レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


21Lap シフトダウンは前か後ろか?


超高性能スーパースポーツ「レクサスLFA」

もはや3ペダルマニュアルシフトは過去の遺物なのか?スポーツカーから、シフトレバーを操る歓びと難しさを奪った張本人が2ぺダルマニュアルミッションである。いわばクラッチ操作を機械が代行してくれるわけで、変速の素早さや正確さ、あるいは効率などの点においてもはや、人間技を越えている。BMWのSMG2、フェラーリのF1マチック、アウディ系のSトロニックなどなど、その完成度にはただただ驚くばかりだ。

フットペダルはアクセルとブレーキの2枚。だが機構的にはマニュアルのそれは変速を、コンソールからニョッキリとはえたシフトレバーで行うか、もしくはステアリングホイールに添うように装備されたパドルで行うのだ。

これに侃々諤々(かんかんがくがく)議論が絶えない。すなわち、「変速レバーの“+”と“-”は、どっちが加速側であり減速側なのが理想か?」の議論である。シフトレバーを前方に倒すとシフトアップするのが一般的なパターン。だがその逆で、シフトダウンがレバー前倒しのクルマもある。どっちがいいの?というわけ。


サーキット走行もこなせる性能の持ち主だけに、パドル「連動派」であってほしかった。

門外漢には些細なことでも、武闘派のクルマスキは一家言抱えており、議論百出なのである。

僕はこう思う。やはりシフトダウンは前倒しに限る。だってシフトダウンを必要とする場合は減速したい時であって、つまり体には前方向に減速Gが加わっている。シフト操作する腕にもそれは襲いかかっているはず。というのに、減速Gに逆らってまで手前に引くのは理論的に不自然だと考えるからだ。

たとえば走りに強いこだわりを持つBMWは、「シフトダウンは前倒派」である。もっといえば、レーシングカーでも例外なく、シフトダウンはレバーを前に倒すことを前提に作られている。競技マシンが「減速前倒」であることが証明になるかもしれない。


でも、レクサスLFAだけは許しちゃいます。だってご覧のように、コクピットは素晴らしい…。

ただし、これにも異論がないわけではない。感覚的にいうならば、シフトアップ=加速=前に進む、だから「加速前倒」なのだと主張する派も少なくないのである。彼らに言わせれば、シフトダウン=減速=後ろに留まる、だからレバーを手前に引くのが理にかなっているとするのだ。スポーツATの先駆けとなったポルシェのティプトロニックが「加速前倒派」だったことから、後発が追従したという説もある。

というわけで、僕は勝手にこう結論づけている。ハードなドライビングを前提に開発されているピュアスポーツカーは「減速前倒派」なのだと。レーシングカーがそうであるように、だ。一方、限界に挑むのではない軟弱スポーティーカーは、「加速前倒派」で甘んじているのだと。そう思っているのだ。シフトレバーの表示を見ただけで、およその性能を判断してしまうのだ。


パドルはステアリングポストにしっかりと固定されています。ミスタッチが心配です。

話の流れでつけ加えるならば、パドルシフトは、ステアリングホイール「連動派」か「固定派」かの議論も絶えない。ハンドルを操作した時に、それに追従するようにパドルそのものも回転するのが理想的だとする派と、パドルはステアリングポストに常時固定されるべきであり舵角に追従すべきではないと主張する派に大別できる。

ここでも僕が僭越ながら決めているのは、パドルもステアリングと連動して回転するべきだと主張したい。ただし、スポーツカーの場合ね…。


BMW・Z4のシフトレバー。「+」が後ろ、「-」が前です。これ、BMWの伝統。駆け抜ける喜びの哲学は、ここにも揺るぎがない。

その理由はこうだ。たとえば舵角を与えて旋回中、シフトダウン、もしくはシフトアップの必要に迫られたとする。その際、ステアリングから手を離さずに操作を行うには、パドルに指が無理なく届くことが重要だからなのだ。

駆け抜ける歓びをスローガンとするBMWは、「連動派」である。しかも左右どちらの指でもギアの上げ下げが可能なように細工されているのだ。(最新型では右=アップ、左=ダウンになったけど…)ニュルで徹底的に鍛え上げられた日産GT-Rも、当然のように「連動派」だ。アウディRS6もAMG・E63も、そしてジャガーXK-Rも当然ステアリングに連動してパドルが移動する。走りに重きを置くマシンは、「連動派」が優勢のようである。


パドルは小さいものの、ステアリングホイールにまとわりつくような指で弾くタイプですね。右指でも左指でも、どちらでもアップもダウンもできます。かなり理想に近いですね。

ただし、ここにも異論はあるようで、「固定派」は常に同じ位置にパトルがあることの安心感も無視できないとする。片手運転の場面があってもいい、だがパドルはいつも決まった位置にあってほしい…、そう感じるドライバーも少なくないのである。

そう、やはりここでも僕はこうレッテルを貼っている。サーキットを本気で走ることを考えたスパルタンなスポーツカーは「連動派」であり、軟弱なスポーティーカーは「固定派」なのだと…。

ちなみに例外もあって、フェラーリは「固定派」だ。だが、パドルが極端に大きく、ステアリング操作中でもパドルに指がかかる。ある意味それは、「連動派」と「固定派」の議論に終止符を打つに等しい。

ところで、ならばピュアスポーツの勇である「レクサスLFA」はどうなのかといえば、実に寂しいことに、スーパースポーツカーであるにもかかわらず「固定派」なのだ。アルミ削りだしの高価なパドルは、ステアリングポストに固定されている。それゆえ、ニュルを7分で駆け抜るという驚愕の性能を秘めていながら、パドルが指にかかりづらいのだ。ミスタッチの心配がある。


メルセデス・ベンツSLKは、変則的に左右で変速を行うタイプ。基本的にハードドライビングが気持ちいいタイプのモデルではないので、これでもいいのかも…。

ちなみに、その操作感は、2009年のニュルブルクリンク24時間レースの僕の予選アタックのインカービデオ(ニュルブルクリンク コース紹介)をご覧いただきたい。 (GAZOO Racingでアップされてますよ…)。レクサスLFAは、誰もが操れるスーパースポーツカーを目指して開発された。あるいは「固定式のパドルは」、限界ギリギリのアタックでの操作性よりも、クルージングゾーンでのフィーリングを優先しているのかもしれない…。

とまあ、シフトレバーの位置や操作方法だけでも、議論は絶えない。ここに一本の酒瓶でもあったら、朝まで討論が続くほどの議題なのだ。いやはや、クルマスキは些細なことでも妥協はない。

キノシタの近況

2月26日の午後1時30分、東名高速道のSAで「バンクーバー五輪」の女子フィギュア・フリースタイル決勝の場面、浅田真央の演技をテレビ観戦した。そして銀メダル獲得の報を確認。取材先に向けて出発しようとした瞬間、そこに停車していたクルマが一斉に動き出した。視聴率は何%だったのか?
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【編集部より】
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