築地市場の朝は早い。
まだ陽が明けきらぬ早朝3時ごろ、関東の台所「築地市場」は、生鮮品をもとめる業者でごったがえす。魚の生臭い匂い充満する市場の喧騒を眺めていると、とてもここが大東京のど真ん中だなんて、嘘のように思う。
忙しそうに市場を駆け回るのは、手鼻を切るようなチャキチャキの江戸っ子達である。ビシッと刈り込まれた短髪。履きつぶした長靴。筋骨隆々の胸筋は、ペラペラの白シャツでは隠しようもない。腰にタオルをペロリとひっさげれば、それでもう立派な"築地の男"だ。
高倉健に憧れ、梅宮辰夫を師と仰ぎ、安岡力也に平気でタメ口ききそうな男達が、肩で風を切って歩いているのである。
築地はほとんど戦場に等しい。交通の往来は無秩序である。少なくとも素人にはそう見える。スクランブル交差点の信号をすべて青点灯にしたらこうなった、というような混雑ぶりだ。前後左右いたるところから、まるで弾丸のような勢いで荷車が走る。
人も車も荷車も、ただひたすら目的地に向かって一直線に突き進む。しかも鮮度が命だから急ぐ。となればどこかの一点で物と人が交差するわけで、そこが修羅場と化すは道理なのだ。
「ばっかやろう!もたもたしてっと、首の骨へしおんぞぉ(怒)」
さしずめ安岡力也似の若者が怒鳴る。
「うっせー、東京湾におっぽって、ハゼのエサにしたろうか、あぁ?」
貫禄十分の梅宮辰夫似の男が返す。
「なんだと、ジジィ!とっとと家に帰って、盆栽でもいじってなっ!」
「おまえこそ、かあちゃんのオッパイでもチューチュー吸ってろ!」
行く手を塞がれたご両人が、そんな舞台セリフのような啖呵を切ると、即、殴り合いが始まることも少なくないのだ。
よしんばケンカを見かけたら幸運である。火事とケンカは江戸の花。人情舞台のような粋な立ち回りが拝めるのだ。
「やるのか、この野郎!(怒)」
分厚い胸をはって待ち構える安岡力也。その胸をめがけて正拳を突く梅宮辰夫。
「こんちくしょ~、やりやがったな!(怖)」
安岡力也が突き返す。
「上等じゃね~か!」
するとまた梅宮辰夫が胸に一発見舞う。
「いい度胸してるじゃね~か」
お互いが一発ずつ、まるであらかじめ順番を決めていたかのように、パンチが右から左へ飛ぶ。髪の毛をむしったり、鼻っつらを突くような野暮はない。ドスッという鈍い響きが交互に響くのだ。
そして最後は、どこからか集まってきた亀田興毅や丹古母鬼馬二が取り囲む中、ひととおり力を誇示し合ったあたりでお開きになるのがいつものパターン。
「辰っつぁんもいいパンチ持ってんじゃねぇか」
「いやいや、力也兄ぃもそこまで鍛えてるたぁ~、感心したぜ」
なんて肩を叩き合って別れるのである。
忘れかけていた江戸っ子の「粋」が現代に現存しているのである。
とまあ、そんな昭和ムービーのような古色蒼然とした趣のある築地の世界では、さしずめ"ターレット"は"黒塗りベンツ"であろう。気風のいい江戸っ子達が、ターレットを華麗にさばく姿はまるで、緞帳があけてすっくと舞台に仁王立ちする竹内力のよう。あるいは和製ジェームズ・ディーンである。
実はキノシタは学生時代、築地やっちゃば(東京の青果市場)の「米金青果」でアルバイトをしていたことがある。決まってそれは、年も押し迫った年末の慌ただしさの最中なのだが、1日に、段ボール箱100ケースのタマネギの皮をむき、ひたすら配達用のトラックに積み込む毎日。それでも、涙目をふきふき、ターレットを華麗に操る男達をつぶさに観察していたのだ。
ここで、"ターレット"に関する説明が必要だろう。
「ターレット」とは朝霞製作所の名称。大手の関東機械センターでは「マイテーカー」の名で開発販売されている。市場では"ターレー"と呼んでいたような気がする。
現代版「大八車」である。畳二枚ほどの平板を、連結した動力付き一輪車が牽引する乗り物だ。
特徴的なのは、ドラム缶ほどのサイズのフロント部分に、動力源のすべてが詰め込まれていることだ。エンジンは耕うん機用のそれだ。ガソリンタンクも内蔵されている。それを丸ごと一本の操舵輪が支えている。そのドラム缶が270度もクルリと回るという不思議な運搬車なのである。
つまり、縦長のリヤカーを、エンジン付きの一輪車で引いているようなものである。
後進ギアもあるにはあるけれど、駆動輪そのものがほとんど後ろ向きになるから、前進しながらバックするという奇妙な動きも可能なのだ。
アクセルは、ドラム缶を一周するリングを押し込むだけだ。足元に小さなブレーキペダルがある。荷台に立ったままで操縦する。
道路運送車両上の分類でいえば、小型特殊自動車の中の「ターレット式構内運搬自動車」となる。
ターレットの利点は、大きく分けて四つ。
「抜群の小回り性能」
「乗り降りのしやすさ」
「構造がシンプルゆえ耐久性が高い」
「丈夫である」
混雑した市場をちょこまかと駆け回るには、小回りできなくてはならない。その点で有能なのだ。
いちいち着座していられるほど、市場の男は気が長くない。その点ターレットは、ヒョイと飛び乗れば、その瞬間に走りだせる。シートベルトの着用義務も、ヘルメットも必要ない。
鮮魚を扱う特性上、海水を浴びることも少なくないわけで、故障知らずなのも大きなメリット。気性の荒い男達が乗ることを考慮すれば、丈夫であることが最大の利点かもしれない。
という事情だからか、生息地は市場に限られる。それもほとんどが日本だ。一部、空港ターミナルや工場などで活用されているそうだが、運用のほとんどは市場なのである。荷物の上げ下げが必要な倉庫には不向きだし、たとえばプロ野球のリリーフカーでは、形が悪い。
そもそも広大な球場では小回り性は必要ない。市場でのみ能力を発揮するのである。
もっとも、ごく特殊な世界に生息しながらも、最近では電気式のマイテーカーや、自動車でも製品化にこぎつけない水素燃料電池車が開発されているというから驚きである。マイテーカーは、欧州とアメリカの排ガス規制をもクリアしているというのだ。
侮ってはならない。ガラパゴス化ではあるものの、確実に進化しているのだ。
学生時代、ターレットの運転に憧れた。皮むきを終えたタマネギ100箱を冷蔵庫に運ぶにしても、臨時のバイト小僧にあてがわれるのは人力の大八車である。ターレットには触れさせてもらえないのだ。
「馬鹿野郎!ターレー扱うなんざ、100年早え~ぜ!」
ねじり鉢巻の"忠さん"が怒鳴る。
「おめ~に引かせといたんじゃ、夜がふけちまうぜ。タコ助!」
バイト頭の"利治にいさん"が尻を蹴る。
それでも根はいい人だから、市場が空いてきた頃に、乗せてもらったことがある。
その小回り性能は驚くばかりだった。運転はハタで眺めるときの印象ほど優しくはない。エンジン特性がピーキーである。1気筒の耕うん機用エンジンだから、トルクが細い。そして振動も多い。レスポンスも悪い。しかも荷台にはキャベツやらニンジンやらの箱を山積みしているわけで、自由自在に疾走するには相当に慣れを要するのだ。ヨロヨロしただけで、荷物が崩れ落ちることだってあるのだ。
「ああ、じれってぇ~、貸してみろ!」
そう言って忠さんはターレットに飛び乗り、斜に構えた姿勢のまま、時折片輪を浮かせながら器用に走り去っていった。
その姿はまるでハワイのノースショアに挑むサーファーのように華麗で美しかった。いまでも、尻のポケットではためく、擦り切れたタオルが残像として刻まれている。
ターレットの法規上の扱いは農用耕うん機と同じだ。だから、ナンバーを取得すれば公道も走れる。
買おうかな?
その前に、気風のいい男にならねば…。
ばずさん、困った悩みですねぇ。ドリフトしている彼氏の姿にシビレナイなんて、彼女にも物申したい気分です。失礼(笑)。
リクルートブライダルカンパニーのインターネット調査によると、男性は彼女の「感動する姿」に魅力を感じ、女性は男性の「運転のうまさ」に惚れるそうです。
というデータからすると、考えられるのはふたつ。
「ばずさんのドリフトがあまりウマくないか?」(またまた失礼!)もしくは「公道でもドリフトもどきのドライビングをして不快な思いをさせているか?」だと想像しますね。
華麗にドリフトを決めていれば、女性も理解してくれるはずです。もし、彼女を助手席に乗せて、荒い運転をしているのであれば、そりゃヒカれますよね。
「運転が上手く、だがそれをひけらかさない…」これが彼女の理解を得る条件です。ドライブのときはこんなにスムーズに運転しているのに、いざとなるとあんな妙技もできるのよ♡」そう思わせるところに、男の美学があるのです。
頑張って腕を磨いてくださいな。そうすれば…♡♡
十数年前から、ささやかながら募金活動をしている。日本には特効薬のない「ムコ多糖症」の子ども達へ、レースでいただいた賞金をそのまま捧げていた。いまでは「認定NPO法人・難病の子ども支援ネットワーク」のロゴをヘルメットに記して走っている。子ども達が少しでも笑顔になってくれればと思っている。気になったら、HPを覗いてあげてね!
www.cardome.com/keys/
【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。