レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


19Lap クルマと船の技術交流

“エンジンで動く乗り物”というキーワードでは一致しているのに、パワーボートはなぜか、クルマとは近いようで遠い存在だった。そこには水の上を“滑走する乗り物”と“陸上を走る乗り物”という絶対的な壁があって、クルマと船の互換性は少なかったのだ。


ポーナム45。ちなみに1億2,358万5,000円です。

そうはいっても、ヤマハやカワサキなどのバイクメーカーは、ジェットバイク系には積極的に参入している。トヨタは系列にトヨタマリンを抱えている。日産のマリンの歴史も長い。ホンダの鼻息は荒く、エンジン開発だけという注釈付きだが、開発には前向きだ。

技術交流がないわけはないはずなのだが、いざ販売されているボートを眺めてみると、クルマでみられるような高度な技術が注がれているとは言い難かったのだ。

「そんなもん、一緒に造っちまえばいいのに…。」

シンプルな発想の僕からすれば、不思議ですらあった。


停泊して美女とドンペリなんぞを空けちゃう優雅なサロンとしても、『松方弘樹世界を釣る』的なトローリングクルーザーとしても活躍するわけですな。

「なんと不便なことだわ…!」

マリンビギナーはたいがいそう言って、時代遅れの装備を嘆く。

たとえば船のウインドスクリーンなんて、ずっと昔からつい最近まで平面ガラスだった。

そこに、扇子ほどに小さなワイパーが、キコキコとガラスを撫でているだけなのだ。クルマ目線で言わせてもらえれば、50年遅れている…である。

ところが、ここ数年のマリン業界には変化が見られる。このところ話題をさらう新型艇には、明らかにクルマの技術と思われる装備が目白押しなのだ。

先日、2009年にデビューした新型艇でクルージングする機会があった。マリン歴はけして短くないキノシタなのだが、まわりを見渡しても最新のクルーザーを優雅に乗りこなす裕福な友人など見当たらず、古いクルーザーにしか縁がなかったのだが、最新艇を経験してそこに採用されている新技術には驚かされた。

今年の話題ナンバー1は、ヤマハがリリースした新型艇『イクザルト』である。マリンに関して約半世紀にもおよぶ歴史を持つヤマハは、ジェットバイクから始まってフィッシングボートからビッククルーザーまで、幅広いラインナップを持つ。10数万円のエンジンから2億円を軽々オーバーする外洋クルーザーまで揃えるだけあって、最新艇のイグザルトの完成度には驚くばかり。


つまり、サロンはこんな状態です。寝室、オーナーズベッドルーム、ゲスト用ベッドルーム、シャワールームに豪華キッチンに…。

トヨタも負けじと、最新艇をリースしている。『ポーナム45(45フィート)』はまさにフラッグシップ(Flagship=旗+船)であり、最新技術満載なのである。しかもそこには、クルマの技術が余すことなく注がれていたことには感心させられた。

平面ガラスが、微妙な曲面ガラスに改められたのは、先代のポーナム28からだったと思う。最新モデルでは、ウインドデフロスター付き除湿エアコンも装備、ワイパーは水滴感知式セミオートになった(クルマ目線だと当たり前のことが当たり前ではなかったのである…)。


ガルビューモニターは、着岸離岸に重宝しますな。駐車が下手だとダサイように、スムースな着岸離岸ができないのも恥ずかしいものです。

着岸離岸(いわゆる駐車ねっ!)に便利なガルビューモニターの装備も新しいところだ。前後左右の4カ所に設置したカメラがとらえた画像をコンピューターが解析、上空から眺めたような俯瞰の映像に修正してモニターに映し出すのだ。日産がクルマで採用しているタイプの駐車便利機能を、ポーナム45では採用したのだ。マリーナでの出し入れに重宝そうだ。

あんな広い海で着岸離岸の心配をするの?と不思議に思う気持ちも理解できないこともないが、クルーザーって意外に死角が多いのである。身動きにも自由度がない。45フィートにもなる大型艇では実に便利なのだ。

オートフラップの緻密な制御にも驚かされた。船尾の左右に、小さな板状のフラップが備え付けられている。それが角度を変えることで水との抵抗を生み、姿勢を制御するのだ。

クルーザーもクルマ同様、ピッチング(船首の上下動)もローリング(左右の傾き)もする。加速状態では、速度が安定するまで強い後傾姿勢になる。ほとんど空を仰ぐような姿勢になり、前方がまったく見えないこともあるのだ。だがそれを、電子制御オートフラップが補正してくれる。

旋回時、船はバイクのようにイン側に傾く。それをも補正してくれる。さらにいえば、風や潮流を横から受けている船が直進しようとする場合、舵を切ることになる。いわば直ドリ状態になるのだ。だからやはり船は傾く。それをも補正してくれるのである。

トヨタマリンの開発者に話を伺ったら、

「操縦性は物理工学です。クルマと同じなんですよ」

そう言っていた。

「実は私、トヨタ自動車で操縦性を担当していたんです。キノシタさんが乗っていたGT500仕様のスープラにも携わっていたんですよ」

だってさ。やっぱり技術交流はあったのである。

「防音と防振のためにマテリアルは、クルマから応用することも少なくはありませんよ」

かつてのホーナムには、セルシオのV8ユニットが搭載されていた。だから音と振動の静かさでは定評があったのだ。


プリウスのソーラー発電システムが船にも…。

「マリンも環境性能を無視できません。最新のポーナムには、ソーラー発電機能を装備させています」

おやおや、クルマより進んでいそうなのだ。

「プリウスのソーラーシステムを応用したんですよ」

なるほど侮れない。

ちなみに最近の大型艇は、前進と後進だけではなく、360度自由に動くことができる。メインスクリューだけではなく、左右に向かって小さな風車のようなスクリューが装備されていて、これを巧みに駆使すれば、左右に平行移動することだって、斜めにスライドすることも可能なのだ(ただし低速だけね)。

だがそれを正確に操作するには、熟練した技術が求められる。ところが、コクピットに備え付けられたジョイスティックをコキコキッとするだけで、ベテラン船長級の鮮やかな操船テクニックを手にすることが可能なのだ。


直列6気筒、1万504ccインタークーラーツインターボエンジンを二基掛けしています。632馬力×2=1,264馬力ですね。「船のエンジンは象を引いているようなものだから…。」そう言われるほど、水の抵抗は恐ろしく大きい。だが、これだけパワーがあると、ものともしないようですな。

クルマに、コキコキジョイスティックはない。その点では、もしかしたらクルマより進化しているとも言えそう。クルマの技術がマリンへ…ではなく、マリンの技術がクルマに投入されても不思議じゃないのである。

「もともと地上の路面は動きません。大地はドカッと居座ったままです。ですが水には流れがありますね。その意味ではむしろ、難しい環境だとも言えますね」

なるほど、クルマがベルトコンベアの上で動いていると考えれば、そりゃ難しそうである。

「風の影響も受けますよね。エンジンを停止させても風に流されます。ブレーキを踏めばその場で停止する、というわけにもいかないのですよ」

トヨタマリンは昨年、『PHKS』という新システムを開発して世間を驚かせた。GPSで現在地を入力すれば、前後左右のスクリューを巧みに操り、その場から移動しないというシステムなのだ。どんなに激しい風にも、強い流れにも、そして波にも対応するというのだ。船首さえも同方向のまま不動なのである。これには恐れ入る。

マリン門外漢にはその必要性を理解できないはずなのだが、海釣り愛好家にとってはとてもありがたい機能らしい。いいポイントに出逢えたら、その場に居座りたいと願うもの。だが、潮や風で流される。もともと目印がないから、いったん流されたら二度とその場に戻れない。そこでこの機能が威力を発揮するのである(らしい)。

まっ、クルマとはちょっと狙いが異なるようだけど、そんな機能がクルマに逆応用されれば…なんてこともなくはない。

駐車したい場所をカーナビで入力すれば、あとはオートでピタリと…、なんてことも夢ではなさそうなのだ。

近い将来、『PHKS型360°ジョイスティックオート駐車システム』なんて機能がレクサスLSあたりに採用されても、驚きはしないだろう。ひとりの熱狂的なクルマスキとしては、マリン技術には秘かにアンテナを張っているのである…。

キノシタの近況

実はキノシタは、日本ボート・オブ・ザ・イヤーの選考委員などという大役を仰せつかっているのだ。今まさに賞争いの渦中。なんせ対象には時価数億円の豪華クルーザーも含まれているわけで、選考するというよりも、ただただ溜め息をつくだけです。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】

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