“5月5日”は、世間でいうところの国民の祝日であり、空青く鯉のぼりはためく“こどもの日”である。だからめでたい。
実はその日は、木下隆之の生誕の日でもある。僕にとっては大変都合のいいことに、愛用のスケジュール帳に、あらたまって星印やハートマークを記す必要もない。すでに印刷会社がその日を赤印でデザインしてくれているからだ。それほどの国民の記念日と僕の出生と重なったのである。
といっても、ひとりの“人畜有害”な男が生を受けたということは、少なくとも僕の周辺の人々にとっては悲劇の日でもあろう。都合良く喜んでいるのはキノシタ本人だけのよう。かまうこっちゃないと開き直っているのだが…。
そんな楽観的な性格のキノシタにも、5月5日が迫るとひとつだけ憂うつな思いにかられる。それは毎年ではなく、ほぼ3年に一度訪れる。運転免許証が期限切れになる日だからなのだ。
免許証更新の猶予は誕生日の前後1ヶ月ある。だが、もともと楽しい場所でもない運転免許試験場に、期限が来てもいないのにノコノコといくのもしゃくに触るし、かといって猶予期限を過ぎると、面倒な公的手続きが待っている。だから更新日の狙いはピンポイントで誕生日となる。だが前述の祝日に門を開けるなど公的機関がするわけもなく、その翌日あたりが“更新日”となるわけだ。「めでたいのに憂うつ」な理由はそれである。
で、なぜ憂うつかといえば、それは多くの方々が感じておられるように、運転免許試験場の職員たちの対応が決して心地良いものではないからだ。
建物は冷たいねずみ色であり、なにかが化けて出そうな殺伐とした空気に包まれている。刑務所には入ったこともないし、これからもできればお世話にならずにすむことを願っているのだが、おそらく塀の向こうはこんな雰囲気なのだろうと想像する。あきらかに天下りかと思える試験官が、刑務官よろしく家畜でもあしらうように指示をするからなおさらだ。
こっちもこっちで、運転免許試験官と交通取締警官を同等に見なす習性があるから、どこか後ろめたい。僕の経験からいうと、「自動販売機に忘れて残っていたコインは拾いづらい」「マイレージで乗った飛行機では酒のおかわりはしづらい」「美女と回るゴルフはスコアがいい」「トラブル抱えたマシンには容赦ない」などと同様に「免停でもないのに運転免許試験場は緊張する」のである。
ただし、楽しみなこともひとつあった。
『運転安全自己診断』という、いわばドライバーとしての適性の有無を確認するためのテストを心待ちにしているのだ。
実は3年前には適性診断を受けさせられた。その時の印象が強く、今回も僕の「3年間の成長の証し」として楽しみにしていたというわけだ。
金曜日の午前中ということもあって、試験教室はまばらだった。
指定された10時40分ぴったりに講義は開始された。秒単位の正確さは、運転免許試験場でしか経験できない。試験官の、笑みをたたえながらも目は笑っていない様子は、刑務官のそれと似ている。たぶん…。
まず配布されたのは、『交通の教則』と『人にやさしい安全運転』である。そう、「事業仕分け」で蓮舫議員のターゲットにされた悪名高き書物を前にして色めき立った。
背表紙を確認すると、発行元は警察庁所管の「財団法人・全日本交通安全協会」とある。「交通安全協会本部の職員29人に対して役員が48人」。必殺仕分け人が見逃すわけもない団体名が印字されているのである。『交通の教則』は、「マシンが2台で監督が10人」のような、明らかに不自然な団体の発行物なのだ。
発行部数は、年間で1,400万部だというから感動的である!
蓮舫氏が「圧倒的なベストセラー」と皮肉るのも無理はない。恥ずかしながら、豊田章男社長の人となりを綴った拙著『豊田章男の人間力』も、株式会社学研パブリッシングの大盤振る舞いによって、 初版1万部を誇った。「好評発売中」「全国の書店でお求めください」「回し読み禁止(!)」なのだが、それでさえ1万部からがスタートである。名の知れた作家であっても、初版数千部が一般的であり、ビジネス書では破格の発行部数なのだ。それを抑えて1,400万部とは、浅田次郎だって腰を抜かす数字である。
推定販売部数が5万部に達すればベストセラーと呼ばれる。10万部となれば大ベストセラーである。50万部となれば、文壇を支える立場となる。史上空前のベストセラーとなった村上春樹の『1Q84』の累計部数だって推定200万部である。だというのに、1,400万部である。それが長年の積み重ねではなく、毎年、自動的に、刷られ、配られていくのである。
ちなみに、一般的な印税は、有名作家で10%。たとえば1,600円の書籍が1万部で160万円がまず印税として振り込まれる。増刷がかかれば、上積みされるという計算。『交通の教則』の売り上げが年間32億円だというから、空いた口がふさがらずに乾く…。著者の豪邸を見てみたい…。
いやはや、レーシングドライバー兼・物書きのハシクレとして、ついついムキになってしまったのは、こんな理由なのである。
講義が終わろうとした頃、待ちに待った『安全運転自己診断』は配られた。
運転に適しているか否かという、プロドライバーとしての根幹が揺さぶられる課題なのである。緊張するなというほうが無理がある。
プロドライバーとして満点でなければならぬプレッシャーが強くのしかかる。
ある意味で、ニュルブルクリンクでの予選アタックよりも緊張する瞬間である。
ことと次第によっては、トヨタから引導を渡される危険性もあるのだから…。
出題は全27問。
「はい」か「いいえ」を○で囲むものだ。
表紙にはこうある。
「日ごろ、あなたが運転している様子について、ありのまま答えてください」
「自分を飾って答えても、正しい診断結果はでません」
指示に従うことにした。
Q.自分のペースを乱されると、とても嫌な気分になる………はい!
(ライバルに追われているとき、特にそう思うよなぁ…)
Q.よく追い越しや、車線変更をするほうだ。…………………はいよ!
(レースのスタート直後なんて、特にそう思う…)
Q.運転中、携帯電話に着信があると、受けてしまう…………いつも、はい!
(無線のこと?チーム監督からの指示には反応しないと、叱られるしねぇ)
気配が怪しくなってきた。
Q.追い抜かれると、イラッとする……………………………もちろん、はい!
(できれば、1台でも多く抜きたいし…)
Q.速度を出すのが楽しい……………………………………最高に、はい!
(やっぱりレースは最高速でしょ)
Q.どちらかといえば、運転に自信がある……………………絶対に、はい!
(自信なくしたら、プロドライバー失格だし…)
結果はご想像のとおりです。指示どおり、ありのまま答えたつもりなのだが、すべての適性項目で『不適格』となった。
さらには、「自信過剰運転をしていることがうかがえます」とのありがたいお言葉をいただきました。
「この機会に、自分の運転を振り返ってみるのもいいことです」
表紙に添えてあった言葉が突き刺さった。
ともあれ、特殊な職業ゆえに、その結果に対しては正当な理由がある。おそらくすべてのドライバーが適性診断に挑んでも、同様な結果に落ち着いたであろうに違いない。
“切れない包丁よりも切れる包丁の方が安全である”
これは僕の持論である。
まったく反省する気なし!(笑)
海外との違いは枚挙にいとまがない。決定的に違うのは、サーキットに訪れる観客の層だろうね。老若男女がパドックに集まるのだ。手をつないだお爺ちゃんとお婆ちゃんが、マシンを熱心に観察している。そのそばでは、お父さんとお母さんが、写真を撮りまくっている。その足元では、息子と娘がサインをせがむ。親子三代でパドックウォークだなんて、モータースポーツが社会に浸透している証拠ですね。
一方コースサイドに目を移せば、そこでは大観衆がキャンプに興じている。それはニュルブルクリンクだけの特徴ではなく、どこでもそう。簡単なアウトドア用コンロで肉を焼いてビールを飲みながら観戦…、だなんて特別なことではないのだ。じっくり腰を据えて観戦してくれているのだ。フェンスを越えて、そっちの席に回りたいほどですよ。
いつか日本のモータースポーツ環境も、そうなることを願っています。
たなちゅうさん、一度海外レースを観戦してみたら?
自身21年目のニュルブルクリンク24時間耐久レースは、なんとも波乱づくしのレース展開で終わった。僕が乗っていた87号車のLFAは、エンジントラブルで約10時間半のストップ。最後には、ピットロードで3分間のペナルティを受けてしまいました…。つまり、結果はともかく、内容は濃かったわけです。応援ありがとう。これからもよろしく!
ところで、新橋の中華飯店の逞しさには感動しました!(笑)
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【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
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