レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


35Lap 気分は満艦飾のタクシードライバー!

フェラーリか?ランボか?

Tipo (ティーポ)編集部から妙な試乗依頼を受けたのは先月のことだった。
「キノシタさんにぴったりのクルマに乗っていただこうかと思っています」
 編集担当は、電話の向こうでやや曖昧にそう言った。
「ぴったりのクルマ?」
「そう、ほとんどオープンモデルです」
「おっ、オープンカーは大好物だぞ」
「そりゃ良かったですね。ほとんど、オープンですから…」
「ほとんど、って?」
「オープンモデルだと考えていただいても、間違いじゃないと思いますよ」
「ますます気になるぞ」
「ご安心ください。感覚的にはオープンですから…」
「・・・・?」
 はっきり言わぬあたりにうさん臭さが漂った。意味深なニュアンスの残る言い回しが気になったが、ともかく楽しそうな取材になりそうな気配だけはしたので、試乗依頼を快諾することにした。
「で、そのクルマとはなんぞや?」
「取材当日、現車を見てのお楽しみということで…」
 試乗依頼をよこしながら試乗対象車を明かさないなどとは、これまでほとんど経験したことがないが、ともあれ気持ちは前のめりになった。“乗れるものは乗る”それが僕のポリシーなのだから。
「で、もう一度聞こう。そのクルマとは?」
「ですから、当日になってからのお楽しみです」
「焦らすねぇ!」
「ではヒントを差し上げましょう。それはミッドシップです」
「さてはフェラーリ級のスーパーカーだな?」
 キノシタの脳裏は興奮を抑えきれずに、記憶の扉を開けたり閉めたりしながら、条件と合致するモデルを検索した。そこで候補に上がったのはやはり世界に名だたるスーパーカー達である。その代表格であるフェラーリF430スパイターやランボルギーニLP640ロードスターといったスーパースポーツカーを思い浮かべ、欧州車にこだわって記事展開するTipoの、巻頭カラーをキノシタの原稿が踊る様子を想像した。そして思わずニヤけた。
「乗車定員は3人ぐらいですね」
「ぐらい?」
「その気になれば、何人でも…」
「その気になれば?」
「そうです、気合いさえ入れれば、何人でも乗ることができます。実際に、そうやって使われています」
「それに乗るのに、気合いを入れなければならないのか…」
「お気になさらないでください!しかも、運転席は中央です」
「中央にドライバー用のシートがある?」
「そして助手席は背後にあります」
「・・・・?」
 僕の記憶は間髪入れずに答えを導き出していた。そう、マクラーレンF1に違いないと確信したのだ。
 あれはたしか3人乗りだったはずだ。ドライバーズシートが中央にあり、左右に小さなパッセンジャーシートが括りつれられていた。レースを有利に戦うために、ドライバーという重量物をも中央に寄せた希少なモデルである。ミッドシップでもある。もちろん後輪駆動だ。
「では、当日にお逢いしましょう…フフフッ」

まさかこいつに乗せられるとは…


トゥクトゥクで客待ち?気取って撮影してみたけれど、カメラの裏は黒山の人だかりです。「似合ってるねぇ…」とは褒め言葉なのか?

 かくして僕は、“トゥクトゥク”で往来激しい昼間の都内をドライブさせられたのである。
 トゥクトゥクは、タイの街を闊歩する三輪自動車である。使われ方は、ほとんどタクシーであり、クルマと人と自転車で混雑する市街地を、強引に縫って走る。
 歴史を辿ると、ダイハツのミゼットにいきつく。昭和の高度成長期に安価な国民車として人気を博した三輪トラックがはるばる海を渡りタイに流れ着いた。そこで独自の進化を遂げたという。ルーツは日本の高度成長期にある。
 登録は三輪バイクである。だからヘルメットを被る義務もないし、シートベルトもない。周囲を囲むのは、薄い1枚のフロントガラスとか細いパイプだけだ。驚くほどの開放感なのである。
 ちなみにトゥクトゥクの名前の由来は、そのエンジンサウンドにある。もともとは2サイクルが主流だった。その“トゥクトゥクトゥクトゥク”と可愛く響くサウンドからそう命名されたという。
 タイの旅行経験がある人なら承知のとおり、満艦飾の出で立ちのトゥクトゥクが、猛スピードで飛ばしている姿を見たことがあるはず。その走り方は常軌を逸している。ほとんど接触すれすれで、いや、時より接触しながら走る。走るというより、ぶつけながら飛ばすといった方が適切だろう。もはやタイの交通渋滞は名物でもあり、そのラッシュを駆け抜けるトゥクトゥクの存在感は抜群。「ブッダ様」や「トムヤムクン」よりも知名度があると思えるほどだ。
 数時間に及ぶ試乗中で、もっとも印象的だったのはその注目度である。
 信号待ちでもしようものなら、視線の集中砲火を帯びることになる。あんぐり口をあけて眺める人、携帯で撮影をしはじめる人、笑いながら指差す人…。質問攻めも珍しくなく、ある意味ではフェラーリやランボルギーニよりも目立つ。
 ただし驚きなのは、そういった好奇の視線に優しさが込められていることだ。眺める人々の目は微笑みに溢れており、視線には暖かい愛情が込められていることを実感するのだ。フェラーリが浴びる羨望と嫉妬の視線とは、ちょっと違うのである。

とても攻め込む気には…


ハンドルはブーメラン型のバータイプ。シフトレバーは股ぐらの間からニョッキリと…。この頼りなさと開放感がヤミツキ?

構造はきわめて原始的である。リアカーのような荷台があり、フロントはバイクのように一輪だ。ハンドルはバイク形状のバーハンドルであり、660ccの非力なエンジンはドライバーの股ぐらの下。アクセルはバイクと同様で、バーハンドルを握る右手を捻る。ブレーキは右足のペダルにある。とすると、こいつはバイクなのかと判断したくなるのだが、変速ギアは、エンジンを跨ぐ股間の間になんともいやらしくニョッキリとはえているレバーを操作するようになっているし、しかもそいつはHパターン。クラッチは左足のペダルを踏み込むわけで、クルマでもあるのだ。
 奇妙なのはその骨格でもルックスだけでもない。運転感覚こそが奇妙なのだ。そもそもバイクとクルマの混血だから、操作そのものが違和感満点だ。右手で加速して、右足で減速する。左足でクラッチを踏み込み、左手でシフトチェンジをする。よくよく考えてみると、右半身はバイク操作であり左半身がクルマ感覚である。だというのに股ぐらでエンジンが唸りを上げている。右脳と左脳はあきらかに混乱をまねくのだ。


前輪はステアリングと1対1で連結されているのです。超クイック!


実は以前自動車専門誌のカートップで、トゥクトゥクタイムアタックさせられました!タイムはたしか…、GT-Rの三倍くらいだったと思います?

ハンドルはきわめてクイックだ。ステアリングギア比は、いわば1対1である。
バーハンドルを切った分だけ前輪が向きを変えるのだ。通常クルマのステアリングギア比は18対1あたり。よほどクイックなスポーツカーだって12対1程度。おそらくF1だってこれほどクイックではないだろうという、シビアな反応なのだ。グイッと切れ込んだだけで、その場でUターンが可能なほどの切れ角である。両手がほんのわずか震えるだけで、トゥクトゥクは進路を乱すのである。
 というわけで、編集担当と東京都内の三軒茶屋から三田を目指し、碑文谷三丁目までのドライブをしたのだが(そう、編集部は、三輪自動車で『三』のつく街を走り回るという奇妙な企画を企てた)、しばらく走っても慣れることはなかった。ものの30分ほどですでに、翌日の筋肉痛が想像できた。緊張で全身に力が入っているのだ。
 ダイハツ製の直列3気筒エンジンはきわめて非力だが、変速ギアをこまめに上げていけば、100km/hあたりは出せそうな気配。恐怖感が先行して、なかなか速度を上げられずに、最高速度は確認できなかった。ちなみにこれ、高速道路も走れる!
 日頃、20km/hは止まるような速度だと思っていたけれど、実は20km/hって、相当に高いスピードである。速度というのは相対的に決まるものらしい。レクサスLFAの300km/hより、トゥクトゥクの20km/hのほうがあきらかに速く感じた。ちなみに、トゥクトゥクのブレーキはドラム式であり、リアのみに装備している。これがなんとも頼りなく、おそらくこれもレクサスLFAの300km/hからの制動より、停止距離は長いだろうと思えたほどなのだ。
 実はこれ、立派に日本に輸入されている。車両本体価格は約130万円。区分はバイクだから、車庫証明は不要だし、税金関係も安価である。
 しかも、素のまま乗る人は少ないようで、豊富にオプションが設定されている。ロールバーからオーバーフェンダーからフロントディクスブレーキから12インチホイールから…。さらにはマフラーやリクライニングシートや…。というより、ちょっと器用な人なら自作のパーツ武装するのも面白いかもしれない。モディファイする楽しみも広がるのである。
 実際にトゥクトゥクユーザーは増殖中だという。オーナーズクラブらしき組織もあるようで、人気急上昇中なのである。
 というわけで筋肉痛に襲われての試乗を終えた感想は…。
「これ、マジ、アリ」
 そう思った。
 ひょいっと乗り込んでトゥクトゥク走らせるその気軽さは、『アリだせ!』と感じたのだ。感覚的にはミニモークのよう。雨・風・太陽、すべてを受けとめながら、飄々として走ることの気軽さが、トゥクトゥクの最大の魅力なのだ。1台くらい自家用車として所有するのも、アリなのである。
 視線の集中砲火さえ気にしなければ…、という条件付きだけどね。

キノシタの近況

事務所が入っているテナントビルの1階に、カラオケバーがある。ガラス越しに中を覗くと、目も眩まんばかりに、綺羅びやかなシャンデリアとベルベットのソファーが目に飛び込んでくる。お客さんの大半は年配の方で、まさにリタイヤされた方が豊かな年金で老後を謳歌しているようなのだ。ママのロングドレスも眩い。そして驚きなのは営業時間が午前9時からだということ。僕が出勤する時にはすでに、石原裕次郎と青江三奈の懐メロが響いているのだ。チークダンスをしている人達もチラホラ…。年取ると目覚めが早いとはいうけれど、朝からチークダンスとは、なんとも高齢者もパワフルである。
 こんど行ってみよっと?
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
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