチェッカーを受ける、という役はもちろん可能な限りしたいですし、その時は気軽に受けたんです(笑)」。折しも、1号車が接触によるペナルティを受けた頃だった。「あれで勝てる、と思いました。普通にいけば問題ないと思い、敢えてトラフィック(周回遅れによる混雑)ではリスクをとらず、注意しながら走りました」。

 無線を聞いていた村田も「爽やかな声だったので、余力があるなと思った」と、中嶋の粘りに期待をかけたが、この後、"普通にいけば問題が起こる"状況へと急転した。
 アウディがタイヤ無交換で最後のピット作業を終えたのだ。その頃、中嶋はタイヤプレッシャーの調整に問題を抱え、期待しているほどのペースを確保できずにいた。だが、アウディの動きを見たエンジニアからは「30秒のリードじゃ足りない。40秒以上のリードを築かないと」という突然のペースアップが言い渡された。「プッシュ、プッシュと言われ続け、拷問みたいでしたね(笑)」と村田。だが、中嶋はプレッシャーとも戦いながらそのリクエストに応え、45秒のマージンを作り上げる。

 そして迎えた最後のピットイン、スプラッシュ&ゴー...。

「最後のピットインを終えてコースに出ていったときには、ピット内で拍手が沸き起こったんです。僕らが勝利を確信した瞬間でした」

 村田にとっても、ドラマチックな展開だったのだ。ピット作業で1号車との差は一気に5秒強まで縮まるが、ここからはひたすら逃げるのみ。8秒、10秒...と差を広げ、中嶋は1号車に対し、11秒223の差を持ってトップチェッカーを受けることに成功した。

厳しい戦いの中に見える進化の軌跡


2013年型TS030 HYBRIDはル・マンから進化を遂げており、
富士戦での優勝を狙っている
 迎えた2シーズン目。開幕戦のシルバーストーンは3位入賞、ル・マン戦では2、4位と2台のTS030 HYBRIDがともに完走。だが、今季の初勝利は果たせていない。しかしながらクルマは常に進化を遂げており、富士戦での巻き返しを狙っている。

「今年のル・マンでも負けるつもりはなかった」と村田。ル・マンではレース中のラップタイムが自分たちの想定していたものより相当遅かったことが判明している。この事実を踏まえ、富士戦に向けての準備は着々と進んでいるという。「(富士戦を含む)シリーズ後半戦に向け、ドイツでテストを行いました、そこでエアロパッケージを一新、エンジンの馬力もアップさせています。また、ハイブリッドシステムも新しいものをテストしました」。


目次ページ

  1. 第1回:母国レースで感じた喜びとプレッシャー(2013年9月11日公開)
    1. 1. チェッカーの瞬間、自分の感情が爆発した
    2. 2. ギリギリの戦いの末に手にした最高の結果
  2. 第2回:ライバルと繰り広げた熾烈な駆け引き(2013年9月18日公開)
    1. 3. ドライバー同士の密な連携
    2. 4. 中嶋に託されたポールポジション
  3. 第3回:劇的な勝利。そして2013年の富士へ(2013年9月25日公開)
    1. 5. 予定外のカードを切ったライバル
    2. 6. ライバルにとっても特別な富士