レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


33Lap 手軽に東欧旅行気分に浸るには…?

「ダチア・ローガン! サンデ~ロ! ポロネ~ゼ!」
 突然なのだが、何かの呪文でもカンツォーネの一節でもない。
 では、これが何を指しているのか分かる人はいますか?
 ならば、これだったらどうでしょ?
「シュコダ・ファビ~ア! ラーダ・ニーヴァ!」
 ますますカンツォーネに喉を振り震わせているようになったが、実はこれ、東欧の自動車の名と車名なのである。
「えっ?東欧に自動車メーカーなんてあったの?」
 そんな正直な声が聞こえてきそうである。
 ところが現実に、東欧にも長い歴史を持つ自動車メーカーが少なくなく、社会主義という閉鎖された社会で独自の進化を遂げてきたのだ。というより、ひっそりと隠れるようにして生きながらえてきたといったほうがいいかも…。

実は東欧は、自動車メーカーの老舗がいっぱい


シュコダ・ファビア 5ドアハッチバックです。というよりワゴンですが、なかなかコンパクトで市街地走行にはぴったりです。ですが…、なんだか違和感を覚えるのは先入観か偏見でしょうか?

ダチアはルーマニアの自動車メーカーである。1996年創業というから歴史は浅い。現在はルノー傘下で生産を続けている。主な顧客は官公庁やルーマニア共産党員だというから、いかにも東側らしい。ロガンはダチアの主力車種で、いわゆるBセグメントカーである。エンジンは1.3リッター前後の非力なヤツ。
 サンデロは、ダチアのもうひとつのハッチバックモデル。ルーマニアで生産されブラジルで販売されているという。ダチアブランドは不人気だから弱いという理由で、ルノーのバッチに貼り替えて販売されているというから、ほとんど表に現れないのも納得する。ルーマニアもブラジルも、日本人が訪れることの少ない異国の地である。そんな遠国で変装させられているんじゃ、そりゃ、見聞きしないわけである。
 シュコダの所在地はチェコ共和国だ。世界ラリー選手権への挑戦で一躍知名度を上げた。長い間社会主義に閉ざされていたのだが、1991年からはフォルクスワーゲンの子会社となり現在に至る。ファビアは主力車であり、現行モデルは2代目だ。昨年は世界で約26万台を売った。ちなみにシュコダは、年間販売台数68万台メーカーというから、ダイハツ工業に迫る販売実績を誇る。
 ウィキペディアによると、会社の起源は1800年後半だというから、110年以上の歴史がある。あれ?自動車の歴史はまだ100年ではなかったの?シュコダが起点?ウッソ~!なのである。
 そしてラーダ。ロシア最大の自動車メーカーであり、WTCC世界ツーリングカー選手権への参戦で話題を振りまいた。ニーヴァはラーダの主力車種であり、韓国のGM大宇と共同で開発を進めている。
 といった具合に、日本ではなかなか馴染みの薄いメーカーなのだが、それなりに立派(?)に生産活動をしているのである。

東欧車の魅力はある?

社会主義圏に組み入れられていた東欧の多くの国では、企業の多くが国有化され、輸出入が厳しく制限されていたという歴史がある。そのため東欧車は、安価な人件費で作られ、安いだけが魅力の国民車としてドメスティックに流通され、育った。だから、マイナーなのである。
「競争のない市場」「安い人件費」「情報の制限」という、資本主義とは背を向けた条件が揃った東欧では、世界地図を眺めてみれば発展するアジアと既に成熟している西欧に挟まれているにもかかわらず、ガラパゴス化が進んでいったのだ。
 ただし、1991年ソビエト連邦崩壊後の解放化の流れをうけて、秘かに生きながらえてきた東欧の自動車メーカーにも、新たな資本が注がれはじめた。ダチアはフランスのルノーと、ラーダは韓国のGM大宇と、そしてシュコダはドイツのVWの資本と技術を受け入れ発展しつつある。事態は風雲急を告げたのである。

いやはやその走りと言ったら…!

とまあ、前置きが長くなったが、海外出張の際、現地での移動の足として借りるレンタカーは、稀少車にすることにしている。最近のお気に入りは「東欧のクルマありますか?」である。せっかく海外に行くのだから、日本でも乗れるベンツやBMWじゃ面白くない。まして日本車なんかでは芸がない。てなわけで、普段はお目にかかることのないクルマと生活しようというワケである。
 はるか遠い異国の文化を探ろうという狙いもあった。クルマはことのほか雄弁に語るのである。
 幸い「市場開放」と「外資参入」が折り重なった東欧車は西欧にも進出しはじめているようで、フランクフルト空港のエイビスやハーツでも、品揃えされていることがある。自動車先進国のドイツにまでやってきておきながら、わざわざ自動車後進国のクルマを借りるあなたは誰?という好奇の視線をチェックインカウンターで浴びながら、ダチアやシュコダで速度無制限のアウトバーンを走らせるのである。それはそれで、なかなか刺激的で心地良い。
 ただし、やはりというか、クルマが酷い。まずそのスタイリングが、人目で東欧だとわかるような不自然さである。ダチアやシュコダは、ルノーやVWの技術支援を受けているはずなのに、全体にどこか歪んだ印象なのだ。「あなたは誰?」的な視線は、走っていても突き刺さる。
 走りもお粗末である。エンジンやシャシーはほとんどOEM供給されたもののはずだから、その気になって造れば品質も完成度も少なくともルノーとVWレベルには達するはずなのだが、乗った瞬間に「ダサッ!」と口をつい出てしまう。

シュコダに感謝したい気持ちになった


エンジンはとにかく非力です。そしてウルサイ。回らない。振動も驚くほどでした。そしてボンネットを開けてみると、汚い…。国民車の片鱗をうかがわせますね。


着座点が高いので、女性にはいいのかも。ウインカーレバーが折れそうなので、非力な女性にはいいのかも…。存在感も薄いので、控えめな女性にはいいのかも…。ただし、目立つことと走ることが好きなレーシングドライバーにはちょっときついものがあります…。

先日借りた「シュコダ・ファビア 5ドアハッチバック」のスペックは以下の通り。

全長:4000mm 全幅:1642mm 全高:1498mm
排気量:1.2リッター 最高出力:70ps 最大トルク:51kW
変速機5速マニュアル

いやはや、1.2リッターエンジンだったということもあって、そうとう走らない!アウトバーンの追い越し車線に足を踏み入れるのはほとんど自殺行為。唸り音は酷いし、最高速である160km/hに到達するころには右足が痺れてしまうほどなのだ。
 ハンドルにもガタがあった。ドアの締まりも悪い。そっと手で押した程度では締まらないから、馬が後ろ足で蹴るようにして尻を押し込まないと半ドアになる。というより前に、なんだかウインカーレバーが折れそうな頼りなさなのである。だから車線変更では、バッタを生きたままつまむように優しく操作しなければならない。
「競争のない市場」「安い人件費」「情報の制限」というのはつまり、「悪くても買う」「嫌々造る」「いいものを知らない」とも訳されるわけで、資本も技術も一流なのに、作り手が変わるとこうもクルマはショボくなるものかと驚き、笑ってしまった。
 いやはや、クルマはその国を表すとは良く言ったもので、ドイツ滞在中の10日間をたった1台のシュコダと過ごしただけで、なんだかチェコを旅行した気分になった。
 なんだかシュコダの酷評コラムになってしまったが、実のところ、帰国してから数ヶ月も経つのに、シュコダの記憶は薄れるばかりか鮮明に蘇ってくるのである。あの10日間に、東欧の文化がぼくの中にひたひたと浸透してしまったらしい。と思うだけで、シュコダに感謝したい気持ちになった。
 ぜひ海外旅行の暁には、日本車が安心だなんて思わずに、日頃お目にかかれないクルマを借りることをお勧めします。ちょっとした世界旅行の気分が味わえると思う。そして小さな思い出が刻まれることでしょう。

キノシタの近況

PHV(プラグイン・ハイブリッド)生活をはじめてから1ヶ月。たしかに近所の往復使用ならば、驚くほどの好燃費を連発します。しかし、遠距離移動が多いキノシタでは、その好燃費性能がいかせません。コンセントから充電した分が空になると、とたんに重いだけのプリウスに変身してしまうからなのである。使い方次第では凄いクルマなんだけどね…。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
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