「ニュルブルクリンクでタイムアタックをしてくれませんかねぇ…」
そんな電話連絡に心躍ったのは昨年の秋のことである。
「マシンはアストンマーチンDB9Rですよ」
ますます魅力的な内容に、やおらパスポートの有効期限を確認したものだ。
最初の電話の主は、旧知の友人である砂子智彦だった。もう一方の電話は、やはり付き合いの永い谷口行規である。
念のために紹介すると、砂子智彦はかつてプロドライバーとして活躍、数年前に引退を宣言、西表島で世捨て人となった男。昨年の春にわけあって東京へ舞い戻り、ある事業に携わった。
谷口行規は、ゲームソフトメーカーの経営者であり、自らステアリングを握る現役レーシングドライバーである。昨年にはWTCC世界ツーリングカー選手権にレギュラー参戦したツワモノだ。
まあ、そんなふたりからの「ニュルブルクリンクのタイムアタック」要請に色めき立ったわけだ。
「木下+谷口+砂子+アストンマーチンDB9R=華々しい世界」
瞬間的に都合のいい公式が浮かぶのは、木下の特技である。
ただし、誘いがやってきたのは昨年の秋、ようやく承諾したのがそれから数ヶ月も経った今年の2月。そんなオイシイ仕事を二つ返事で快諾しなかったのにはワケがあった。
「タイムアタックはいつだ?」
パスポートの有効期限が残存していることを確認しながら迫った。
「いつでもどうぞ…」
軽い返事だった。
「ドイツの冬は寒い。アタックに都合がいいのは春先だぞ」
「いや、いつでも暖かいですよ。エアコンが効いてますから」
「エアコン?万が一に備えて、保険に加入する必要がある」
「危険度はゼロです」
「ハンスシステムは必要だな?」
「いえ、Tシャツで来ていただければ…」
「フライトの都合もある。日時を確定したい」
「クルマで来ていただければ、それだけで…」
「もちろん成田空港へはクルマで行くと決めておる」
「いえ、赤坂で走ってもらいます。住所は東京都港区赤坂…」
そう言いながら砂子智彦は、詳細な所番地を告げたのだ。
ほどなくして僕は、赤坂の一室にある『東京バーチャルサーキット』でニュルアタックを敢行することになった…。
『東京バーチャルサーキット』は、谷口行規が主宰する(株)ユークスが新たに展開した「ドライビングシミュレーター」事業である。砂子智彦は店長だ。
およそ60平米ほどの赤坂の一室の中央に、GP2を模したと思われるフォーミュラーのモノコックが半身、据え付けられている。それを取り囲むようにスクリーンが設置され、そこにバーチャルな映像が映し出される。コクピットに座り、その映像の中を走るわけである。いわば超本格的なドライビングシミュレーターである。
一見すると超本格的なテレビゲームといった趣なのだが、それとは決定的に異なるのは、そのクオリティがゲームのレベルを超越した、実にリアルな世界が展開されることだ。
「最近ではプロのドライバーがトレーニングに来てるんすよ」
もはやゲームのレベルを超越している。
「運転スキルも露になるんすよ」
そう聞いて想像するのは、プレイステーションの「グランツーリスモ」やF1チームが活用しているシミュレーターである。F1用シミュレーターの経験はないが、おそらく志はその次元にある。実際にサーキットを走らずとも、ドライビングスキルアップにも貢献するし、マシンセットアップも可能なレベルにあるのだろう。
プレイステーションでは一昨年、「ゲームで優秀だったレース未経験者」を実践にデビューさせた。するとセミプロ級の走りをして驚かせたという。
一昨年からWTCC世界ツーリングカー選手権への挑戦を始めたN・ミケルズ(ハンガリー)は、ゲームでスキルを磨き、本格的レース開始3年で世界選手権まで登り詰めたという。
脇阪寿一や石浦宏明、大嶋和也も、ニュルブルクリンク参戦を前に、ゲームでトレーニングを積んだという。もはやバーチャルはバーチャルを超越して、リアルの世界に足を踏み込もうとしているのだ。
世界の多くのサーキットがインプットしてある。
世界の主要なマシンがインプットされてある。
赤坂にいながら、世界のあらゆるレースシミュレーションが可能なのだ。
バーチャルドライビングのデータは、レース用MOTECコンピューターと連動しているという。あらゆる走行データが表示され、保存されるのだ。
速度計、ラップタイム、燃料消費、各車輪のブレーキ温度、各タイヤの温度、それとトレッド面3箇所まで表示される。もちろんスロットル開度やブレーキ踏力まで計測可能という本格的なものなのだ。ステアリングアシスト量すら選べるといった具合。
さてアタック。
コクピットはトップフォーミュラーのそれだ。マシンは約束どおり「アストンマーチンDB9R」、コースはニュルブルクリンク24時間用の1周25kmである。
ほとんど実際の景色と違わぬ出来映えに驚くばかり。
ただし、もともとゲーム世代ではなく、ゲーマーでもない。いまだにビデオデッキの配線すら電気屋さん頼みだし、スマホすら所有していないという旧石器人である。馴染むまでにそうとう時間がかかった。というより、まともに完走すらできない。
ちなみに走行料金は「30分で1万円」
やりはじめたらおそらく2時間ほどは没頭するだろうから「約4万円」ほどの出費となる。
高いか安いかは考え方によるだろう。
遊びのゲーム感覚なのだったらそれなりの出費である。だが、たとえば海外のレースに参戦する、あるいは国内の慣れぬサーキットに挑戦する。そんなプロドライバーならば、無駄にはならないはずだ。
結局、ところどころコースアウトしながらのベストラップが「8分56秒」。
「8分35秒くらい出していただかないと恥ずかしいんですけど…」
砂子店長も困惑顔だった。
当人は汗びっしょり。リアルなニュルアタックでもそれほど疲労しないというほど疲れがアリアリだった。
今年のニュルブルクリンクまでに、「東京バーチャルサーキット」通いが続きそうである。自称ニュルマイスターの面目にかけて…。
「8分35秒」を叩き出すまでやめられない。
追伸
このコラムに目を通してくださった方々へ…
GAZOO Racingの方々に僕のラップタイムの件は内密でお願いしますね。
クビになっちゃいますから…。
あらあら失礼しました。怖い顔してましたか?生まれつきの部分もあるかと思いますので、多少はお許しください。
我々ドライバーは、応援してくださるみんながいるから走れるんです。そのことを自覚してもいます。ですので、遠慮なく「サイン」でも「金」でも迫ってくださいね。いろいろスケジュールが立て込んでいる場面もあるかもしれないけれど、僕らがもっとも大切にしているのは「ファンとの触れ合い」なんです。他の用事は二の次です。ミーティングや撮影よりも、最優先なんです。遠慮なく声をかけてくださいね。
怖い顔をしていたのはおそらく、僕よりも大嶋のほうが、バレンタインチョコの数が多かったからかもしれません!(笑)
あまりにVWポロGTIの評判がいいから、その手のコンパクトマシンを一気乗り。スイフトスポーツ、G'sヴィッツ、フィットRSを遡上にあげてみました。さすがに高価なだけあって、完成度の高さは天下一品。だけど、費用対効果ではスイフトスポーツが好評価。どこかにチープな印象は残るけれど、開発陣が走り好きの気持ちをわかっているのだろうことが伝わってきます。そのリポートはカートップで…。
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【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。