レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム クルマ・スキ・トモニ

人とクルマの、ともすれば手の平から溢れてしまいそうな素敵な思いを、丁寧にすくい取りながら綴っていくつもりです。人とクルマは、いつまでも素敵な関係でありたい。そんなGAZOOが抱く熱く溢れる思いが伝わりますように…。
レーシングドライバー 木下隆之氏


このところ、若い連中を鍛えることに躍起になってましたよね。先のこと、考えてたんですね。僕はいつまでも走ってられないのだからと言って、いつも人材育成という言葉を口にしていました。何かを感じていたんでしょうか?でも、もうちょっと待ってくれても良かったんじゃないですか?

だいたい、カッコつけすぎですよ。
 トヨタのトップガンだなんて異名をとって、ニュルマイスターと崇められて、数々の魅力的な作品を世に送り出した。
最後は、レクサスLFAを鍛え込んだ。
ドライバーとして素晴らしい功績を残した。
そして、自らが鍛え込んだマシンで、そのテスト中に逝った。成瀬さんのホームグラウンドであるニュルで。
 しかもその日は、豊田章男社長就任のちょうど1年後です。カッコ良すぎますよ。

若手を率いて、指揮をとる成瀬さん

いつもいつも「若い連中を育てたい、クルマを鍛えたい」のだと言い、だけどそのためには成瀬さんがヒーローになる必要があるんですよと迫ると「伝説」になるのはクルマだけでいいんだよって、照れ笑いをしましたよね?
 だけど、「ニュルの歓喜」からほぼ1ヶ月後に「ニュルの悲劇」となって、最期はしっかりと成瀬さんが「ニュルの伝説」になっちゃうじゃないですか?

なんで僕に今、こんな追悼文を書かせるんですか?
 成瀬さんが頑固で負けず嫌いですぐはぜるし、でも気のおけない仲間とワイワイするのが大好きで、不器用で、正直者で、驚くほど体力があって、言動には歯に衣を着せないから敵がすごく多くて、でも言葉には愛情がこもっているからその数百倍人望があって、若い連中に慕われていて、運転していれば機嫌が良くて、そしてなによりもトヨタを愛してるという話だったらいくらでも文字にできるのに、なんで最後にこんな追悼の言葉を書かせるんですか?

僕が今、どこにいるかわかりますか?
 2010年6月30日の夕方、イギリス行きJAL401便の機内です。
 なんのためだか、わかりますよね?
 グッドウッドのあの晴れ舞台で、レクサスLFA50号車とGRMNスポーツハイブリッドコンセプトを走らせるためですよ。
 本来は成瀬さんと一緒に走らせる予定だったんですよ。
 だというのに僕は、成瀬さんの遺作をひとりでドライブさせるために、イギリスに向かわなければならない。

イギリス「グッドウッド」に向かっています

昨晩、通夜に参列してきました。僕にとっての最後のお別れになってしまいました。成瀬さん、祭壇で笑顔でいた。ほんとうはもっと頑固そうな顔なんだけど、遺影で浮かべる表情は爽やかでしたよ。あの写真、ご家族と一緒にGAZOOのメンバーが選んだんですよね。彼らに泣きながら写真を選ばせるなんて酷ですよ。
 僕も、涙が留めどなく流れ続けています。もう僕は1週間も泣いているというのに、それでもまだ枯れない。

豊田章男社長は僕らにこう言いました。「いっぱいいっぱい泣いてください。いっぱい泣いて、涙が枯れたらまた戻ってきてください」
 いつかまた僕らは集まって、成瀬さんの意志を受け継がなければならない。そのために、戻ってきます。だけど、この涙が枯れる日なんて、いつになるかわからないんです。

今から数時間後に僕は、レクサスLFA50号車のコクピットに座ることになります。成瀬さんが仕上げた最後の作品にですよ。僕は、どんな気持ちで走らせればいいのですか?
 腕には喪章なんかさせられて…。もっとスカッと走らせたかった。
 成瀬さんの弔いのためにも、気持ちよく思う存分走ってこい、だなんて皆が優しく送り出してくれた。でも、そんな気持ちになれるほど僕は大人じゃないんですよ。遠慮なく、僕は泣くつもりです。

日本時間の午後6時12分です。
 今頃ちょうど、告別式が終わった時間ですね。大勢の人が集まったんでしょうね。その会場の祭壇から成瀬さんは微笑んでいる。
 でも僕はそれには参列させてもらえず、今こうして機内でキーボードを叩かなければならない。
 今、高度3500フィートの上空を飛行しています。どんどんと日本から遠ざかっているんです。せめてもの救いは、天国に逝った成瀬さんに、すこしは近いことだけでしょうか…。
 照明の落とされた機内は、ひとり泣きつづけるにちょうど良すぎます…。

成瀬さん、ありがとうございます。
 これまでのこと、すべて感謝しています。ご冥福をお祈りします。
木下隆之 ※本原稿は、6月30日に寄稿していただいたものです。

7月1~4日に開催された英国グッドウッドフェスティバルにて成瀬さんの思いが詰まったレクサスLFA50号車が疾走
グッドウッドフェスティバルで、成瀬さんが開発に心血を注いだGRMNスポーツハイブリッドコンセプトをお披露目

グッドウッドフェスティバル2010

前のページへ1|2

キノシタの近況

いま僕は、イギリスに向かっています。グッドウッドフェスティバルに参加するためです。英国の貴族であるマーチ卿が主催のイベントであり、古今東西新旧のマシンとドライバーが集結するんです。そうとうに華やかな舞台なんですね。ドライバー冥利に尽きます。そこでレクサスLFAを走らせてきます。その報告は次回…。
www.cardome.com/keys/

【編集部より】
本コラムについてのみなさまからの声をお聞かせください。
“ジミーブログ”にてみなさまのご意見、ご感想をコメント欄にご自由に書き込みください。 また、今まで寄せられたご意見もご覧ください!