レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム ~木下アニキの俺に聞け!~クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


62LAP 発足!トヨタ自動車自動車部(仮称)!      (2011.12.13)

徒競走?それとも?

トヨタ自動車の保見スポーツセンターにやってきたのはこの3人。脇阪寿一と伊藤大輔、そして僕。まさかレーシングスーツで徒競走させられるとは、夢にも思ってませんでした。
トヨタ自動車の保見スポーツセンターにやってきたのはこの3人。脇阪寿一と伊藤大輔、そして僕。まさかレーシングスーツで徒競走させられるとは、夢にも思ってませんでした。

何の因果か偶然か、キノシタの元にトヨタ自動車の社内スポーツイベント、「第9回 HUREAI day」への参加依頼が届いたのは、ジィジィと蝉がやかましく鳴く真夏のある日のことだった。

すわ、緊張が走った。
レーシングドライバーなどという職業をして久しいが、我々をアスリートとしてとらえる人々は稀である。我々当事者としては、「プロ野球選手」や「Jリーガー」と同等の身体運動選手なのだと自負しているのだが、「モータースポーツ」を名乗っていることの弊害なのか、世間にとっては「スポーツ」よりも「モーター」の意味合いが強いようで、「運動選手」というよりも「運転手」なのである。そんなモータースポーツ人に社内スポーツイベントの参加依頼がくるなどとは、はなはだ怪しいのである。

何か魂胆があるのかと身構えた。もしくは新手の詐欺か?
依頼主の素性があきらかになり、それが詐欺ではないことを確信したのは、事務局を名乗る男性の話を聞いてから数分後のことである。

「僕がスポーツイベントに?」
「そうです。ぜひ参加していただきたく存じます」
なんでもトヨタ自動車の福利厚生の一環として年に一度行われる社内スポーツイベントへの参加だという。
となればいきなりポジティブシンキングに転じるのは、キノシタが生まれ持った唯一の才能である。
小学校在学6年間をリレーの選手だったことを知っての誘いか、あるいは中学在学の3年間をブラスバンド部に部長として籍を置き、運動会入場行進の演奏を努めたことを知っての狼藉か、はたまた、剣道有段者であることを承知のうえでの依頼かと、両の足が浮き足立ったのである。
「ならば、リレーの選手としての誘いなんだろうねぇ…」
「いえ、脇阪寿一選手と伊藤大輔選手には走ってもらいます」
「入場行進でトランペットを吹きましょう!」
「いえ、演奏はけっこうです」
「じゃ、余興として、北辰一刀流の演舞でもするのかね?」
「いえ、刃物はけっこうです」
「ではなにをすればいいのだね?」
「キノシタさんはマイクをお渡ししますので、会場を盛り上げてくだされば、それでいいのです…」
というわけで、やはりジィジィと蝉の鳴くその日、トヨタ自動車が所有する保見スポーツセンターのメインググラウンドに立たされたのである。

参加メンバーは蒼々たるメンツ…

横断幕をこしらえてくるわ、応援団を組織してくるわで、大盛況。何事にも真剣になるその心意気には敬服いたしました。
横断幕をこしらえてくるわ、応援団を組織してくるわで、大盛況。何事にも真剣になるその心意気には敬服いたしました。

参加者は、全国各地から集結した社員である。ざっと見渡したところ数千人。各工場ごと、あるいは部署ごとに運動クラブを結成しており、そこに集まった。自前の応援団をしつらえ、グラウンドスタンドで太鼓を叩くという本格的な内容だ。お祭りムード満点なのだ。

「社員でスポーツクラブ」といえば、おのずと実業団クラブも参加資格があるわけで、つまりラグビーのトップリーグで戦う「トヨタ自動車ヴェルブリッツ」や「トヨタ自動車硬式野球部」、あるいは女子バスケ ットボールチームの「トヨタ自動車アンテロープス」といったプロ級チームが、自前のユニフォームをまとってくつわを並べたものだから、まさに異種格闘技の祭典のような様相を呈していたのだ。

もちろん男子バスケットボールチームの「トヨタ自動車アルバルク」、「トヨタ自動車女子ソフトボール部」という、かつて何度も観客席から観戦したメンバーが揃っていた。

GAZOOでは「GAZOO SPORTS」なる組織も備えている。クルマだけではなく、スポーツ全般を応援するという共同体を構えているのだ。

ほとんどが純粋なプロ、もしくはプロ級のメンバーだから、さすがにそれだけのメンツが顔をあわせるとグラウンドは一転して華やかになる。
「これが同じ人間なのか?」と疑いたくなるほどの筋肉の塊を惜しげもなくさらす巨漢ラガーマンの脇では、「牛乳を何本飲んだらそこまで高くなれるの?」という長身のバスケットボール選手が立ち塞がるわけで、我々レーシングドライバーのなんとも貧弱なことこの上ない。競技の性格上、それはコンプレックスでもなんでもなく「勝つための体」なのだが、さすがにクマとキリンが居並ぶ肉体至上主義系アスリートと比較するとなんとも心もとないのだ。

  • せっかくやってきたのに、渡されたのはバトンではなく「マイク」。木下「前日の練習では、100メートル7秒を記録してたので勝てるでしょう」司会「それはクルマでの話ですね」
    せっかくやってきたのに、渡されたのはバトンではなく「マイク」。
    木下「前日の練習では、100メートル7秒を記録してたので勝てるでしょう」
    司会「それはクルマでの話ですね」
  • どうもスタートのポーズが怪しいものです…。
    どうもスタートのポーズが怪しいものです…。
  • 女子バスケットボールチームとの記念撮影です。こういった交流を通して、お互いの気持ちが鼓舞されていくのですね。初めてトヨタの看板を背負って戦うことの重みを意識しました。
    女子バスケットボールチームとの記念撮影です。こういった交流を通して、お互いの気持ちが鼓舞されていくのですね。初めてトヨタの看板を背負って戦うことの重みを意識しました。

プロとセミプロ

もっとも、一部の選手を例外とすると、我々レーシングドライバーこそが、「職業選手」である。
実業団チームは、基本的に企業に属している。濃淡はあるものの、会社に籍を置き、ぞれぞれの部署に配属され、日頃は会社業務をこなしながら、一方でプレーヤーとしての生活を過ごす。午前中は業務を進め、午後はグラウンドに消えていくという選手が大半なのだ。

プレーの質やレベルは紛れもなく「プロフェッショナル」なのだが、生活形態が企業に依存している点でいえば「セミ・プロフェッショナル」といえる。生活の安定が支えにあるそれは、明日の生活もすべては成績次第の純粋プロフェッショナルとは同質ではないと思う。

セカンドキャリア支援が今こそ必要なのだ

そこでふっと思った。
「なぜ、トヨタ自動車には自動車部がないのか?」と。
ラグビー部がありバスケットボール部があり、そしてソフトボール部があるのに、自動車メーカーであるにもかかわらず「自動車部」がない。これは由々しき問題だと感じたのだ。

実は、僕の友人のご子息は、レーシングドライバー志望の高校2年生で、カートの地方選手権を戦っている。将来、プロレーサーを目指して孤軍奮闘しているのだ。

だが、親戚一同の反対意見が障害になっている。幸か不幸か学力は高い。おそらく2年後は、一流大学の学生となっているだろう。そんなだから、外野の大勢意見は、「せっかく学力優秀なのに、何を好きこのんで、将来不安定なレーシングドライバーになるわけ?一流企業に就職しなさい」なのである。

実は、こういった傾向はJリーグにもあるようで、悩みの種になっているそうだ。
高校卒業後、生活の保障のないJリーグを目指すより、引退後の就職に備えて大学に進学しておきたいというプレーヤーが多いそうだ。

試算によると、Jリーグでプレーするよりも、大学でサッカーを続けてから一般企業に就職したほうが、生涯賃金は高いという。平均的引退年齢は25.3歳(2002年時点)という現実がある。だから親戚一同は一時の夢を求めるより、現実的に、会社員となることを勧めるという。Jリーグ側からみれば、それが優秀な選手を逃している要因になっているというわけだ。

スポーツ組織は、そのための策を打っているという。セカンドキャリア支援がそれ。チーム監督やコーチ、あるいはテレビ解説者やタレントに転じるのは、現役時代に成績を残した有能なプレーヤーだけである。それ以外は、25.3歳から先の長いセカンドキャリアが不安としてのしかかる。引退後の職業斡旋を組織化しているのはそのためだ。

英系のスタンダードチャータ銀行は、日本でプロスポーツ選手向けの金融サービスを始めた。引退後の資産形成をアドバイスするという。

日本ボクシングコミッションは、引退後のボクサーの就職支援に乗り出している。手始めに警視庁の就職説明会を開いた。ボクサーにはうってつけである。
悲しいかな、レーシングドライバーには同様のシステムはない。

かつては自動車メーカーが、引退後に子会社経営の道筋を準備していた時期がある。現役時代の貢献度によって、セカンドキャリアを保証していたのである。だから現役時代、忠誠を尽くす。守秘義務も果たす。引き抜きにも応じないわけである。だが、それも遠い昔の話だ。

ではどうなるかといえば、現状がすべてを証明している。レースの道に進むのは、金持ちの御曹司か、特別なコネがあるか、あるいは明日のことを顧みない熱血漢だけである。これからの日本の経済環境を考えれば、分母が減るわけで有能な分子が残る確立は下がる一方だ。人材流出が透けて見える。

惜しい。夢を追いかけることは素晴らしい。だが、その一方で、生きていくための現実的な判断が交錯するのである。

そこで提案します

トヨタ自動車自ら、社内レーシングチームを結成してはどうだろうか?
その名は『GAZOO Racing TEAM TOYOTA』。
所属は車両実験部。
業務は車両開発テストドライブ。
通常業務をこなしながら、レースウィークにはサーキットを走るのである。
FポンでもスーパーGT500でも、もちろん海外のトップカテゴリーでもいい。現役時代は真剣に戦ってもらう。F1にステップアップすればなおいい。それまでは、実践で習得したドライビングスキルを車両開発に生かすことで恩返ししてもらうのである。

給料体型は、社員に準ずる。つまり退職金も保証されているのである。
Fポン王者級のスキルで鍛え込んだトヨタ車が、どれだけ凄まじい性能に昇華するかは、想像するまでもないだろう。

速いドライバーと優れた開発ドライバーが必ずしもイコールで結ばれないことは重々承知だ。だが、開発ドライバーとして教育すれば、モノになる人材は必ず現れると確信する。

有能な人材がいまここに…

木下のセカンドキャリアは『ライガー君』を希望します。トヨタラグビー部「ヴェルブリッツ」のマスコットキャラクターなのです。
木下のセカンドキャリアは『ライガー君』を希望します。
トヨタラグビー部「ヴェルブリッツ」のマスコットキャラクターなのです。

このコラムを長々と綴ってきたのにはワケがある。どこぞの自動車メーカーの人材開発部の方の目にとまっていただきたいという願いなのだ。けして妄想でも夢物語でもない。いたって真面目な提案なのだ。少なくともキノシタの脳みそは、肝臓ほどは病んではいない。

いい人材、一名、知ってますよ。
その名は○下隆之といいます。
散々好き勝手をしてきたくせに、自らの所行を顧みず、いまさらながら安定を求めているそうです。
役職は、広報部・常務役員が希望のようです。
少々とうが立ってますが、下積み生活が長かったせいで経験は豊富です。
口も頭も悪いのですが、運動会でピエロをさせておくより有用だと思います…(笑)

木下アニキの俺に聞け 頂いたコメントは、すべて目を通しています!するどい質問もあって、キノシタも大満足です!言っちゃダメなことなど。オフレコで答えちゃいますよ!
ニックネーム「サム&リンダ」さんからの質問
初めまして
この度、プリウスαのSを先日注文しました。
ハイブリッド車は、今回初めてとなりますのでいろいろ疑問がわいて、調べる毎日です。
さて、今回の質問は、ハイブリットの電池寿命について教えてください。
私の購入したプリウスαSは「ニッケル水素電池」だそうですが1ヶ月1,000キロ程度走行するとして、何年ほどの寿命でしょうか?
毎月のガソリン代(燃費)はいいようですが、電池がつきたときに高額なバッテリー代がかかるのではないか不安です。
よろしくお願いします。

早速プリウスαを購入ですか?
納車が楽しみだね。「ニッケル水素電池」搭載ということは、2列シート仕様でしょう。荷室が広いので、これからのカーライフが広がりそう。羨ましい!

電池の寿命の件、早速開発陣に問いただしました。すると答えは以下のよう。
「基本的には5年、10万キロの保証をしています。その範囲で、もし故障等があれば、ニッケル水素電池も無償で交換いたします。よほどのトラブルでもない限り、気になるほどの性能劣化はないと思われます。気兼ねなくお使いいただけると思います」とのことだ。

ともあれ、電池であるいじょう経年変化はたしかにあると思う。充放電を繰り返すと、電池はかならず性能低下するものだからね。ただし、プリウスの実績から想像するに、その劣化はささいなものだと思う。運転の仕方によるのだが、「なんとなく感じる人もいる…」程度の劣化のようである。よしんば電池交換となっても、12万円(プリウスの場合)ですむ。2代目プリウスに乗る業界の先輩に聞いたところ、「もう13万キロだけど、劣化は気にならない」とのことだった。安心していいと思う。

1ヶ月1,000キロ走行だと、1年で1万2,000キロ。10年後でも12万キロ。少なくとも10年間は大丈夫そうだね。つまり、だ。それほど気にしなくてもいいってこと。

楽しいエコライフをエンジョイしてね!

キノシタの近況

 「いま、最高に派手なスポーツカーで街中をドライブしたい」と直訴したら、ル・ボラン編集部がこんなクルマを準備してくれた。『メルセデスベンツSLS・AMG』である。しかも試乗コースがぶっ飛んでいた。高速道路は拒否され、ひたすら横浜の街中を流すというシチュエーション。横浜・みなとみらい「赤れんが倉庫」から中華街に移動、本牧ふ頭までの往復コース。571馬力のパワーをひたすら封印してのトロトロ走行。ついにはそれも快感に。突き刺さる視線に耐えているうちに「ドMっ気」が芽生えてしまいました。このドS級のデザイン、さすがです!試乗記は「ル・ボラン1月号」にて…。
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【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。