「残すは9回の裏のみ、1点を追う○○ドラゴンズの攻撃は2アウト満塁です!解説の◎◎さん、どうなるんでしょうか?」
興奮を抑えきれないアナウンサーの声が、茶の間に響いた。
「バッターは4番の△△ですからねぇ…。大きなチャンスですよ。彼のシーズン打率は2割2分と低迷しています。ただし、得点圏打率は3割2分に達します。8月の打率はさらに良く3割7分、7月の打率は3割2分でした。9月の打率は3割3分です。さらに遡ると…」
「ということは、ヒットの確率が高いというわけですね?」
「ただし、▲▲投手との打率は2割1分です。特に外角低めのスライダーに対しては、23打席で1本しか打ってません。本日は130球のうち74球がアウトコースであり、そのうちの2割がスライダー、そのうちの5割が低めであり、そのうちの2割が…」
解説を補足するように、数々の情報が数字となって画面下に表示される。
ちょっとだけ誇張してみたが、膨大なデータを駆使した実況中継は、プロ野球のテレビ放送では聞き慣れたやりとりである。プレーそのものを楽しむというより、データ分析を主眼としているかのようだ。
スポーツがデータ化の時代を迎えて久しい。スポーツそのものを人間の感覚に迫るのではなく、豊富なデータとそのデータの解析によって組み立てられる。観戦する上でも同様で、データから導いた予測が主体なのだ。
新聞のスポーツ欄には、数字を羅列した図やグラフが目につく。精通したスポーツファンには、データ紹介は頼もしい情報となる。ただ漫然と観戦するよりも、データそのものがゲームそのものを生き生きと浮き立たせる。
データはゲームの進行や予測だけでなく、プレーヤーの感情さえも、如実に伝えてくれる。
冒頭の実況解説を耳にして、茶の間は解説者のオンパレードだ。
「△△があと1本打ちぁ、ホームラン王のトップに立つんだ。てぇことは、奴は必ず一発を狙ってくるに違いねぇ」
「そうは問屋が卸すまい。▲▲は得意のスライダーで勝負するに決まってらぁ。そいつに泳がされるって寸法だ」
「いや、▲▲はスライダーは投げねぇ。インコース直球で勝負してくるに違いねぇ。
1992年の5月4日の2回、カウント2-3の時でさえそうだった。たしかありゃ東京ドームだったはずだ。」
酒でも進んでいれば、話は大盛り上がりだ。
そこに解説者がデータを添える。
「▲▲は昨年の6月18日の三連戦の7回ツーアウトで△△と対戦していますが、1ボール2ストライクと追い込んでから直球を2度続けています。その時のスピードは137キロであり…」
「ほらみろ、去年も直球だったんだぜ!」
「いや、スライダーの打率は低いんだべ!」
「バカいえ…」
「なんだと?(怒)」
酔った解説者がふたりもいたのでは、結論が出るはずもない。茶の間は修羅場と化すのである。
データは無機質である。ただ、スポーツ観戦を無味乾燥なものにしているかといえば、答えは否だ。
「実は先月に母親を亡くし、ドラフトでは1位指名で手にした1億5000万円の契約金の中から家をプレゼントしたんですよ…」
ヒューマンなデータならば、プレーはいっそう体温が宿るものとなる。涙さえ誘う。
一見、無機質なデータという情報は、雄弁にそのプレーヤーの人生を語るのだ。感情移入さえ容易だ。スポーツそのものを色鮮やかに演出するのだ。
現代スポーツは、自らをプレーヤーに置き換えるのではなく、「国民皆解説者」といったスタイルを整えつつあるといっていいだろう。
僕の知人で、モータースポーツのデータ解析をこのうえない喜びとする人がいる。
自動車専門誌カートップを総括する立場の方なのだが、根っからのモータースポーツ酔狂者であり、モータースポーツの洞察力は鋭い。ドライバーのスキルや将来性を見抜く力も長けており、多くの有力チームが相談に訪れるほどの人物。日々、モータースポーツのデータ解析に明け暮れる。
名前を明かしてしまおう。鈴木俊治さんといいます。実は、日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員長の要職につかれている方なのだ。
この方、失礼を承知で言えば、もし病院で精密検査を受けたのなら間違いなく「病気」と診断されるに違いない超クルマ偏執狂なのである。特にモータースポーツへのこだわりは尋常ではない。専業のモータースポーツ評論家さえ舌を巻く次元にある。
実はキノシタのライフワークである「ニュルブルクリンク24時間詣」にも適切なアドバイスをしてくださる。
ただ、今年は現地にいらしていただくことが出来ず、残念ながら日本での観戦となった。
といっても、ただ漫然とレース後に配信されるリザルトを待つような楽はしない。
GAZOO Racingがリアルタイムで配信し続けた「実況報道」を、物の見事に24時間、不眠で観戦し続けた。
自宅のPCモニターには、主催者配信のリアルタイムリザルトが表示されているらしい。一方のモニターには天気予報情報も表示させていたというから、ほとんど現地で采配を振るう監督のようである。
決勝レースの真っ只中だったキノシタの携帯にも、逐一情報の催促メールが届く。
「いま履いているタイヤはなんだ?」
「ハード系ですよ!」
「あと20分ほどで路面温度が18℃まで低下するから、ソフト系タイヤのウォーマー準備をしたほうがいいぞ」
レース戦略を指揮するトラックエンジニアもまっ青である。
「1分20秒後ろにアウディR8迫っているけど、あっちはソフトタイヤだから慌てるな」
「ポルシェは7周ごとに給油ピットインをしているから、こっちの方が2回少ないはずだ。だからこのペースで問題はないぞ」
まるで現地で采配を振るっているかのようである。まさかピットのどこかにいるのかと思って、おもわず振り返ったけど、誰もいなかった。
GAZOO Racingが配信したGPS情報は、コース上のどこを走っているかがリアルタイムで知ることが出来る。それが大層重宝したという。
実は鈴木俊治さんのレースは、レース開催ひと月前ほどから始まっている。
主催者がエントリーリストを発表した時からすでに、レース分析が始まっているのだ。写真で紹介するのが、その分析書の一部である。
各クラスの台数。車名。メーカーごとの参戦シェア。予想ラップタイム。予想完走率…。あらゆる角度からの分析が行き届いている。
この分析書類を見ながらネット観戦している様子を想像すると頭が下がる。ドイツと日本という、距離にしたら6000kmも離れた彼の地から見守ってくれているのだ。
そして的確なアドバイスが届く。史上最強の「プロのレース偏執狂」を命名したい。
昨今のスポーツは、データ化の傾向が強い。モータースポーツ人としては現地に足を運んで、リアルなサウンドや匂いや空気といった五感の刺激に浸ってほしいと思うものの、データ時代がもたらした新しい観戦の仕方も新鮮に映る。
人それぞれ、現地で生の臨場感を味わってほしいとは思うが、それがままならないならば、データ分析するのも楽しいだろう。
頻繁に海外レースに出場すると、たしかに時差ぼけのことは気になるよね。たとえばドイツでは8時間の時差がある。日本で昼の12時が、現地ではまだ深夜。頭ヘロヘロだよね。現地時間に慣れるのに、3日ほどかかるしね。
24時間レースの時は、レース開催日のおよそ5日前から現地入り。4時間耐久のVLNだと2日前。つまり、24時間レースでは万全の体制で挑めるけれど、VLNですとまだ時差ボケ状態なのだよ。レースで転戦しているドライバーは、概ねこんなスケジュールのようなんだ。
野生児キノシタの時差ボケ対策は、ともかく現地時間に合わせること。野生のごとく、体がしたいように行動するのがいいと思う。無理に起床することも、早めに消灯することもしない。あまり早いと眠れない?だったら酒を呑めばいい。本能の赴くままの行動パターンに徹しているんだよ。そのパターンでOK。時差ボケは解消できないけれど、意外と疲労は蓄積されないよ。
この夏にビッグマイナーチェンジが施された新型レクサスLSに試乗するために、遥々米国シリコンバレーに向かった。サンフランシスコから自動車でわずか30分ほどのそこはITの総本山。Googleがどかんと本社を構える。名門スタンフォード大学もここだ。
IT長者を夢見る学生が、キャンパス前の喫茶店でシステムを組み立てているらしいけど、なぜか携帯は圏外でした。ITとの違和感に笑ったのでした…。
ところで新型レクサスLS、なかなか骨太の走り味であり、アイキャッチのスピンドルグリルに相応しい完成度でしたよ。
www.cardome.com/keys/
【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
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