レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


20Lap 美味しいクルマって…?


CARトップ2月号の記事。最近業界では「クルマの味」に関する話題が多い。もちろんそれは、豊田章男社長や成瀬弘さんが唱えている「味探しの旅」に影響されたからなのだ。

自動車専門誌「CARトップ」2月号に、興味深い記事が掲載されていた。モノクロで印刷されたわずか4ページの『くるまグルメツアー』と題されたその企画は、数多くの話題に埋もれてしまいそうに小さな扱いだったのだが、サブタイトルを『くるまの味とは?』としており、僕の目を惹きつけたのである。

内容は、十数名の自動車ジャーナリストに求めたアンケート結果を主体に進められていた。突きつけた質問は、「濃味、もしくは薄味と感じるクルマはどれ?」というもの。車種を名指したうえに、メーカー別得票結果も集計していた。

その結果がなんと…。

圧倒的に、濃味にランクされたメーカーは、12票中7票を獲得した『日産』だった。GT-R、フェアレディZ、フーガといった走りの優れたモデルが票を稼いでいる。ここ数年、個性的モデルを次々に投入するその戦略が高く評価されていることを裏づけたよう。

一方、薄味ランキングでトップとなったのは、14票中12票という圧倒的な得票数を得た『トヨタ』だったのである。

味探しの旅人・トヨタが、薄味ランキングでトップ?

内訳を紹介すると…。


「味が薄い」ランキングでブッチギリのトップがトヨタ。票では10点獲得となっているものの、車名を明記しなかった票も加えると12点となる。2位の日産が1票とその差は圧倒的…。

マークX 2票
カローラ 2票
パッソ・セッテ 2票
クラウン 1票
レクサスLS 1票
カローラ・ルミオン 1票
カムリ 1票
プリウス 1票
プレミオ・アリオン 1票

満遍なく票が分散しているのだ。

濃味であることが生命線のスポーツカーを持たないことが、結果に災いしている点も無視できない。マツダ・ロードスターやインプレッサWRXSTiなどは予想どおり濃味にカウントされている。スポーツカー不在のトヨタは、絶対的に不利なのである。

薄味モデルとして安定して得点を得ている高級セダンや大衆車はむしろ、無味乾燥こそが美徳なのかもしれないという考え方もある。白物家電でいいとするのなら、それでも良かろう。濃いから販売増が期待できるわけでもない。だが、味探しの旅人であり、クルマに「味」という概念を持ち込んだ張本人のトヨタが、薄味ランキングの上位に顔を揃えるなんて、ちょっとした悪い冗談かと思った。


北海道・南茅部の天然昆布。清水でじっくりエキスを抽出する。それからじっくりと火に掛けると、きわめて上質な出汁がとれる。こうやって丁寧に開発されたクルマは、たとえ薄味でも惚れる。


美味しい出汁があれば、刻みネギと胡麻だけのうどんも高級料理になる。細かく刻んだショウガの「苦み」がちょうどいいアクセント。

もっとも、このアンケートは、濃いか薄いかの検証であって、美味いマズイを問うているのではない。だからトヨタの多くのクルマが薄味だとしても、評価を下げるものではない。薄く透き通るような汁の『関西うどん』は、たしかにコクがあって濃くも感じるものなのだが、醤油色の強い『東京うどん』より濃いのか薄いのかと問われれば「どちらかといえば薄い…」と答える場合もある。でも美味い。薄くても美味い味が存在するという意味では、トヨタのクルマが美味しくないと結論づけるのは公平ではない。

ただね…。

「味が薄い」は「存在感がない」と同義語でもあるし、「感動できない」にも置き換えることも可能だ。あまり嬉しくはないのである。

人が美味しいと感じる味覚は「コク」と深く関係があるそうだ。出汁の効いた関西うどんは、醤油味の濃い東京うどんよりも味がある。そう感じるのは、コクがしっかりと滲み出しているからなのだ。

北海道・南茅部で天日干しした天然昆布を常温の清水に浸し、とろ火でコツコツと煮出して昆布に泡が浮いたと同時に引き上げる。一方で一本釣り戻り鰹をやはり天日干しした節のエキスと絡ませ、布巾で丁寧に濾す。すると最高級の出汁が抽出される。化学調味料の舌に残るような不自然な甘みもなく、それが天然素材のいいうまみがコクとなるのだ。

ところで、その「うまみ」とはなんぞやって話なのだが、科学的には解明されていないという。官能評価で高得点となった鶏卵とそうでもない鶏卵を分析しても、アミノ酸組成も、卵黄と卵白の比率も変わらないという結果もある。脂質や脂肪酸の組成にも違いはないという結果だ。一方で、魚に含まれているDHA(ドコサヘキサエン酸)はうまみの元だとする説もあるのだが、こっちも科学的に証明されているわけではないのだ。

ただ、不思議なことに「苦み」だとする説が有力だそうだ。人間の味覚センサーには美味しさの構成要素である五つの味を分析する能力があるという。その五味とは、甘み、うまみ、塩味、酸味、苦みらしいのだが、その中の苦みが欠かせないというのだ。苦みをそのものを好む人はいないのに、隠し味としては重要らしいという不思議。

というあたりで、なんとなくコクとトヨタの関係が見えたような気がした。トヨタのクルマは丁寧に出汁を抽出しているのに、本来欠かせないはずの「苦み」までを取り除いてしまうから、肝心のコクまで消えてしまうのだと。あまりに完璧に仕上げてしまうから味が薄くなる。灰汁を取り除きすぎるとうまみも消えるのだ。適度な苦みが不可欠なのだ。

トヨタのエンジニアは、とても真面目だと思う。だから、誰かから苦みを指摘されるとすべてに対応しようとする。誰からも不満の言われないクルマを作ろうとするから、苦みが消える。うまみが残らない。薄味になるのだろうと想像する。


天然干しのメザシには、はらわたの「苦み」が舌を心地良く刺激する。大根おろしの辛みも、シバ漬け飯の酸味も、そして菜の花の苦みもすべてがあって食欲を増進させるのだ。

ちょっとやんちゃな「苦み」のある人の方が好感が持てる場合もある。癖のある奴が好まれる場合もある。というあたりをトヨタは自覚する必要があるのかもしれない。

陶芸家であり料理家として名を馳せた北大路魯山人はかつて、料理を美味しく食べさせるには?という質問にこう答えたという。

「お客の腹をすかせることだ!」

言い得て妙だ。美味しいクルマに飢えている我々には、ちょっと苦みのある料理が喜ばれるのだ。

キノシタの近況

神奈川県・葉山にある僕の自宅は、小高い丘の頂上にある。平地までの下りはわずか数100メートルなのだが、登るとなるとトレッキング気分という立地。つまり、ひとたび雪が降ると、陸の孤島と化す。スタッドレスに履き替える距離でもないし、ただしサマータイヤでは下れない。天気予報が頼みの綱なのだ。「積雪の可能性は50%です」とアナウンサー。降るのか降らないのか?
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【編集部より】
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