前回(68LAP)に続いて「日本のカーデザイナーはオタンコナスなのか?」の続編である。大変意味深い話題ゆえ、興に乗って書き過ぎたのが前号。紙面が尽き、書き漏らしたことがあるので、補足したいのである。
骨子を振り返るとこうだ。
「カーデザインには、様々な制約がある。だから画家が自由に筆を走らせるようにはいかないのだ…」である。
社内外に張り巡らされている安全規定が障害となり筆を鈍らせる。それを含めて「デザイン力」といえばそれまでなのだが、特に社内の規則は六法全書より効力が重いから足枷となる。韓国・現代自動車のデザインが評判良いのは、カーメーカーとしての歴史が浅い分だけ制約が少ないからだろう。歴史が厚みを増す分だけ、経験値や知識が制約を加えていく。だから日本メーカーは不利なのである…という話。(詳細は前号を振り返ってください!)
「おお神様、もっと自由を分け与えたまえ…」
カーデザイナーの心の叫び声が聞こえてきそうである。
昨年のこと、ある自動車メーカーの「クレイモデラー」と話す機会があった。
「クレイモデラー」は2次元平面の造形を立体造形に昇華させる仕事人をさす。
平面に描かれた「絵」をもとに、立体的な造作物に仕上げていく。いってみれば、カーデザイナーの創造を現実の形に蘇らせるデザイン班といっていい。
拝見させていただいたクレイモデラーのデザインスタジオは、スタジオというより「工房」と呼びたくなるような古風な雰囲気が漂っていた。
中央には巨大な粘土の塊がドンと据え置かれ、その塊に彫刻刀やノミ、コテをあてて削り、またある時は粘土状のクレイを盛りながらクルマの形にしていく。
クレイの中は空洞。木材でできた骨に専用のクレイが盛られているだけだ。ただし、タイヤやホイールは本物。それがなければイメージが湧かないのだろう。
サイズは大小様々。机に乗るような12分の1ほどのサイズから、最終的には原寸大までクレイモデラーの仕事は及ぶ。
デザインの初期画は、すらすらと色エンピツを走らせただけの、まるで自由な想像図である。だがそれが、現実へ向かって変化していく。その最終段階にクレイモデラーの存在があるのだ。
かたわらには、彫刻刀やカンナやノミが置かれている。焼き釜があれば、陶芸工房か、大工さんの道具置き場かと見紛うことだろう。
取材に応じてくれたクレイモデラーは、優しい笑みを浮かべながら、だが鋭いコメントで実態を教えてくれた。
「我々の仕事には、そんな楽しい夢はありませんよ」
「夢の世界ではない?」
「芸術的な創造とはちょっと違うかもしれませんね」
期待しないでくださいよ、といったような表情を見せた。
「クレイモデラーの重要性はふたつあります。ひとつは曲面やエッジを決めることです。もうひとつは、不自然感を隠すことなのですね」
「不自然感を隠す?」
「ダマす、と言ったほうがいいかもしれませんね」
「なんだか物騒だ…(笑)」
「もしクルマを眺めた時、どこかに不自然だなぁと思う凸起があったとしたら、その内側にボルトや鉄棒があると思っていいですね」
「避けられない何かがあると…」
「誰もが不自然と感じる凸起なんて、私たちだって取り払いたいんですよ。ですが、それがないと困ると技術者達は頑固に譲らない…。しかたなく、それを誤摩化そうとするわけです。
デザインは“自由な”創造の産物かと思っていたのだが、実際には機能品ゆえの“不自由”があるのだと。
「もっとボンネットは低いほうがいいと考えたとします。それがスポーツカーだったりしたら、我々もやはりボンネットを低くしたいんですね。ですが、たとえば機能的に大切なタワーバーが出っ張っている。まいったなぁ…なんてね」
「じゃ、この凸起も?」
そう言って僕は、フロントバンパーの隅で盛り上がった、やはり“不自然な”饅頭サイズの凸起を指差した。
「そうです。これはバンバーの取り付け部の支持点なのです。この裏側に、ボルトの頭があります。それを誤摩化そうとしたらこうなった…」
つまり、デザインは創造の羽を自由に羽ばたかせているのではなく、機能品としての「事情」を抱えているのだ。
「潤沢にコスト投下できれば、もっとなんとかなるものもありますよね」
「金がデザインに影響する?」
「もちろんです」
力強く言い切った。
たとえば、ミニバンのサイドガラスを3枚にするとバランスがいいとする。だが、ガラスは比較的高価な材質である。だから3枚より2枚のほうが利益を考えれば理想的だ。だから2枚にするか…、となる。
コストを顧みなければ、もっとデザインは良くなるという。
ガラスの3次元曲面は生産コストがかさむという。素敵な曲面になるはずなのに、できない…となるわけだ。
「比較的ホンダのクルマはデザインに金をかけてますね。先代のフィットなんて、3枚ガラスにしていた。ところがうちのクルマは…(笑)」
ホンダのデザインが素敵だとはあまり感じたことはないのだが、プロのクレイモデラーの視線からはそう映るらしい。正直に本心を告げるとこうも言って笑った。
「たしかに…。贅沢しても、カッコイイとは限らない(笑)」
「生産効率も無視できないのです。複雑な曲面は、組みつけ工場での作業が大変になります。するとできない…」
プロダクトまで影響を受けるのだ。
「生産工場でドアパネルを運ぶとします。平面の板のようであれば、何枚も重ねて運びやすいですね。だが、それが複雑にうねっているようなドアパネルだと、運ぶだけで効率が悪い。サプライヤーから工場までにトラック1台ですむのに2台になってしまう、ってことでね。それはつまり、金がかかるんです」
なるほど、デザインはコストとのバランスでもあるのだ。
「役員の内見会」がデザイナーにとっての最大の障壁だともいう。
「クルマの生産開始をするには、役員級幹部の承諾が必要なんです。それをクリアするのが大変で大変で…(汗)」
「お偉いさんの承諾?」
「クルマに造詣の深い、センスのある役員のコメントならばありがたくいただきますよ。ですが、中にはそうでない人もいる。金融会社からヘッドハンティングされてきたような人達ですね…。その方達が、あらぬ指摘をしてくるんですよ。このライトはこうしたほうがいいぞ、みたいな…」
完成目前のクルマをお偉いさんが取り囲み、難しい顔しながらチクチクしている光景が想像できた。
「しかもそれが若い女性がターゲットなクルマだったりする。あんな人達に、デザインがわかるワケがないって…(怒)」
苛立ちも想像にかたくない。
「あっ、これ、書かないでください!」
書いてしまいました…(笑)
というわけで、カーデザイナーは、様々な社会人的制約の中でもがいているのである。
そう思うと、仮に日本車のデザインがイマイチだというのなら、それは日本メーカーの組織がデザイン的ではないということになる。なんだかわかるような気がするなぁ…。
ちなみに、デザイン的に優れた日本車メーカーもあるのだけれどね。
マシン開発テストやニュルでは、たしかに「不幸な出来事」を意識するよ。実際に彼の地では、多くのドライバーが命を落としているしね。いつもいつも、「ここで何かあったらヤバいな…」って感じながら走っているよ。
ただ、不思議なことに、精神が100%集中している時には、そんな思いは霧散してしまう。そしてタイムも速い。恐怖を上回る快感があるってことだね。
ほとんど病気!(笑)
そろそろ、気分は「ニュルブルクリンク24時間モード」になりつつある。ワクワクドキドキ、落ち着かない日々である。今年もこのヘルメットで戦えるのか?近日中に朗報をお届けできるかと…。マシンはなんだ?レクサスLFAか?トヨタ86か?アストンマーチンか?乞うご期待!
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【編集部より】
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