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SUPER GT 2015年 第5戦 鈴鹿1000km エンジニアレポート

ピット前に並ぶ6台のLEXUS RC F

状況の変化に負けない扱いやすいエンジン
それが難しい状況でLEXUS RC Fが1-2フィニッシュできた理由
トヨタテクノクラフト株式会社
TRDモータースポーツ開発室・エンジングループ 佐々木孝博エンジニア

2015年シーズンも中盤を迎えたSUPER GT。第5戦となった「第44回インターナショナル鈴鹿1000km」は、例年のような猛暑・酷暑のコンディションとはなりませんでした。しかも、スタート時は完全なウェットコンディションで、そこから路面は乾いていき、でも時折小雨がぱらつくなど、非常に難しい状況となりました。このようにタフな展開となったレースを制したのは、昨年に続き36号車、PETRONAS TOM'S RC Fでした。2位には38号車のZENT CERUMO RC Fが2戦連続で2位と、LEXUS GAZOO Racing勢の活躍が目立つ結果となりました。この第5戦鈴鹿をTRD(TOYOTA RACING DEVELOPMENT)の佐々木孝博エンジニアに振り返っていただきました。

1-2フィニッシュだったが、圧勝とは思わない
荒れた展開で、クルマ以外の要因も勝負を分けた

TRDモータースポーツ開発室・エンジングループ 佐々木孝博エンジニア
TRDモータースポーツ開発室・エンジングループ
佐々木孝博エンジニア
 今年もLEXUS RC Fに熱いご声援をいただき、ありがとうございます。シリーズ第5戦となった今回の鈴鹿1000kmでは、前回から投入している今季2基目のエンジンが、我々が目指している"扱い易いエンジン"だったことが解り、優勝の喜びも倍増しました。この鈴鹿1000kmを、主にエンジンに関して開発・チームサポートを行っているTRDの佐々木が、前回に引き続いてご報告させていただきます。

 今回は『圧勝だったね』と言ってくださる方もいましたが、我々としては圧勝とは思っていません。今大会は、レースが荒れました。セーフティカーが2回も入る展開で、天候が不順で路面変化にタイヤが上手く対応できたかどうかということ(クルマやエンジンの性能とは別の要因)も影響しているからです。
 それでも、優勝と2位の36号車、38号車、そして4位に入った19号車(WedsSport ADVAN RC F)が、トラブルもなく、また(チームやドライバーが)ミスすることもなく長丁場のレースを走りきれたことが大きな勝因になった、と思っています。
 昨年は、36号車のLEXUS TEAM PETRONAS TOM'Sが5回ピット/6スティントで1000kmを走りきったことが話題に上がっていましたが、今回も4回ピット/5スティントと5回ピット/6スティント、2つの作戦が考えられました。基本的には燃料流量リストリクターをより絞られているクルマ(※1)は4回ピットインで、リストリクターが通常通りのクルマは5回ピットイン、というのが基本でした。エンジンの燃費とラップタイムの兼ね合いになりますから、この燃費を達成できれば4回のピットインで走りきれますよ、とチームに提案するのです。そうしたらチームは、タイヤとかセットアップも含めてミーティングして(4回ピットにするか5回ピットにするかを)決める。そうやって進めてきました。4回ピットで行ける燃費を達成できるかどうかは、ラップタイムだけではなく、エンジンをどのような条件で使うかによっても決まります。具体的にはパワーを絞って(※2)走らないと...。フルパワーで走った場合には、4回ピットで1000kmを走りきるだけの好燃費は達成できません。

※1「燃料流量リストリクターをより絞られているクルマ」 SUPER GTの特徴であるウェイトハンディは、GT500に関してはハンデ重量が50kgを超えると、50kgに相当するハンデを燃料流量リストリクターを1段階絞って対応させます。例えば第5戦の37号車はウェイトハンディ60kgですが、リストリクターを絞り、ハンデ重量自体は10kgだけを積むことになります。
※2「パワーを絞って」 現代のクルマは電子制御であり、これによってエンジンに吹き込む燃料の"濃い"、"普通"、"薄い"も細かく調整できます。当然燃料を濃く出す方がパワーも出ます。一方で燃費を稼ぎたいなら薄くすることを選びます。ただ、燃料噴射が薄くなれば、パワーは相対的に落ちますので、"パワーを絞る"ことになります。

第4戦の反省から1000kmの対策も施す
荒れたレースで評価を得たバージョン2エンジン

「扱い易い」バージョン2のエンジンはドライバーたちからも良いコメントが聞かれている
「扱い易い」バージョン2のエンジンは
ドライバーたちからも良いコメントが聞かれている
 バージョン2のエンジンを投入した前回の富士は悔しい結果に終わりましたが、今回はその第4戦の内容を分析して、手を打つところは手を打ってきました。もちろん、暑くて長いタフなレースとなることが予想されていたので、熱害(※3)への対処も怠りありませんでした。レギュレーションでハードウェアを変更することはできませんが、制御関連などソフトウェアはアップデートが許されているので、その許されている範囲で対策してきました。
 具体的に言うなら1000kmレースは最も暑い時間帯にスタートして、やがてじわじわと温度(気温)が下がっていきます。それだけ条件が変わっていく中でも安定してパワーが出せるように考えました。また雨が降ることも予想されていたので、それも考慮しました。気温と雨、そして路面温度。そうした条件が変わっていっても安定してパワーが出せるように(制御系を)仕上げたのです。
 走行中に、ドライバーが(エンジンの制御系を)調整するスイッチは4つあって、パワーをコントロールするという意味ではそのうち2つ、(ターボチャージャーの)ブースト(※4)をコントロールするスイッチと、燃料と点火(のタイミング)をコントロールするスイッチを調整しながらドライバーは走っています。ちなみにエンジンのマップは8枚用意しています。
 完全なウェットコンディションでスタートして、次第に乾いていくという路面コンディションや、スティントの終盤になってタイヤもグリップダウンしてくる...。そんな、コンディションが目まぐるしく変わっていく状況の中でも、事細かにスイッチを切り替えることなく、速いスピードで安定して走ることができた、とドライバーからコメントをもらい、バージョン2のエンジンで目指していた"扱い易いエンジン"ができた、と思いました。

※3「熱害」 内燃機関のエンジンがパワーを得るには、燃焼という過程が必要で、そこには当然少なくない"熱"が発生します。このため、市販車でも冷却は大事な機能です。これが十分でないとエンジン自体が熱によるダメージを受け、"熱害"や"熱ダレ"と呼ばれるパワーの低下やレスポンスの悪化が起こり、最後にはエンジンが壊れます。
※4「ブースト」 GT500車両では、小排気量エンジンでも見ごたえのあるレースができるよう、ターボチャージャー(ターボ)という過給器が装着されています。ターボは排気量以上の混合気(空気と燃料を混ぜた物)を押し込む仕組み(過給)をするのですが、その際の押し込む圧力を過給圧、ブーストと呼びます。ブースとが高くなるほど、パワーが増えると共に燃料消費量が増え、低くなればパワーは減りますが燃料消費量が少なくなります。

信頼性ではいくつかの課題も発生
次戦に向けてしっかりと対策を講じたい

6号車と39号車にはトラブルが発生。レギュレーションで許される範囲で、次戦までに分析・対策を行う
6号車と39号車にはトラブルが発生。
レギュレーションで許される範囲で、次戦までに分析・対策を行う
 信頼性に関しては、課題もありました。6号車(ENEOS SUSTINA RC F)は駆動系のトラブルでリタイア。39号車(DENSO KOBELCO SARD RC F)はエンジンのセンサー(※5)にトラブルが発生していました。これらはエンジンを担当する私たちには、看過できないものです。分析はこれからで、それが雨によるものなのか、熱害によるものなのか、はたまた振動が原因なのかは現時点では解りませんが、次回の第6戦スポーツランドSUGO(9月20日決勝)までに対策を、もちろんレギュレーションで許される範囲ですが、しっかりしなければ、と思っています。
 2015年シーズンの今後ですが。LEXUS GAZOO Racingのクルマもドライバーも乗れており、勢いがあるのは事実だと思います。良いハードウェア、それはエンジンだけでなく上手くセットアップされた車体であったり、コンディションにあったタイヤであったり、そんなハードウェアが揃っている限り、ドライバーは常に上位で争ってくれ、チームも必ず好結果を残してくれます。それは今回の鈴鹿1000kmでも証明された格好になりました。
 それだけに、ドライバーとチームが勝ってシリーズでも上位で戦えるよう、我々としてはハードウェアを、しっかりとした良いものを完璧な状態で用意できるようがんばっていくだけです。鈴鹿1000kmでボーナスポイント(※6)も獲得できたし、残り3戦も良い戦いを展開して、今年はタイトルを奪回したい。そう思っています。ぜひ、皆さんもLEXUS GAZOO Racingの各チーム、ドライバーへのご声援をよろしくお願いします。

※5「エンジンのセンサー」 エンジンを制御するコンピュータは、その時々のエンジンの状況(データ)を取得し、これをプログラムで総合的に判断して、例えば燃料の噴射量などを決定しています。このデータを取得する装置がセンサーで、アクセル開度や回転数から排気温度、振動などのデータを得るよう、かなりの数が配置されています。一方で、センサーが故障や汚れなどで誤作動や停止すると、エンジンが正常に動かなくなることもあり、耐久性や信頼性には注意が払われています。
※6「ボーナスポイント」 SUPER GTでは、各戦の結果でポイントを与え、その合計で年間チャンピオンを決める選手権です。通常の250〜500kmのレースでは、優勝で20ポイント、10位でも1ポイントを得られますが、レース距離が700kmを超える場合は、優勝25ポイント、10位で2ポイントと多くなります。これのポイントの増加分のことを、通称ですが"ボーナスポイント"と呼んでいます。