モータースポーツはクルマの進化に寄り添うように帯同してきた。新しい車両技術が確立すればそれを武器に用いて戦い、一方で、新技術確立のために身を挺して実験台になってきた。まさに『走る広告塔』であり『走る実験室』。
さながら血をわけた親子のように、共に生きてきたのである…。
キャハッ!
大上段に構えるのもキノシタらしくないので、いきなり砕けるとしよう…。
『ハイブリッドチャレンジ』。これ、アリである!
むちゃ面白い。初めて××を覚えたときのようにヤミツキになる。
ターボが確立した1980年代、モータースポーツにパワーウォーズが訪れたように…。あるいは、空力解析技術の確立が、ハイダウンフォース時代を招いたように…。21世紀最大のブレイクスルーであるハイブリッド技術が、『ハイブリッドチャレンジ』をモータースポーツのひとつに押し上げるであろうことは、火を見るよりあきらかだ。
ちなみに『ハイブリッドチャレンジ』とは、ハイブリッドカーを使ったサーキットイベントである。決められたタイムで周回し、タイム誤差と燃費を競うもの。燃料節約のために耐え忍ぶだけではなく、アクセル全開が強いられる場面もある。その意味で「エコラン」とひとくくりにするには抵抗が残る。「新モータースポーツ」なのである。
「ハイブリッドチャレンジのゲストドライバーとして参加しませんか?」
GAZOO Racingからそんな出演依頼を受けたのは、競技開催のおよそ2ヶ月前のことだった。
もちろん即「OK」の返事をしたのだが、それにはワケがあった。
不肖キノシタ、実は自動車雑誌「アクティブ・ビークル」でプリウスの燃費技術を紹介する連載企画を総合プロデュース、自ら執筆していた。トヨタ本社に訪れ、三代目プリウスの育ての親である大塚明彦CEと、ハイブリッドの頭脳と僕が呼んでいる高岡俊文HVシステム開発室長にお会いし、ハイブリッド機構についてご教授いただいたのだから理論武装は完璧。THS-II(トヨタ・ハイブリッド・システムII)に関しては技術解説書を出版できるほどの蓄積がある。自信が満ち満ちていたわけである。
そこで出演快諾を引き換えに、ひとつの条件を突きつけた。このGAZOO RacingのWebサイトで、『木下アニキに聞け!ハイブリット 燃費マイスターへの道』なる連載企画を提案したのである。
自ら「燃費マイスター」と称していることもあり、ましてやサーキットは己の主戦場である。この30年におよぶサーキット通いの賜物で、屈曲や起伏が体に染み込んでいる。コースアウトしたときの逃げ場所から、どのクラッシュパッドが痛くないかまで、自らの経験として積み重ねてきた。もう、目隠しされたって周回できる。そんなキノシタが、ビギナーの参加者と同条件で走ったのでは卑怯だとの情け心である。“恩着せがましい武士の情け”は、剣道有段者たる自負であろう。
同時に、ハイブリッド走行の喜びを授けようという優しさもあった。車両技術をマスターすれば、より一層競技が充実するはずだとの思いである。それほど僕は、この競技に強い思い入れがあるのだ。
生来が「空になったシャンプーはもう一度湯をたして使う」であり「街中で配っているティッシュは必ずもらう」というケチな性分。「ガソリンの一滴は血の一滴」が座右の銘であるからエコドライブは毎日のことであり、日頃の研さんが生かされるとの確信もあった。多少のネタをバラしたところで負けはしまいという不遜があったことは言うまでもない…。
企画連載を渋るGAZOO Racingを力づくで納得させ、いざ、競技当日を迎えたのである。
ルールは単純である。設定されたラップタイムでサーキットを周回。燃費を競うだけ。それぞれが持ち込んだハイブリッドカーで走るだけなのだ。
唯一の課題であるラップタイムだが、今回の富士スピードウェイでは、2周を9分50秒で周回することと定められている。
その前後10秒の範囲でゴールラインを横切ればペナルティの加算はないが、それより速すぎる、あるいは遅ければ減点の対象となる。タラタラとスロー走行していたのでは制限時間に間に合わないが、初走行の人でも簡単にクリアできるほど余裕のある基準タイムであり、特別な緊張感は無用だ。
練習走行に続き、2度の本番がある。走行パターンを変え、好燃費を引き出す時間が豊富なのも特徴だ。最終的な自己最高燃費が自らの成績となる。助手席には、ナビゲーターが座る。
競技長の事前のシミュレーションでは「燃費20km/l」が優勝ラインとのこと。さすがの燃費マイスター様様である。最初の練習走行でいきなり「23km/l」を記録!何事も勝負と名がつけば譲れない気質であり、にわかに気を良くしたわけだ。
だが、パドックを隅から隅まで駆け回り、自慢を触れ回っていて愕然とした。どうやら「20km/l」では最下位レベルだという。「30km/l」あたりが平均であり、なかには「40km/l」オーバーという猛者も少なくない。いきなり返り討ちにあったのである。
事態は急転。
有給休暇でくつろぐ高岡俊文開発室長を電話で叩き起こし、スペシャルテクニックの緊急伝授を願ったものの、「普通に走れば、誰でも好燃費になるように開発しています…」との素気ない答え。一転、「アクセルを全開にすると気持ちいいですよ」などとライバル達をおとしいれる揺動作戦に変更。「180km/h出してもおまわりさんにはとがめられませんし…」、「せっかくのサーキットですし、少し強めにアクセルペダルを…」などと姑息な手段に転じたのだ。
“己を磨くよりもライバルの足を引っ張るほうが楽”は、30年のレース人生で身につけた理念である。
スタートしてからゴールまでの2周で、9分50秒を費やしていい。これが富士スピードウェイで設定されたタイムだった。となれば1周を約4分57秒で周回すればいいことになる。ご丁寧なことに、コースの半分には目印が設けられている。だからそこまでを2分28秒強で走ればオンタイムとなる。
助手席のナビゲーターはストップウォッチを手にしており、逐一タイムが知らされる。
「速すぎっ!」
「はいはい…」
「遅すぎっ!」
「やれやれ…」
侃々諤々やりあいながら、指示に従ってドライビングすればいい。
だが、その内訳はそれぞれに任されている。これがミソ。
スタートダッシュをかまして序盤にラップタイムを稼ぎ、そこでの燃費悪化を後半に取り戻してもいい。あるいは逆に、序盤で燃費走行を優先し、後半でタイムのつじつまを整えてもいい。どの作戦で挑むかは、ナビゲーターとの相談によるのだ。
もっと詳細にいうと、EVモードを使うタイミングも自由。登りと下りの動力の使い方もそれぞれだ。バッテリー残量を確認しながらペース配分をする。回生ブレーキのタイミングは?モーター温度は?などなど…。突き詰めたらきりがないほどテクニックにのりしろが残されている。
「ゴールはバッテリーを使い切ってもいいから、そこまではEVモード厳禁で!」
「はいはい…」
「下り区間は回生ブレーキを使わないと損よ!」
「やれやれ…」
はっきりいって、スーパーGT500で勝つより頭とテクニックを使うのだと思った。
かくして残ったリザルトは、「38.0km/l」であった。トップは「43.8km/l」だったから惨敗である。
表彰式を終え優勝者に聞けば、「そりゃ、スタートはEVモードですよ」と教えられ、「コーナーで減速しすぎなんですよ…」と叱られ、「ペース配分を考え直さなきゃ」と諭された。
現役ベテランレーサーといわれるキノシタに叱咤できる人などこの世にひとりもいやしないと確信していたのだが、まだまだ世界は広いのである。
そう思って周囲を見渡すと、緊張感で張り詰めたいつものサーキットとは趣が異なることがわかる。
パパのかたわらには、それまでナビゲーターを努めていたママが寄り添い、その足元には子供が戯れている。トロフィーを抱えるパパはヒーローだ。ママと子供の笑顔がそれを表している。
誰もがヒーローであり、誰もが主役なのだ。サーキットがこれほど笑顔に包まれたことがあっただろうか。がっくりと肩を落としながらも、目の前に広がるのどかな空気感が唯一の慰めだった。
ひとつ悔いたことがある。
GAZOO Racingに確約させた新連載企画のことである。『木下アニキに聞け!ハイブリット 燃費マイスターへの道』とタイトルまで決めておきながらの惨敗。もはや『木下アニキに聞け!』ではなく『木下アニキが聞け』に改題せざるを得ない状況に追い込まれた。栄えある連載1回目を迎えることなく休載となったのは、実はそんな理由によるのだ。
走れば走るほど数値は上向いた。それが実に面白い。数値がリアルタイムで反映されるのはモータースポーツの魅力である。とかくドライバーが主役になりがちであり、速さに劣るものが傍観者になるスピード競技とは別で、ここでは誰もが主役になり得ることも知った。
まさかGAZOO Racingの契約ドライバーになり、ニュルブルクリンク24時間でレクサスLFAを走らせ、クラス優勝までしておきながら、いまさらビギナーに転落するなどとは不本意ではあるものの、ここは初心に返ってイチから「燃費マイスター」を目指すしかレース人生をまっとうする術はないだろう。
どこかの『ハイブリッドチャレンジ』で僕を見かけても、笑ったり、けなしたり、尻を蹴飛ばしたりしないでほしい。それはいじまくしも、謙虚に研さんを重ねているだけなのだから…。
惨敗により落胆した僕からのせめてもの願いです…。
エイタさん、マニアックな質問ありがとうございます。質問の内容がかなりディープですね。そして素朴な質問、大変結構です!
たしかに最近のスーパーGT500マシンの車載映像を見ると、ドライバーはパドルシフトで変速しているようですね。
ただし、パドルシフトであっても"クラッチペダル付きの"3ペダル方式です。というのも、レーシングカーのミッションは、日産GT-RやレクサスLFAが市販車で採用している「パドルシフト+2ペダル」とは若干機構が異なるのです。最近流行の「ツインクラッチ」などでもありません。レース専用のミッションをパドルシフト方式に改良したにすぎないのです。
ですから、スタートはクラッチペダルを使います。ピット前で停止する時には、クラッチペダルを踏み込んでエンストを防ぎます。いわば、古くからある3ペダル式マニュアルミッションと同じです。
もっとも、一旦スタートしてしまえば、クラッチペダルを踏むことはなくなります。シフトアップは右側のバタフライを引けば、アクセル全開のままで変速可能なんです。シフトダウンも、左側のバタフライを引くだけで可能です。自動でブリッピングをからませてくれますから「ヒール・アンド・トー」をすることもなくなりました。
シフトレバーをゴキゴキするよりは、ドライビングの負担が減ります。そのぶん戦いに没頭できるという理由から、メーカーはこぞってパドルシフトを導入したんですね。コンマ1秒を削り取るために、そんな制御となっているのですよ。
エイタさん、わかっていただけましたか?
ツインリンクもてぎで開催された『最後のインディ・ジャパン』を観戦してきた。一般観戦者としての『自由席』で、である。というのも、モータースポーツの現状がどうなっているのかを知るために、あえて業界関係者を封印しての体験を試みたのだ。遠くの駐車場に止め、汗を流しながら歩いた。バスにも並んだ(写真)。立ち見もした。そこで感じたことがある。「お客様への愛情がまだ足りない」こと、である。東日本大震災の影響によりコースが損傷、残念ながらオーバルではなくロードコースに変更されての開催だったが、内容は素晴らしかった。それよりもむしろ、業界関係者のひとりとして「カイゼン」すべきことがまだたくさんあると思ったことが収穫だった。
その話はいずれどこかで…。
www.cardome.com/keys/
【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。