キノシタは意外に器用なのである。
こういった運転手稼業を続けていると、いろんな仕事が舞い込んでくる。試乗インプレッション記事の依頼、テレビ番組の出演、カースタントまがいのカーショーイベントの出演だったりと、バラエティ豊かなのである。我ながら、なんでもうまいことこなすもんだなぁ~…、と自画自讃。気がつくと、サーキット仕事よりも生活の比重が増えていたりするから嬉しいやら寂しいやら…。
そんなだから、CF撮影の仕事も少なくない。劇車に乗って、カメラ前を走り去ったこと数知れずなのである。
するとこんなクルマに出会える。動画撮影専用の「ムービーカー」である。正式名称はわからないけれど、日本語で言えば、「撮影車」となるのだろう。
先日、ロサンゼルス近郊で見掛けた、テレビだかCFだかの収録とおぼしき現場には、メルセデスMを改造したムービーカーがきていた。
ムービーカーの最大の特徴は、つや消し黒の偽装が施されていることだ。
理由は単純明快である。自らが被写体に映り込まないように、である。
たとえば、クルマのCF撮影をするとする。ムービーカーは、被写体を追いかけながら、時には並走したり回り込んだりしながら撮影をする。美しく描こうとする被写体のボディに、黒子の存在である無骨なムービーカーがギラギラと映り込むわけにはいかないのだ。
ボディをマットブラックに塗装するのは基本中の基本。それだけでなく、ホイールも黒のつや消し、ライトも黒い布で覆われている。キラリと反射する素材は徹底的に削がれているのだ。
伝統のスリーポインテッドスターも、哀れなマットブラックである。
ちなみに、撮影スタッフの服装もオールブラックが基本。これが迷彩色だったらほとんど自衛隊気分なのだが、クルマも黒、スタッフも黒づくし。撮影現場は、物々しい雰囲気になる。それは固有の事情があるのだ。
よくよく観察の目を研ぎすますと、プロ仕様ならではの改造がそこかしこに確認できる。
フロントの牽引フックは何かを固定したりするためのもの…だと思って聞いたら、被写体のクルマに連結させて走るんだと!距離を等間隔に保つためにそうするらしい。なるほどね。
ボンネットやトランクに貼られたアルミ板はもちろん、足場として使うからである。メルセデスだって容赦ない。よじ登っちゃうのである。
ドアノブにはアルミ板と丈夫そうなフックが括り付けられていた。
「なにゆえ?」って聞いたら、「いろいろ」って答えられた。ともかく細工だけをしておけば、カメラを吊り下げたり、カメラマンが箱乗りしたりと融通が利くというわけである。
このムービーカーは、ムービーカーとして最上級クラスだという。日本には存在していないらしい。さすがハリウッドの国である。
どこが最上級かといえば、ルーフにドカンと括り付けられたクレーンが特徴だと言う。室内のスティックを操作すれば、パワーショベルのようなそれは、全域360度に展開可能だ。もちろん上下にも稼動するわけだし、ビヨ~~ンと伸びたりもする。
その先端には、手首のようにクネクネとする関節アームがあり、さらに突端にあるカメラが被写体を狙うのだ。
これまで僕が出会ったムービーカーは、アメ車系の4ドアピックアップトラックベースがほとんどだった。
なぜかって?
撮影機材を満載するからエンジントルクが必要。
時には櫓のような骨組みで加工するから、骨格が骨太であれば好ましい。
荷台にカメラを括り付けやすい。
大勢の撮影班が乗り込むから、定員4名は必須。
という条件を満たすのがアメ車大排気量系ピックアップというわけだ。
だがこれはメルセデスMクラス。荷台がないかわりに、天井にクレーンの支柱を括りつけている。すると、荷台括り付け仕様では困難な「360度」展開が容易に可能となった。最上級クラスといわれ重宝がられる理由はそれなのだ。
「ルーフに補強でも?」って聞いたら、「いや、してないよ。クレーンはカーボンとアルミで造られているから見た目よりも軽いんだよ。メルセデスは丈夫だしね…」とウインクされた。
そんなはずはないだろ!ってことで、室内に顔を突っ込んで天井を覗いてみたのだが、補強の形跡はなかった。これマジ凄い。
室内もプロ仕様である。前席後席問わず、夥しい数のTVモニターが備え付けられていた。
クルーは4名。それぞれがモニターを睨みながら、撮影をするという。
「ドライバーは運転に専念する?」
「いや、前50%、モニター50%」
映像を見ながら走らせるのだという。こりゃ、カースタント以上の芸当である。
さらにリアの荷室も、小さなシートが設置されていた。そこに乗り込んだカメラマンが、リアゲートから撮影する時用らしい。あらゆるリクエストに対応するのである。
実際に撮影現場に立ち合う幸運を得た。その印象からすると、ドライバーとカメラマン、もちろん被写体となる劇車とのコンビネーションは抜群だった。
走り込んでくる劇車に向かってフル加速。そこに劇車が高速で駆け込んでくる。その鼻先をかすめた瞬間、被写体がクレーンをくぐる。するとルーフのクレーンが、まるでヘリコプターのプロペラのように高速で回転、疾走する被写体を追いかけたのだ。
その一連の流れの中で、常にカメラは被写体を捕捉しつづけている。まるでそれはスナイパーがターゲットを逃さずに狙いつづけているように冷徹であり、大海原でビッグファイトに挑むフィッシングクルーのように鮮やかな感覚がした。
はっきりいって、首ったけである。
CF撮影の劇車ドライブは、それはそれで楽しい仕事だが、それをモニターに刈り取ろうとするムービーカーに惹かれたのである。
「AB型フェートン」は1936年に登場した4ドアオープンモデルだよね。
トヨタ博物館で観たことがあるよ。クリーム色で、ボンネットスタイルの風格のあるスタイルが印象的だ。
そもそもフェートンとは、馬車のようなボディスタイルのことだ。だから基本はオープンカーなのだ。あまりに伝統的なネーミングだから、多くのメーカーが自社のクルマにあててきた。
スタイルだけで言えば、クライスラーPTクルーザーや光岡自動車のビュートが似ている。つまり、あえてクラッシックカー風のスタイルにモディファイするとフェートンに行き着くというわけだ。
フェートンのようなクルマを転がしたいという気持ちはある。だけど、なかなか現実は難しい。そもそもタマがないし、維持にも苦労が重なるからね。将来、事情が許すのならば、こんな世界に足を踏み入れたいという気持ちはあるけれど、いまのところ、夢として大切にしまっておくことにするよ。
【編集部より】
木下アニキに聞きたいことを大募集いたします。
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