やっぱりどうしても、みんなに紹介しておきたい。そう思って筆をとった。『コルベットZR1』のことである。
コルベットZR1の恐ろしさをはじめて体験したのは数年前のアメリカでのことだった。国際試乗会のために渡米しており、デトロイト近郊のテストコースでその獰猛な走り味に、一撃かまされたのである。
どんなに凄いって?
そりゃもう、狂気の沙汰としか言いようがない。だってまずスペックがヤバい。搭載されるLS9ユニットは6.2リッターという大排気量である。それだけで十分に速いはず。なのに、さらにご丁寧なことにスーパーチャージャーを二基掛けしているのだ。
おのずとパワーが桁外れ。最高出力は647ps!に到達。最大トルクは83.5kgmというのだから、「宇宙にでも飛び出す気か?」とツッコミを入れたくなる。
それでいてウエイトが軽い。車両重量はわずか1530kg。アルミモノコックに、カーボンパネルをペタペタと貼付けたボディは超軽量。パワーウエイトレシオはなんと2.36kg/psなのだ。さらにはトランスアクスル方式を採用。前後重量配分はほとんど50:50。タイヤサイズはフロント285/30ZR19とリア335/25ZR20である。このバケモノ。ニュルブルクリンクを7分26秒で走るという。
まあ、精神状態が安定していないと、パワーのすべてを叩きつける気にはなれない。6速マニュアルのミッションを1速にエンゲージして、恐る恐るクラッチをミートする。その段階では紳士的なのだが、ひとたびスロットルを床踏みすれば、後輪はいとも簡単に空転する。そのまま緩めずにいれば、未来永劫、タイヤがすり減ってバーストするまで白煙をモウモウと巻き上げつづけるに違いない。ほとんどドラッグレーサーなのである。
どんなプロドライバーだって、まずは最初の一撃でスロットルを踏む右足が緩む。
実は試乗合間に、カメラマンのリクエストに応えて、バーンナウトにトライした。フルパワーでクラッチミート、リアタイヤが激しく空転をはじめたその瞬間を見計らって、左足でブレーキコントロール。マシンはその場に留まったまま、ただ白煙を巻き散らすという芸当だ。
たしかに操作は決まった。リアタイヤも空転をした。だが、それもつかのま、わずか1秒ほどでエンジンがストール。エンストしかかったのだ。
「キノシタさん、途中でやめないでください!」
「いや、エンジンが勝手にストールしたんだ」
「もっと長い間、タイヤを空転させ続けてくださいよ」
「いや、そのつもりだったんだけど…」
不審に思ってスイッチ類をチェックしたら、トラクションコントロール機能を解除していないことに気がついたのだ。
「えっ?」
「はぁ?」
「たしか、1秒ほどは空転したよねぇ」
「ええ、たしかに…」
なんとこいつ、トラクションコントロール制御でもすぐに抑えきれぬほどのパワーを炸裂したのである。“トラコン殺し”てなことをGMの開発チーフであるジム・ウォレスに報告すると、ニタニタっと笑っただけだった。
「あんた、正気か?」
そう感じた瞬間である。
実はこの開発者、ちょっと狂っているのである(笑)。
GMがニュルブルクリンクでのタイムアタックを開始しはじめたのは、このコルベットZR1の実力を世に知らしめることだった。そこで記録したのが“7分26秒”という記録だ。
ところが、その頃には日産GT-Rも同様の記録を残しており、そのことに関してジムに質問したときの会話がこれ。
「ジム、日本のGT-Rに関してはどう感じている?」
「GT-R? ああ、あの戦車みたいなクルマのことか?」
「あのマシンも7分20秒台で走るんだよ」
「そうらしいね。タカはどう思うんだ?」
「とてつもなく速いと思うけれど…」
「本当にそう思うか?」
「実際にニュルブルクリンクでタイムアタックをしたからね」
「あれは、ウソだと思う。速さはウエイトとパワーとグリップで決まるんだよ。あんなに重たくて、あの程度のパワーで、あんなに細いタイヤで、あのタイムで走れるとは思えないんだ」
「実際に、ジムが乗ってどう感じた?」
「乗ってない!」
「乗ってないの?」
「買ってもない!」
「会社で購入して、分析もしてないの?」
「興味もないからね…」
まったく意に介さず、である。アメリカンスーパースポーツの雄であるコルベットZR1の全責任を負う自負と自慢が、その不敵な表情のどこかに見え隠れしていた。
もともとC6型と呼ばれる現行型のコルベットは、標準車の状態で436psを発揮する。搭載するエンジンはV型8気筒であり、6.2リッターの排気量を持つ。だがそれだけでは満足せず、さらに高性能のZ06をラインナップに加えている。それはなんと7リッターの排気量によって、511psを炸裂するのだ。それでもう、コルベット最強伝説は揺るぎない、はずである。だがしかし、それでも飽きたらずに647psのZR1をリリースするというのだから、その負けず嫌いはただものではない。
それを証明するのが、このボンネットにある。なんとZR1のボンネットの一部はポリカーボネート製のスケルトンになっている。閉じていてさえもその最強ユニットを覗き見ることができるのだ。
「ジム、なんなんだ、このスケルトン!」
「軽量化のためにポリカーボネートにしたんだ」
「そもそもボンネットは軽量素材だろ。なのに?」
「1gでも軽くしたいからね」
「それは本心?」
「YES!」
「ほんとう?」
「NO!エンジンを見せたかっただけ!」
ほとんどパワーバルジ感覚である。それがアメリカのスタイルだと言ってしまえばそれまでだけれど、およそクルマスキの感覚は超越しているのだ。
個性的なマシンは開発者の魂を映す鏡である。それが僕の持論だ。たしかに魅力的なモデルの影にはかならず、尖った性格の開発者の存在がある。その意味では、超獰猛なコルベットZR1に、ジムのような攻撃的性格の開発者がいても不思議ではないのだが、それにしても…である。
別れ際にジムが着ていたユニフォームの、その背中に書かれている文字を見て僕は唖然とした。
そこにはこう書かれていたのだ。
『LIFE BEGINS AT 200MPH』
意訳すればこういうこと。
『我々の世界は200mph(320km/h)から始まる』
ほとんど、嬉しいほどに狂気である。
レース戦略の決定権と責任は“監督”に委ねられんですね。GAZOO Racingの、今年のニュルブルクリンク24時間でいえば、“飯田章監督”がすべてを決定するんです。昨年でいえば“成瀬弘監督”でした。
まずはチームの組み合わせを決定。これも監督の采配。たとえば、今回のように2台体制の場合には、6名のドライバーをどう組み合わせるかに頭を悩ませます。性格やドライビングスタイル、あるいは経験値などを考慮して決定するんですよ。
予選アタックやスタートドライバーも監督が決定します。体調はどのドライバーも万全だという前提ですし、雨は苦手だとか、夜は不得手だなんていうドライバーはそもそも雇われていません。ドライビングの個性や状態を見極めて役割分担するんです。
ただし、ニュルブルクリンク24時間レースの場合、スケジュールがタイトなんです。
たとえば予選時間はとても短い。短時間にすべてのドライバーが基準周回数を満たさなければならない。だからスーパーGTのように、誰をアタッカーに据えるなどという時間的余裕がない。スケジュールに追われた流れの中で、タイミングが合致したドライバーが挑むという図式になるんです。
決勝に関してはやはり、安定感のあるドライバーがスタートに指名されることが多いようですよ。混戦を潜り抜ける“危険回避能力”が備わっていることも重要ですし、ライバルのペースに惑わされず、チームの基準となるペースを組み立てる能力が期待されます。経験豊かなベテランがスタートドライバーに指名されることが多いのは、それが理由かもしれませんね。
質問をくれたRF4Cさん、わかりましたか?
ドライバーの個性を考えながら、すべては“監督”が決定するんですよ!
ニュルブルクリンク4時間参戦からイタリア・ナルドテストを消化。我々GAZOO Racingのニュルプロジェクトも粛々と進行しつつある。GWあけにはまたニュルブルクリンク4時間参戦が予定されている。休む間もなしのテスト漬けである。そう、こうして熟成が進んでいくのである。
写真はベストモータリングのロケ風景。レクサスLFAで世界初の富士スピードウェイアタックです。
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【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。