僕がクルマスキをはっきりと自覚したのは、小学生低学年の頃だったのだと思う。地団駄踏んで両親を困らせても、クルマに揺られるとピタリと泣き止んだものだと聞かされたし、オモチャ屋さんの前を通りかかればミニカーを買ってくれるまでテコでも動かなかったという。三つ子の魂はいっこうに衰えることなく、というよりむしろ、エスカレートするばかりで、成れの果てがこのざまなのだが、クルマスキとしての進路を決定づけたのは、自転車に乗れるようになった時、つまり小学校低学年であったことに疑いはない。
生まれ育った東京の実家は、甲州街道や青梅街道に挟まれたエリアにあった。つまり、自動車ディーラーが乱立する街道がすぐそばにあった。そんな環境がクルマスキを偏執狂(へんしゅうきょう)に育てた。
といっても自動車雑誌を買うわけでもない。もともとも文字が読めない。となるとビジュアルに走るしかないわけで、小学生レベルの財力で得られる情報源は、自動車ディーラーでちょうだいできるカタログということになる。12インチのペダルをこいでは街道をひた走り、のべつ幕なしにディーラーに飛び込んでは、カタログを集めて廻ったのだ。それが、輪郭のはっきりする、クルマスキとしての最古の記憶なのだ。
今思えば、ようやく補助輪がとれたばかりの購買力のない自転車少年に、けして安くはないカタログを気前よく配ってくれたものだと感心する。それでも気が弱いから、
「お父さんがもらってこいって言ったから…」
なんて小声で言い訳した記憶がある。
「お父さん、クルマ買うってさ」
とブツブツ唱えながらのディーラー巡り。荷台には数十冊ものカタログが、いまにも崩れ落ちんばかりに積み上げていたから、どう見ても父親の使いには思えない。たんなるカタログ集めの少年でしかないのだが、それでも嫌な顔ひとつせずに、ノベルティの風船までつけてくれたりして、気を良くしたものだ。
そんだから、カタログはバイブルだった。
舐めるように顔を近づけたカタログを右から左にスライドさせる。そこに“クゥォーン”なんて擬音をかぶせれば、立派にパーチャルドライブが堪能できた。コンピューター社会が来るなんて夢にも思わなかった時代だったけれど、少年の知恵と発想は豊かで微笑ましい。
どんな高名な作家の絵画集よりも、どんな美女の写真集よりも興奮した。
アグネス・ラムのポスターの次に、セリカのカタログに興奮したものだ。
そんだから、いまでもカタログはバイブルである。
パンフレットもリーフリットも商品を紹介説明する印刷物には違いないが、より写真集的なニュアンスのこもる“カタログ”は、あきらかに格が上だ。
いまでも、狭い事務所の書棚のほとんどをカタログが占領し、収まりきれずに溢れたそれは、段ボールに詰め込まれていまでは実家の物置にしまってある。『なんでも鑑定団』を観ては、中島誠之助先生だったらこの年代物のカタログにどれだけ値付けしてくれるのだろうかと気を揉んだりしているのだ。
故・桜井眞一郎さんのサイン入り日産スカイラインのカタログは宝のひとつだ。
伊藤修令さんのサイン入り日産スカイラインGT-Rのカタログも僕の宝物なのである。
棚橋晴彦さんのサイン入りレクサスLFAのカタログも、宝物になりつつある。
豊田章男さんのサインも、いっちょもらっとくか、という気分なのだ。
この業界にいて役得はふたつ。ひとつは自動車メーカーの広報部から、資料としてカタログが送られてくること。
そしてもうひとつは、開発責任者の直筆サインが手に入りやすいこと、である。それが、僕がいまだに業界にしがみついている理由だといってもけして過言ではない。
そんなキノシタの、いまお気に入りの新作が
『スカイライン』カタログである。カタログはそのクルマのヒエラルキーに影響するようで、より高価なクルマほど、カタログも高級になる。それが傾向だ。レクサスのカタログはあきらかにトヨタ車のカタログより上質な紙を使っているし、分厚く装丁も丁寧だ。その意味でいえばスカイラインのカタログは、“並”の金のかけかたなのだが、内容が心に響く。
『日本には、スカイラインという美しい道がある。(中略)日本の誇る、あの場所へ。走り出せば、その道― スカイラインはきっと、世界のどこにもない景色をみせてくれる。』
そんなキャッチから始まり、次々と、全国に点在する美しい『スカイライン』と名のつく有料道路が紹介されているのだ。
ページをめくると、ページ一面に大きな写真が迫ってくる。それは“スカイライン”有料道路を走る“スカイライン”である。
そしてその片隅には、数あるコーナーが忠実に再現された地図が描かれているのだ。
『高知県・龍河洞スカイライン』
『和歌山県・高野龍神スカイライン』
『三重県・伊勢志摩スカイライン』
『鹿児島県・指宿スカイライン』
『徳島県・鳴門スカイライン』
『青森県・津軽岩木スカイライン』
『静岡県・西伊豆スカイライン』
それぞれの特徴を表す、粋な説明文が添えられている。
全国にはもっと沢山の『スカイライン』があるのだが、その一部を抜粋しているのだ。
スカイライン(skyline)を辞書でひも解くと、
(1) 山や高層建築物などの空を背景にしたシルエット
(2) 地平線となる。
スカイライン(skyline)をウィキペディアで引くと、
(1) 高所に伸びる景観の優れた観光・遊覧用道路の一部として採用され、
そのような道路のその愛称として用いられるとある。
いやはや、スカイラインを車名にしたそのセンスの勝利である。
そしてそれを伝統として大切に育てるという意識が透けて見えるのだ。おそらくどこかのスカイラインオーナーが、全国の『スカイライン道』走破を画策していても不思議ではない。
GAZOOでは、『ガズームラ』を展開している。全国の感動的体験ができる観光地を紹介している。それによって、ドライブすることに喜びが広がればいいという思いが込められている。
『ミシュランガイド』もそのひとつ。主催はタイヤメーカーのミシュラン(フランス)。各地のレストランを格付けして紹介することで、クルマを使って外食してもらおうという狙いが根底にある。
この『スカイライン』のカタログも、そんな意味合いが裏メッセージとして隠されているのかもしれないのだが、そんなことよりもっとも素直に、カッコイイと感動できる。
カタログは、けして無機質な印刷物ではない。販売促進のための説明書にとどまらない。もっと夢とロマンが込められているのだ。時には、いたいけな少年を、クルマスキのオヤジに育て上げるほどの力が備わっているのだ。
「たかがカタログ、されどカタログ」
カタログを大切にする自動車メーカーには、熱いソウルを感じるのだ。
東京オートサロンでGAZOOブースに入らしてくださった方々、本当にありがとう。 2月11日からは大阪オートメッセに出演します。またまたGAZOOで趣向を凝らしていますよ。その次は名古屋オートトレンド。会場で、気軽に声をかけてください!お逢いできるのを楽しみにしています。
www.cardome.com/keys/
【編集部より】
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