SUPER GT 2014年 第6戦 鈴鹿1000km
エンジニアレポート
セオリーか? 速さか? 重要決断だったピットイン回数
すべてが作戦通りとなり、期待通りの結果をつかみ獲る
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力
LEXUS Racingの上位入賞チームのレースエンジニアにレースを技術的側面から振り返ってもらうこのシリーズ。SUPER GTの第6戦は、36号車PETRONAS TOM'S RC Fをポール・トゥ・ウインに導いたLEXUS TEAM PETRONAS TOM'Sの東條力エンジニアです。ライバルと違う作戦を採りましたが、その理由とはなんだったのでしょうか?
事前のシミュレーションで速さの5ピットを選択
ピットアウトする36号車 PETRONAS TOM'S RC F
今回、マシンは開幕戦の岡山以来となるハイダウンフォース仕様(※1)です。鈴鹿では6月末に公式テストがあり、また7月にはタイヤメーカーテストがあって、ここでも36号車は走っています。この2回のテストで得たデータを基に持ち込みセット(※2)を決めました。第6戦鈴鹿はレース距離が1000kmと、通常のレースの3倍以上になりますが、だからと言ってクルマのセットが変わるわけではないですね。まったくいつも通りのペースでレースウィークを迎えました。
今回は5回ピットストップ/6スティントでレースを組み立てましたが、1000kmレースでは4回ピットストップの5スティント、というのが本来の戦い方(※3)だと思っています。でも2回のテストで試してみたところ、5スティントだと1スティントの200kmを走りきるのに(毎ピットで燃料を)満タンする必要がある。6スティントで行くとラップタイムが2秒も速くでき、173周のレース全体なら346秒ものマージンが築けます。1回のピットストップで50〜55秒+ピットの出入りの時間を使ったとしても、十分なマージンがあると思い、5回ピットストップの6スティントで戦うことを決めました。
※1:今季のGT500車両の空力パーツのセットはテクニカルコースのハイダウンフォース仕様と高速コース用のローダウンフォース仕様の2種類のみ。コースに併せて、3メーカー全車が揃って切り替える規定になっている。前戦富士のローダウンフォース仕様から、鈴鹿ではハイダウンフォース仕様となった。『ダウンフォース」に関しては第2戦富士の項を参照。
※2:第1戦岡山のエンジニア・レポートを参照
※3:第6戦の1000kmレースでは規定により最低4回のピットインをしなくてはならない。この最低回数で行くのも作戦の一つ。だが、5回にすれば燃料を満タンにする必要がなく車重を軽くでき、燃費も比較的気にせずに済むため、スピードはアップする。一方、ピットインが1回増える分、ピットインのロスタイムが増え、おまけにピットでのミスの可能性も増えるリスクも。どちらが速いかは車両の状況を判断しながらの重要な選択になってくる。スティントとは走行機会のこと。
ブリヂストンタイヤもライフが良く贅沢な使い方ができた
ジェームス・ロシターと東條 力エンジニア
レースウィークを迎えて公式練習が始まったら、ライバルチームの中にはラップタイムが突然遅くなるようなところも少なくなかった。「あぁ、あれはマッピング(※)のテストをしてるんだな」と思いました。それに対してウチは、最初から5回ピットストップで行くと決めていたから余計なテストメニューを組み込む必要はなかった。
タイヤもブリヂストンさんが良いタイヤを用意してくれていて、4回ピットインの5スティントでも走りきれるくらいのライフが確保されていたから、結果的にウチは贅沢な使い方、タレて来る前(※5)に交換することになりました。
ホンダ勢が速くなったのは前回から感じていましたが、今回もやはり速かった。予選が終わった段階で上位陣はすべてライバルと見ていたんですが、いざ決勝がスタートして見るとウチと17号車、2台だけが先を急ぐ格好になった。23号車も次第に離れて行ったし46号車は早々にリタイア、18号車も追い上げに苦心していたようで、これなら今日は(36号車と)17号車とのマッチレースになるな、と。いやぁ、それにしても17号車は速かったですね。スピンして自滅した格好(※6)になりましたが、あのまま最後まで走っていたら、簡単には勝てなかったでしょうね。
※4:エンジンの制御はコンピューターで行っており、アクセルの開度に併せた燃料の噴射量をプログラムで決められる。このプログラムを"マップ"という。普通は燃費重視(リーン)から速度重視(リッチ)の数段階のマップがあり、ピットからの指示でドライバーが切り替える。全車が新型車となり初の1000kmレースのため、各チームが試行錯誤していたと思われる。
※5:レース用タイヤは走行周回さえ持てば良いので、効率よいグリップが発生する状態は限られる(ライフ)。その想定のグリップ力がダウンすることを「タレる」と言う。ただし、路面の温度やドライバーの運転によってもライフは変化し、想定より早く、時には遅くタレることもある。
※6:36号車がピットインした際、その間にマージンを稼ぐべく17号車の塚越広大がペースアップ。そのせいか130Rでコースアウトし、右後部をタイヤバリアにクラッシュ。そのまま1周を走行したが、結局ダメージが大きくリタイアとなった。
ロシターの2スティント連続も最初から折り込み済み
優勝カップを掲げるジェームス・ロシターと中嶋一貴
最後の2スティントをジェームス(ロシター)が続けて走ったことに「驚いた!」という声もありましたが、最初から"これもありかな"くらいには織り込んでいました。レースの展開によって変わってくるとは思っていましたが、最後のピットインが何周目になるか、つまり燃料をどれだけ給油するかによって、ドライバー交替がタイトになることも十分に考えられたから『それだったらジェームスに2スティント続けて走ってもらおう』と。
確か2回目のピットインで一貴(中嶋)からジェームスに交代する時にシートベルトを締めるのに手間取ってタイムロスがありました(※6)。でも、それとジェームスが2スティント連続で走ったことは無関係です。タイムロスがあったのは一貴からジェームスに交代した時で、これは通常のレースではなかったこと。最後のピットインでは交替するにしてもジェームスから一貴だから、これは心配することはないんです(※7)。まぁそれでもリスクがまったくないという訳じゃないですけどね。
それにしても今回は、本当に作戦通りのレースで、期待通りの結果に結びつけることができました。最大のライバルと思っていた23号車は燃費の関係か4回ピットイン/5スティントの正攻法でしたが、タイム的にこちらの方に少しアドバンテージがあました。代わって最大のライバルになった17号車もスピンで自滅。他のライバルもトラブルやアクシデントで後退して行きましたから、結果からすればあっけなく勝てたような気もします。もちろん、こちらがミスしないことやクルマにトラブルが出ないことは必須ですが、今回で最後となる2基目のエンジン(※7)も信頼性は十分で、それも大きな勝因になりました。
※7:2回目のピットインではシートベルトがよじれてしまい、ドライバー交代を補助するメカニックが手間取り、焦って交換済みのドリンクボトルを取り落とすなどし、弱冠のタイムロスがあった。
※8:2回以上のピットインがある第2戦富士(500km)に一貴が欠場しているため、実戦でロシターから一貴に交代する機会がこれまでなかった。通常の300kmレースは、ロシターから一貴の交代のみで、こちらは実戦経験も多くリスクが少ないという判断だ。
※9:GT500クラスの規定では1シーズンで3基のエンジンを使用できる。交換に当たりスペック(基本仕様)の変更、性能向上はできない。このため故障や耐久性を考慮した交換となり、その交換時期は各チームでまちまち。36号車を始めLEXUS Racingの各チームは、開幕から第4戦までに1基、第5戦と第6戦1000kmで2基目、第7戦以降で3基目を使う計画だ。
東條 力(とうじょう つとむ)
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア
1964年生まれ、北海道出身。バイク好きが高じてトヨタの整備学校に。卒業後はディーラーにメカニックとして就職するが、その近所にあったTOM'Sに転職。素養を見いだされてメカニックからエンジニアとなった。現役時代の関谷正徳氏(TOM'SのSUPER GTチーム監督)のグループA車両なども担当し、これまで多くの勝利、タイトル獲得に貢献している。
-
SUPER GT 2014年 エンジニアレポート一覧
- 第1戦 岡山:KeePer TOM'S RC F 37号車 担当エンジニア 小枝正樹
- 第2戦 富士:ZENT CERUMO RC F 1号車 担当エンジニア 村田卓児
- 第3戦 オートポリス:KeePer TOM'S RC F 37号車 担当エンジニア 小枝正樹
- 第4戦 SUGO:ZENT CERUMO RC F 1号車 担当エンジニア 村田卓児
- 第5戦 富士:PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力
- 第6戦 鈴鹿1000km:PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力
- 第7戦 ブリーラム(タイ):PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力
- 第8戦(最終戦)もてぎ:KeePer TOM'S RC F 37号車 担当エンジニア 小枝正樹