「責任は持てまへんけど、それでもよろしかったらどうぞ!」。そう言われたとしても、「では自由にやらせていただきますわ」とはいかないものである。
ただしドイツは、驚くほどの“自己責任社会”。「自分のことは自分の責任で…」という意識が根底にあるから、楽しみの世界は大きく広がる。たとえば、こんなことも許されるのだ…。
ドイツ・ニュルブルクリンクは、難攻不落なコースとして名高く、通称“カーブレイクコース”と呼ばれている。クルマに過剰なストレスを課すばかりか、ドライバーに高度なスキルを要求する。賢明なGAZOOファンの方なら先刻ご承知のとおり、超ハイスピードコースであり、6速全開のジャンピングスポットがある、平たい言葉で言えば、“そうとうにヤバい”コースなのだ。
だが、そんなコースを、誰でも自由に気軽に走ることができる。「パブリック・トラフィック」と呼ばれている時間帯がそれ。いわば「一般向けスポーツ走行時間」とも言えるもので、我々プロのドライバーがニュルブルクリンク24時間耐久レースを戦うその場所を、つまり、あの1周20.8kmのノルドシュライフェを、そのまま開放しているのだ。
それはまるで、遊園地の園内でジェットコースターがそっと手招きしているかのような、そんな軽いいざないである。
そう、ジェットコースターのように…。いや、それ以上におおらかだ。遊園地の小さなジェットコースターでさえ「身長制限」や「年齢制限」がある。背が低ければ大人でもダメで、長身であっても子どもだとダメ、つまりは二重にお役所的な予防線を張っている。首尾よく資格を満たしたとしても、「やれ荷物は膝の上に」だとか「デジカメ撮影禁止」だとかの指示を受ける。だが“パブリック・トラフィック”には何の制約もない。ただ、走りたいという意志に対して柔軟に、門戸をだだっ広く開くのである。
遊園地のジェットコースターでは不釣り合いだというのなら、浅草・花やしきの“メリーゴーラウンド”に乗るようなライト感覚なのだ。
走行に関する手続きはこんな流れだ。
1.チケットを購入する。
2.走る。
ただ、それだけである。
予約の必要もない。演芸場の券売所のような小さな窓口で料金を払えば、パーキングチケットに似た、名刺大のカードが渡される。そのカードを手に、コース入り口のゲートの箱に向かえば、それだけで“ノルドシュライフェの人”になれるのだ。
免許証確認もなければ、車両のチェックもない。ロールケージで武装した最新のポルシェGT3RSであっても、余命幾ばくもない30年前のミニクーパーであってもかまわない。オープンカーであってもいいし、ミニバンでもいい。オートバイでもいい。2人乗りでもいい。ノーへルの若者4名を載せたBMW325iカブリオレの脇を、2ケツのドゥカッティがかすめるのだ。それをランボルギーニ・ガヤルドが追う。3台は接近したまま、観光バスのイン側に飛び込むのである。グランツーリスモでもあり得ない環境だ。
これが嘘でも妄想でもない。バーチャルを超えた現実だというから恐れ入る。いっそのこと、夢だったほうが、まだリアリティがある。
禁止事項は、たったひとつ。
許可のないレンタカーでの走行はとがめられる。といってもこれは、安価に借りたクルマでニュルブルクリンクを走行されてクルマがズタボロにされることを苦慮した、レンタカー会社の苦肉の策である。
といっても、サーキット側の制限ではない。実際に、一般で借りたレンタカーで走っている人はたくさんいる。ここでも自己責任は完結しているのだ。
ともあれ、日本からの観光客はどうしたらいいか?
愛車ではちょっとねぇ?という常識人のために、ニュルブルクリンク走行可能なレンタカー会社まであるというのだから、モータースポーツ社会ここに極まれり、である。BMW・M3やらフォード・シエラなどを借り受けることも可能なのだ。はるばる日本から訪れても、困ることはない。ニュルブルク城を観光目的で訪れたついでに「一周だけ走っていこうか?」なんてこともできるのである。
さらに紹介すると、“サーキットタクシー”なるカリキュラムも準備されている。プロのドライバーによる助手席で、限界走行が味わえるのだ。
しかも、である。そのためのマシンが刺激的。ニュルブルクリンク24時間耐久レース総合優勝マシンである『ザクスピード・バイパーGTSR』の体験ができるというのだから、サーキットというより、富士急ハイランドの“ドドンパ”に思想が近い。そっちは安全が保障されているけれど、こっちはやや危ういわけで、ドドンパ以上の異次元体験ができるというわけだ。ここまでいくと、ほとんど遊園地である。
走行料金を列記する。
1周 | €22 (2,574円) |
4周 | €75 (8,775円) |
8周 | €145 (16,965円) |
15周 | €250 (29,250円) |
25周 | €396 (46,332円) |
年間 | €1,075 (125,775円) |
実はこれ、契約の交渉材料によく利用させていただいている。チームオーナーを助手席に縛りつけ、全開アタックに挑むのである。
古くは、キノシタがファルケン・モータースポーツでニュルブルクリンク初参戦した時のことである。かの地がどれほど危険かを知らぬマネージャーが、思いのほか低い契約金額を提示した。それに憤慨した僕は、こう言って交渉に当たった。
「では一度、助手席に乗ってみてください。そこで、ドライバーがどんな過酷な仕事に挑んでいるのかを確認してください。それから再交渉しましょう」
もちろん契約金が増額されたことは言うまでもない。
先月のことだ。日頃からキノシタの実力を過小評価しているように感じてならないトムスの大岩社長に対してこの技を仕組んだ。VLN(ニュルブルクリンク耐久選手権)参戦翌日のパブリック・トラフィックの時間を使い、助手席に大岩社長を荒縄で縛りつけ、目の玉を三角にしてアタックしてやったのだ。さすがに彼も元レーサーである。そして経営者である。突きつけた増額要請をすぐに呑むことはなかったが、来年の契約は優位に進められるのだろうと確信している。
話を戻すと、ドイツは“徹底した自己責任”の国である。それはモータースポーツも例外ではない。サーキットを走ることは特別なことではなく、たとえば近所の公園でサッカーボールを蹴るような手軽さで、生活に寄り添っているのだ。サーキットは“特殊な場所”という感覚がぬぐい去れない日本にいると、とても羨ましく思う。
帰還が保証されない狩りによって家族を守ってきた狩猟民族と、囲われた安全によって平安を得てきた農耕民族の違いなのだと理由づけすることは簡単だ。リスクの背負い方が異なるのだと…。
日本には古来から“蒔かぬ種は生えぬ”という立派なことわざがあるというのに、“虎穴に入らないから虎児を得られない”のである。というより、虎穴そのものにフタをしてしまう。もともとモータースポーツは、スリルと快感がパラレルに寄り添うものだ。このくらいがちょうどいいと、ニュルかぶれの僕はそう思う。
うむ~、悩ましい問題だね。
MTのドライビングは、たしかに楽しい。自分の手足でマシンを操っているという充実感があるからね。ただし、ATの進歩は目覚ましい。効率的にはMTを凌ぐモデルも登場している。しかも乗りやすいというわけだから、彼女が『ATにして!』と願う気持ちもよくわかる。
ただし、ATでも楽しめるクルマは存在するから落胆することはない。
たとえば「レクサスIS F」。このATの完成度は世界一だ。スーパーカーではポピュラーになった「2ペダルMT」と出来映えは遜色ない。電光石火の変速やブリッピングの妙。吸気サウンドが刺激的だから、むやみにシフトのアップ&ダウンをしたくなるほどだよ。
日産スカイラインやフェアレディZのATも刺激的である。スポーツ走行時には高回転域をキープするし、やはりブリッピングも勇ましい。MT級のドライビングプレジャーが味わえると思うよ。
一生MT!さん…ATでも楽しめるクルマは少なくないのだよ!
このコラムがアップされる頃は、ちょうどニュルブルクリンク24時間レースがフィナーレを迎えた直後だと思う。ということは、みんなは、PCの前で、現地実況を応援してくれて、共に感動を分かち合った直後のはずだ。予選は?決勝は?キノシタは頑張っていた?成瀬弘さんは天から見守ってくれている。かならずや、神は微笑むと思う。
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【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。