レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム ~木下アニキの俺に聞け!~クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


81LAP その目に刻んでおく必要のあるもの…      (2012.9.25)

クラシックバレエも観るのですよ…

熊川哲也。凛としたこの姿勢のまま、数メートル、数秒ほど浮遊してみせる。およそ人間技ではない。何かが乗り移っているんだろうなぁ、たぶん。
熊川哲也。凛としたこの姿勢のまま、数メートル、数秒ほど浮遊してみせる。およそ人間技ではない。何かが乗り移っているんだろうなぁ、たぶん。

実はこう見えてキノシタは、育ちがいいわけでもセレブでもないのに、意外な趣味があるのである。年に2度ほどという頻度なのだが、ちょっと気取ってジャケットなどを羽織って、バレエ鑑賞にいくのである。そう、たいそう高尚なご趣味をお持ちでいらっしゃられあそばされり♪△♯?ます……のである。慣れない言葉を使うとこういうことになる。

先日、Kバレエカンパニー制作の「Summer 2012 Triple Bill」を堪能した。芸術監督は熊川哲也。もちろん熊川哲也が主役を演じた。

まさか知らない人はいないとは思うけれど、Kバレエカンパニーとは熊川哲也が主催するバレエ団である。念のために紹介すると、熊川哲也は自他ともに認める日本の、いや世界レベルのトップダンサーであり、今でもバリバリに現役で活躍する。

生まれは1972年3月5日。10歳でバレエを始め、早くも15歳で英国ロイヤルバレエ学校に留学。1989年には、将来のトップダンサーを発掘するローザンヌ国際バレエコンクールで、日本人初の金賞を受賞。

この金賞の意味合いは実に重大で、たとえていうならば、高校一年生が甲子園でノーヒットノーランを記録したような快挙だ。それ以来、世界のトップ街道をひた走るのだ。

たいそう、高尚なご趣味をお持ちでいらっしゃられあそばされり♪△♯?れるキノシタが、Kバレエカンパニー制作の公演を観るのはこれが初めてではない。公演と名のつくものにはなんでも顔を突っ込む性分ゆえ、ロックコンサートから歌舞伎、マジックショーから幼稚園のお遊戯までなんでも観る。河川敷の草野球で涙を流すこともある。

そんな数々のご趣味の中でも特に欠かせないのは熊川哲也の演目であり、少なくとも、定期的に劇場に足を運ばないと禁断症状に陥るほどなのだ。

自らバレエを習っていたわけではもちろんない。踊りの経験は、幼稚園の時に「チビクロサンボ」の主役を務めただけである。そのキャスティングさえも、ただ単に肌の色が黒かったからにほかならず、つまりは、バレエ鑑賞は習慣にはなっているものの、実のところなんにもわかっちゃいないのだ。

「ほほ~、グラン・パ・ドゥ・ドゥだね」

だなんて訳知り顔でうなずいたりはしているのだが、ストーリー展開は曖昧のままだ。隣の人が「ふむ~」と唸るのにあわせて、こっちも「なるほどぉ~」と腕組みしたりする。

それでも「ブラボー」だなんて似合わぬ声援を送ったりする。それはたいがい、ダンサーが大技を披露した時であり、芸術的視点ではなく、技の派手さに目がいく。そのあたりがバレエ素人のキノシタの興奮のツボなのである。

ニュートンの万有引力の法則、あれは誤説です?

Kバレエカンパニー制作の「Summer 2012 Triple Bill」のパンフレット。何度も読み返してみた。ストーリー展開を理解するとまた、観劇としての楽しみも増える。
Kバレエカンパニー制作の「Summer 2012 Triple Bill」のパンフレット。何度も読み返してみた。ストーリー展開を理解するとまた、観劇としての楽しみも増える。

事務所の机には、こんなオブジェが立っている。表情は少々キュートだから、バレエとはちょっと違うような気がするが、チュチュが可愛い。ってほどキノシタはバレエも好きなのである。
事務所の机には、こんなオブジェが立っている。表情は少々キュートだから、バレエとはちょっと違うような気がするが、チュチュが可愛い。ってほどキノシタはバレエも好きなのである。

実際に観ると、その技たるや腰を抜かすほど美しい。熊川哲也がフィナーレに向かい、ステージ上で華やかな演技を始めると、開いた口が乾くのも気づかずに見とれてしまう。

ステージ中央で観客の視線を一点に集める。足を指の先までピンと伸ばし、瞬間的に静止するやいなや、もう一本の足を振り子にしてクルクルとジャンプしながら回転する「ザンデール」は、まるで高回転で回るコマのように軸がぶれない。そればかりか高さがある。

両手と両足を羽ばたく翼のように大きく開き、背面で回転しながら「グラン・ジュッテ・アン・トゥールナン」を決めると、場内は興奮を超え、むしろ息をのむように静かになる。ステージ上に大きな輪を描き終えるあたりでようやく観客は我に返り、あわてて拍手を始めるといった雰囲気である。

優雅な浮遊と躍動感ある飛距離、そして高さはあきらかに別格である。空中を優雅に歩いているようであり、あるいは浮遊しているかのようである。

見えないピアノ線で釣られているのではないかと疑いたくなる。もしそうでないのなら、「地上において質量をもつ物体は地球に引き寄せられる」という万有引力の法則は、ウソなのだと思う。ニュートンは熊川哲也の「グラン・ジュッテ・アン・トゥールナン」をどう説明するのだろうか。

熊川哲也の演技は、芸術としてのバレエだけではなく、人体の不思議として観るだけでも価値があると思う。

そんな熊川哲也も、今年で40歳になった。少々酷な話かもしれないが、もしニュートンが正しいのであれば、あの「高いグラン・ジュッテ・アン・トゥールナン」を未来永劫、ずっと観られるかといえば答えは否となる。芸術性はこれからさらに磨きがかかるはずだが、高さや飛距離といった身体的能力に依存する部分での衰えはいずれやってくる。(熊川哲也に限ってはないかもしれないが…)

観るなら、早いほうがいいだろう。将来、映像として彼の演目を観るよりも、いまその目に、彼の飛翔能力を焼きつけておくことを勧める。

暴れん坊マンちゃん!

 昨年のグッドウッドの時、憧れのN・マンセルと再会した。
再会といっても、「130Rフェンスの外側と内側の関係」
以来だから初対面と言えるわけだが…。
あの走りは凄かったと伝えたのだが、
「ありがとう」と反応はあっさりとしたものだった。
暴れん坊マンちゃんにとっては、さして特別なことではなかったらしい…。
昨年のグッドウッドの時、憧れのN・マンセルと再会した。 再会といっても、「130Rフェンスの外側と内側の関係」 以来だから初対面と言えるわけだが…。 あの走りは凄かったと伝えたのだが、 「ありがとう」と反応はあっさりとしたものだった。 暴れん坊マンちゃんにとっては、さして特別なことではなかったらしい…。

レーシングドライバーとしてこの目に強く刻まれているのは、ナイジェル・マンセルの激走である。初めて鈴鹿で開催されたF1日本グランプリでキノシタはそれを観て、気絶しかかった。

すでにその時代に僕は、全日本F3を戦っていたし、800馬力のグループCカーだって乗っていた。だから少々のことでは驚かない体になっていたはずだが、N・マンセルが演じた、あの超高速コーナー「130R」の走りは、鬼神が乗り移ったかのような狂気を含んでおり僕を魅了した。

裏ストレートの脇から草むらをかき分けようやく「130R」の進入ポイント脇に辿り着いた。そこでキノシタは錆びたフェンス越しに、世界最速のマシン達が訪れることを待っていたのだ。

そこにN・マンセルはやってきた。全開でストレートを駆け抜けてきた。当時、最強を誇ったホンダ製1.5リッターターボエンジンは、あきらかに他を圧倒するパワーを秘めており、それを操るN・マンセルを異次元の速度に踏み入れていた。おそらく300km/hオーバーの世界だったはずだ。

僕は風圧を顔に感じながら、シフトダウンの開始を待った。ブレーキングを絡ませて飛び込むはずの130Rだからである。

だが、不思議なことが起こった。いつまでたってもシフトダウンのリズムが聞こえてこない。そう、彼はほとんどノーブレーキで、世界屈指の難所である「130R」に挑んだのである。

もうブレーキングを開始しなければ死ぬぞ。恐怖に身構え、両の目をつぶった僕の脇を彼はかすめ、そして微妙なアクセルワークが奏でるサウンドだけを耳に残し、走り去ったのである。

そのシーンを観ただけでも、サーキットにやってきた価値があると思った。レースの結果などどうでも良かった。それが証拠に、そのレースのリザルトはまったく覚えていない。誰が勝ったのかも、N・マンセルが勝ったのかすらも、記憶にないのだ。

それが僕の中では最頂点に達していたN・マンセルの走りだったと思う。

アスリートである以上、いずれ身体的能力の衰えがくる。

今観ておいた方が良いものが、ある。

宣伝のようですが…

「熊川哲也Kバレエカンパニー Autumn Tour 2012 『ドン・キホーテ』」が10月6日から東京文化会館大ホールで始まる。10月19日からはBunkamuraオーチャード開催だ。

『ドン・キホーテ』は、キノシタが思う、もっとも熊川哲也らしさが堪能できる演目である。「ザンデール」にはニュートンでなくとも腰を抜かすに違いない。

木下アニキの俺に聞け 頂いたコメントは、すべて目を通しています!するどい質問もあって、キノシタも大満足です!言っちゃダメなことなど。オフレコで答えちゃいますよ!
ニックネーム「ウチリン」さんからの質問
木下アニキこんにちは!
僕は、スポーツカーに凄く興味があります。
いつかはサーキットで走らせたい!と思っているのですが、ふと疑問に思ったのですが、リアについているウィングはサーキットなどで、何キロくらい出せば発揮できるんですか?

うむ~難しい質問だねぇ。技術的に言うならば、動き出した瞬間から効いている。だけど感覚的には、そうだなぁ…100km/hあたりから作用するんだろうね。空気抵抗は速度の二乗に比例するんだ。

いつも装着していると感覚的には麻痺してしまう。効いているんだかいないんだか、わからない。だけど、角度を調整したり、はずせば違いは歴然。強烈なアンダーステアだったクルマが、はずした途端、いきなりスピンすることもあるほどなんだ。

雨の日だともっとわかりやすい。テールがむずむずしたら、ウィングを装着する、あるいは角度を調整すると、ぐっと落ち着くはずだよ。

キノシタの近況

 今年のニュル24時間で同室(同じピットガレージ)だったマクラーレンMP4-12C。意外なほど乗りやすいマシンだったのは驚き。フェラーリともランボルギーニとも、もちろんメルセデスとも違う味わいでした。強いて言うならば、レクサスLFA風の優しさなんです。ピット同室だったのは偶然ではなく、盗まれた?
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
本コラムの内容に関することはもちろんですが、クルマ・モータースポーツ・カーライフ…等のクルマ情報全般で木下アニキに聞いてみたいことを大募集いたします。“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。