レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


34Lap シビレタ! エンターテイメントの神髄に!


“DEEN LIVE JOY Special日本武道館2010”エンターテイメントの神髄がギチギチに詰まってました。観客との一体感は、コンサートならではの魅力なのだろう。そしてレースの一体感も魅力的です。コンサートもレースも興行という点では同質なのですね。

先日、DEENの武道館コンサートを見てきた。
 1993年に「このまま君だけを奪い去りたい」でセンセーショナルにデビューしてからの“隠れファン”だ。カラオケの十八番は「このまま君だけを…」だ。今では歌詞を目で追わなくたってサビまで歌える。
 武道館のコンサート鑑賞は、僕にとって人生二度目の経験である。一度は大学生のときの矢沢永吉ライブ。今回は、それ以来の興奮を味わうことになった。
 僕が感動したのは、その優しく健康的に響かせる歌声や会場を笑いに包む軽妙なトークだけではなく、観客を熱狂の渦に落とし込むための緻密な演出が仕掛けられていることだった。開演直前のざわめき。そして身構える観客の興奮をぶち破るように突然照明が落とされ、視線をステージに釘付 けにさせる。その直後、迫力のサウンドを響かせ、スポットライトの輪の中に姿を現す。響く歌声。そして観客は総立ちだ。
 その瞬間だった。デジャブを感じたのは…。

あれっ、これってどこかで…


アメリカ・ノースカロライナ州シャーロットの「ロウズ・モーター・スピードウェイ」

2003年のことだ。僕はアメリカ・ノースカロライナ州シャーロットの「ロウズ・モーター・スピードウェイ」にいた。日本人初のNASCAR ウィンストンカップ ドライバーとしてアメリカ最高峰のレースに挑む福山英朗さんの応援に行ったのだ。
 その日のオーバルサーキットには20万人を超える観客が押し寄せていた。NASCARにとってはその数はそれほど珍しいことではないのだが、初めて体験する20万人の熱気は想像を超えて強く迫り僕を包んだ。というより、固まりとなって押し寄せてくるパワーにつぶされそうになった。
 その熱気の源は“飢餓感”だった。実はその日、早朝にすでにサーキットにやってきており、午後からのオーバルの祭典を待ち焦がれていたのだ。だが、いっこうにマシンは姿を現さない。
 僕たちは焦らされていたのだ。
 敷地内にはイベントコーナーやお土産屋があり、スタート前の時間を飽きさせないように仕組まれているのだが、朝からスタートのその瞬間まで、マシンが発するエンジンサウンドを耳にすることができないのだ。マシンの一切の走行なしに、スタジアムはただただ、捌け口のない濃密な熱気を持て余していたのである。

ただ、その瞬間は訪れた


マシンはローテクだが、700馬力を絞り出す。スーパースピードウェイでは、380km/hで巡航する。そして3ワイド。タイヤ交換は約5秒。5穴の鉄ホイールなのに…。高価な素材を注ぎ込まずとも、興奮は誘えるのですね。

“Gentleman!Start your ENGINE!”
 その言葉に合わせるように、スターティンググリッドに整列したすべてのマシンに火がついた。V型8気筒のアメリカンマッスルが一斉に爆音を轟かせ、サーキットは興奮の坩堝と化した。
 700馬力を誇る40台が一斉にアクセルを全開にした。サーキット全体がグラグラと揺れたように感じた。
 なぜだか、涙が溢れた。留めどなく流れた。論理的な理由などない。ただただ涙が止まらなくなったのだ。
 あえて涙の理由を付け加えるとするならば、“興奮” ということになるのだろうが、焦らされたあげくの一撃にやられたと解釈するのが正しい。
 絶妙な量と質で飢餓感を抱かせておきながらに、いきなりの爆音で驚かさせる。1台だけでも耳を劈くようなサウンドが、40台が一斉に束となってスタジアムを包み込むのである。
全身がバイブレーションにやられたのもうなづける。
 NASCARには観客を楽しませるための仕掛けに溢れている。スポッターとドライバー間のリアルな無線が聞きたいと願えば、スキャナーがレンタルできる。気になるドライバーのゼッケンを入力するだけで、生の声がライブで盗み聞きできる。そもそも、全周を見渡せるのがいい。指定席の前のコーナーだけしか見れない、なんてことはないのである。バトルの一部始終が観戦できるのである。つきもののクラッシュも、まるで定期的に破裂するようにしかけられた時限爆弾が作動するかのように起る。そのたびに、バトル再開のゴングが鳴る。380km/hでの超高速バトルは、観客を虜にしたままゴールまで続くのである。
 目線はすべてお客様にある。観客が興奮するためであれば、ホストはすべてを捧げるという意識が根底にあるのだ。

日本のレースは正しいか?

先日、見てはならない光景を見て愕然とした。スーパーGTで、だ。
 一目で熱狂的なレースファンとわかる男性がパドックを歩いていた。彼らはピットで整備を受ける憧れのマシンに目をやっていた。ピットに踏み込むことは許されないから、あくまで紳士的に、柵の外から遠目にマシンを眺め、そして興奮を抑えきれず、首に提げていた高級な一眼レフのカメラをマシンに向けた。
 その時である。ひとりのチームスタッフがツカツカと彼らに迫ってきて、機密が漏れるのを嫌ったのだろう、あろうことかレンズを遮ったのである。しかも、邪魔だとばかりに手の甲で彼らを払ったのである。野良犬を蹴散らすように…。
 一方で、こんないい話もある。
 NASCARのドライバーズブリーフィングに、あるひとりのドライバーが遅刻した。あわてて駆け込んできたそのドライバーは平身低頭で遅刻を詫びたという。その時、競技長がこう言って遅刻の理由を問うた。
 「なぜ遅刻したんですか?本来なら罰金です」
 ドライバーはこう答えた。
 「すみません。ファンの方のサインをしていたもので…」
 「ほー、大勢のファンにサインをしてきたから遅れたと?」
 「はい、すみません」
 「ところで、全員にサインをすませてきたんですか?」
 「いえ、ブリーフィングの時間が迫ってましたので、途中で切り上げてきました」
 「ほー、そうですか…。だったらすぐにその場に戻って、全員のサインを終えてから、もう一度来てください!」
 あくまで観客が最優先なのである。

虜

DEENのコンサート鑑賞を終え、家路に着く時にもまだ、爽やかなサウンドが耳に響いていた。あの日のように。帰国便の機内まで、NASCARのあの爆音が響いていたように…。
 エンターテイメントの本質は、お客様をいかにして興奮させることにある。興行の成功者達の演出は、スポーツ心理学的にも通じるところがある。これからの日本のモータースポーツにも、そのためのシステムと精神が必要だと心の底から思った。
 ようやく日本のモータースポーツも、貴族的傲慢な意識の罪に気付きはじめている。意識は観客に向かいはじめた。数々のファン感謝イベントや講演会が行われているのがその証拠だろう。だが、そのプロ意識はまだ子葉まで浸透してはいるとはいえない。耳の奥でDEENの歌声とNASCARの爆音を感じながら、あらためてそう思った。

キノシタの近況

10月初旬、ハンガリー24時間レースですぞ。マシンはポルシェGT3。F1サーキットを走られるのは喜び。というより、自身初の東ヨーロッパ遠征にちょっと興奮気味。観光するほどスケジュールに余裕はなさそうだけど、せめてコラムネタぐらいは拾ってこないとね。また報告しますね。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
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