レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム ~木下アニキの俺に聞け!~クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


69LAP 日本のデザイナーは大変なのです…PART2      (2012.3.27)

もっと自由に…

前回(68LAP)に続いて「日本のカーデザイナーはオタンコナスなのか?」の続編である。大変意味深い話題ゆえ、興に乗って書き過ぎたのが前号。紙面が尽き、書き漏らしたことがあるので、補足したいのである。

骨子を振り返るとこうだ。

「カーデザインには、様々な制約がある。だから画家が自由に筆を走らせるようにはいかないのだ…」である。
社内外に張り巡らされている安全規定が障害となり筆を鈍らせる。それを含めて「デザイン力」といえばそれまでなのだが、特に社内の規則は六法全書より効力が重いから足枷となる。韓国・現代自動車のデザインが評判良いのは、カーメーカーとしての歴史が浅い分だけ制約が少ないからだろう。歴史が厚みを増す分だけ、経験値や知識が制約を加えていく。だから日本メーカーは不利なのである…という話。(詳細は前号を振り返ってください!
「おお神様、もっと自由を分け与えたまえ…」
カーデザイナーの心の叫び声が聞こえてきそうである。

クレイモデラーの気苦労…

東京オートサロンでの1コマ。ホンダブースでは、クレイモデラーが解説してくれていました。思わず聞き入ってしまいました。(ちなみに、本文と写真は無関係です)
東京オートサロンでの1コマ。ホンダブースでは、クレイモデラーが解説してくれていました。思わず聞き入ってしまいました。(ちなみに、本文と写真は無関係です)

昨年のこと、ある自動車メーカーの「クレイモデラー」と話す機会があった。
「クレイモデラー」は2次元平面の造形を立体造形に昇華させる仕事人をさす。
平面に描かれた「絵」をもとに、立体的な造作物に仕上げていく。いってみれば、カーデザイナーの創造を現実の形に蘇らせるデザイン班といっていい。

拝見させていただいたクレイモデラーのデザインスタジオは、スタジオというより「工房」と呼びたくなるような古風な雰囲気が漂っていた。

中央には巨大な粘土の塊がドンと据え置かれ、その塊に彫刻刀やノミ、コテをあてて削り、またある時は粘土状のクレイを盛りながらクルマの形にしていく。

クレイの中は空洞。木材でできた骨に専用のクレイが盛られているだけだ。ただし、タイヤやホイールは本物。それがなければイメージが湧かないのだろう。

サイズは大小様々。机に乗るような12分の1ほどのサイズから、最終的には原寸大までクレイモデラーの仕事は及ぶ。

デザインの初期画は、すらすらと色エンピツを走らせただけの、まるで自由な想像図である。だがそれが、現実へ向かって変化していく。その最終段階にクレイモデラーの存在があるのだ。

あの凸起にはあんなものが隠されていたのか…?

かたわらには、彫刻刀やカンナやノミが置かれている。焼き釜があれば、陶芸工房か、大工さんの道具置き場かと見紛うことだろう。

取材に応じてくれたクレイモデラーは、優しい笑みを浮かべながら、だが鋭いコメントで実態を教えてくれた。
「我々の仕事には、そんな楽しい夢はありませんよ」
「夢の世界ではない?」
「芸術的な創造とはちょっと違うかもしれませんね」

期待しないでくださいよ、といったような表情を見せた。
「クレイモデラーの重要性はふたつあります。ひとつは曲面やエッジを決めることです。もうひとつは、不自然感を隠すことなのですね」
「不自然感を隠す?」
「ダマす、と言ったほうがいいかもしれませんね」
「なんだか物騒だ…(笑)」
「もしクルマを眺めた時、どこかに不自然だなぁと思う凸起があったとしたら、その内側にボルトや鉄棒があると思っていいですね」
「避けられない何かがあると…」
「誰もが不自然と感じる凸起なんて、私たちだって取り払いたいんですよ。ですが、それがないと困ると技術者達は頑固に譲らない…。しかたなく、それを誤摩化そうとするわけです。

デザインは“自由な”創造の産物かと思っていたのだが、実際には機能品ゆえの“不自由”があるのだと。
「もっとボンネットは低いほうがいいと考えたとします。それがスポーツカーだったりしたら、我々もやはりボンネットを低くしたいんですね。ですが、たとえば機能的に大切なタワーバーが出っ張っている。まいったなぁ…なんてね」
「じゃ、この凸起も?」

そう言って僕は、フロントバンパーの隅で盛り上がった、やはり“不自然な”饅頭サイズの凸起を指差した。
「そうです。これはバンバーの取り付け部の支持点なのです。この裏側に、ボルトの頭があります。それを誤摩化そうとしたらこうなった…」

つまり、デザインは創造の羽を自由に羽ばたかせているのではなく、機能品としての「事情」を抱えているのだ。

デザインは金がかかる…

「潤沢にコスト投下できれば、もっとなんとかなるものもありますよね」
「金がデザインに影響する?」
「もちろんです」

力強く言い切った。

たとえば、ミニバンのサイドガラスを3枚にするとバランスがいいとする。だが、ガラスは比較的高価な材質である。だから3枚より2枚のほうが利益を考えれば理想的だ。だから2枚にするか…、となる。

コストを顧みなければ、もっとデザインは良くなるという。

ガラスの3次元曲面は生産コストがかさむという。素敵な曲面になるはずなのに、できない…となるわけだ。

「比較的ホンダのクルマはデザインに金をかけてますね。先代のフィットなんて、3枚ガラスにしていた。ところがうちのクルマは…(笑)」

ホンダのデザインが素敵だとはあまり感じたことはないのだが、プロのクレイモデラーの視線からはそう映るらしい。正直に本心を告げるとこうも言って笑った。
「たしかに…。贅沢しても、カッコイイとは限らない(笑)」
「生産効率も無視できないのです。複雑な曲面は、組みつけ工場での作業が大変になります。するとできない…」

プロダクトまで影響を受けるのだ。
「生産工場でドアパネルを運ぶとします。平面の板のようであれば、何枚も重ねて運びやすいですね。だが、それが複雑にうねっているようなドアパネルだと、運ぶだけで効率が悪い。サプライヤーから工場までにトラック1台ですむのに2台になってしまう、ってことでね。それはつまり、金がかかるんです」

なるほど、デザインはコストとのバランスでもあるのだ。

最大の壁は、役員の評価…?

「役員の内見会」がデザイナーにとっての最大の障壁だともいう。
「クルマの生産開始をするには、役員級幹部の承諾が必要なんです。それをクリアするのが大変で大変で…(汗)」
「お偉いさんの承諾?」
「クルマに造詣の深い、センスのある役員のコメントならばありがたくいただきますよ。ですが、中にはそうでない人もいる。金融会社からヘッドハンティングされてきたような人達ですね…。その方達が、あらぬ指摘をしてくるんですよ。このライトはこうしたほうがいいぞ、みたいな…」

完成目前のクルマをお偉いさんが取り囲み、難しい顔しながらチクチクしている光景が想像できた。
「しかもそれが若い女性がターゲットなクルマだったりする。あんな人達に、デザインがわかるワケがないって…(怒)」

苛立ちも想像にかたくない。
「あっ、これ、書かないでください!」

書いてしまいました…(笑)

というわけで、カーデザイナーは、様々な社会人的制約の中でもがいているのである。

そう思うと、仮に日本車のデザインがイマイチだというのなら、それは日本メーカーの組織がデザイン的ではないということになる。なんだかわかるような気がするなぁ…。

ちなみに、デザイン的に優れた日本車メーカーもあるのだけれどね。

木下アニキの俺に聞け 頂いたコメントは、すべて目を通しています!するどい質問もあって、キノシタも大満足です!言っちゃダメなことなど。オフレコで答えちゃいますよ!
ニックネーム「ハマーン」さんからの質問
レーサーは車の限界を極限まで引き出して想像を絶するスピードでサーキット(特にニュル)を走らせますが、下手をすれば死ぬかもしれない恐怖とどうやって戦っているんですか?

マシン開発テストやニュルでは、たしかに「不幸な出来事」を意識するよ。実際に彼の地では、多くのドライバーが命を落としているしね。いつもいつも、「ここで何かあったらヤバいな…」って感じながら走っているよ。

ただ、不思議なことに、精神が100%集中している時には、そんな思いは霧散してしまう。そしてタイムも速い。恐怖を上回る快感があるってことだね。
ほとんど病気!(笑)

キノシタの近況

 そろそろ、気分は「ニュルブルクリンク24時間モード」になりつつある。ワクワクドキドキ、落ち着かない日々である。今年もこのヘルメットで戦えるのか?近日中に朗報をお届けできるかと…。マシンはなんだ?レクサスLFAか?トヨタ86か?アストンマーチンか?乞うご期待!
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。