レーシングドライバーなどという人種は本当に酔狂なようで、タイヤが装着されていれば、それだけで興味の対象としてしまう。ローラースケートから始まって、スケートボード、ローラーブレードまでは当然のごとく守備範囲。ゴルフ場のカートで競争が始まるなんてことは日常茶飯事であり、スーパーマーケットのショッピングカートでさえ幅寄せの道具にしてしまう。
そんなレーシングドライバー体質はついに、空港のカートにも及んだ。そう空港カートとは、例のバッグ山積みのまま空港ターミナルを縦横無尽に駆け回るあれを意味する。それさえ気になって気になって仕方がないのである。
海外のレースなんぞを物色して戦っていると、世界の空港で頻繁に通うことになるわけで、空港カートにも国々よって個性があることに気づく。
そしてそれは、なんだかクルマの個性との近似点があることを知るのだ。
成田国際空港のカートは、トヨタ自動車を思わせる緻密な作り込みであり、ドイツ・フランクフルト国際空港のカートは、メルセデス・ベンツを連想させるほど、無骨で重々しい。イタリア・ミラノ・マルペンサ国際空港のカートは、まっすぐに走らず、アルファロメオ製かと思わされたこともあった。
さてさて、まず成田国際空港のカートは綺麗である。しかも、作り込みの手厚さは思慮が行き届いている。
ハンドルは押しやすいフラットハンドルであり、握れば解除というブレーキバーには、手に馴染むように凹凸がもうけられている。蝶番に指を挟まないようにゴムカバーがかぶせられてもいるし、ハンドル正面のバスケットは、ちょうどアタッシュケースが収まるサイズなのだ。
荷物が崩れ落ちないように前端は、スプリング跳ね上げ式のストッパーが伸びる。これでボストンバッグを山積みしても崩れ落ちることはない。もっと大きな荷物を積む場合には、ストッパーが倒れるようにも細工されているのだ。
成田国際空港のカートは、骨格がしっかりとしているのも特徴である。何本ものアルミ製パイプが複雑につながっており、剛性感は抜群。一見すると三輪仕様のようなのだが、よくよく注視すると前輪がダブルタイヤという贅沢さ。
そう、このマシン最大の魅力はこの前輪にある。ダブルタイヤであり、微妙にキャンバーがつけられており、直進性を保つ。タイヤがすぐに、直進方向に向きを変えようとするのも特徴です。そしてタイヤには縦に日本のストレートグルーブが刻まれています。ダブルタイヤゆえに耐ハイドロプレーニング性は良好でしょう。それでも満足できず、縦溝が排水性をさらに高めます。ぜひ豪雨の中を全開で駆け抜けてみたいものです。縦溝は、直進性にも貢献するのでしょう。そのあたりは、徹底したテストを繰り返さなければ得られない技術なのです。
左右の張り出したワイドトレッドの後輪は、タイヤをスッポリと覆うフェンダーカバーで守られている。前後のバンパーには、しっかりとしたプラスチックカバーがかぶせられている。プラスチックで覆われたそのアニマルバンパーは、アフリカ象の牙を思わせるほどに勇壮です。これがクルマだったらさしずめ、JNCAP歩行者頭部保護性能レベル5といったランクだろう。
ちなみにそのカバーは、サイレントカバーとも言われるらしい。つまり、安全性だけでなく、静粛性にも貢献しているというのだ。いやいやなんとも、日本的きめ細かい作り込み。トヨタっぽいなぁ、と感じたのはそのあたりなのである。
広告用のアドボードもたっぷりとスペースがもうけられている。なんでも看板に見立ててしまう日本人の商魂の逞しさは、そのあたりにも表れているのだ。
基本的に動力はなく、背中を押されるだけだ。タイヤは360度どちらにも反転可能だから、可動範囲は自由だ。うまく操らないとその場でクルクル…って事態にも陥りそうなのだが、さすがに対策は万全だ。フロントにはキャスター角が与えられており、直進性を高めているのである。ビタッと安定して吸い付くように…とはいかないが、かなりコントロール性は高いのである。
ちなみに、勢いをつけて後端にヒョイッと飛び乗ることがある。それでも直進性はそれほど乱れず、ウイリーすることもない。前後重量配分はFRのそれに近いようなのである。お見事!
ミラノのカートはキャスター角がなかったから、その場でダンスをするようにクルクルと回転してしまったし、昔のカートは、ベアリング不良でタイヤがはずれかかっていた。それを思うと日本製の性能は高いのである。
ただし、そんな素晴らしいカートなのだが、実はなぜか、空港ターミナルの手荷物検査を受ける前でしか使用が許されない。もしくは、手荷物をターンテーブルから引き取った後からしか使用できないのだ。
となれば、アタッシュケースなどの機内持ち込み手荷物に対応したものも準備されており、出国審査を終えてから機内までは、ちょっと小型のカートが用意されている。これがまた、良くできているのである。
こっちはワイドトレッド・ショートホイールベースに四輪型であり、重心が高そうである。だが、横転の不安はない。しっかりと重量バランスが考慮されているのだろう(勝手にそう思ってしまいたくなる…)、上カゴは小さく、下カゴには余裕がある。重いものを低重心に搭載することで、旋回安定性能を確保する腹づもりなのだ。
ただしこれ、なぜだか海外では当然のように許されているエスカレーターでの使用が許されていないから不便極まりない。エスカレーターの手前で山積みの荷物をいちいち降ろさねばならず、首尾よく移動できたとしても、その先に空きカートが待ち構えているとは限らない。
エスカレーターを百歩譲るとしても、エレベーターさえ乗り込み不可だという。上の階のレストランへ向かうのに、またせっせと荷物の積み降ろしをしなければならないのだ。半官半民ゆえのお役所仕事の弊害なのだろう。このあたりも日本的だと思える。
ニュルブルクリンク24時間レースを終えた今、例年がそうであるように「五月病」にかかっています。本来は、新入社員や新入生が新しい環境に慣れずにやる気をなくすことを五月病というそうだが、ぼくの場合、ニュルのあの刺激から解き放されたことが環境の変化を招いているのだ。何をやっても気が入らないのである。
ですので、そろそろ来年のニュルマシンのテスト、はじめませんか?
www.cardome.com/keys/
【編集部より】
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