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SUPER GT 2014年 第7戦 ブリーラム(タイ)
エンジニアレポート

タイヤ無交換で優勝を飾ったPETRONAS TOM'S RC F 36号車

「勝つにはあれしかなかった」と言うタイヤ無交換
後方に甘んじた予選を総合力で大逆転して連勝を達成
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力

シリーズも大詰めの第7戦は、SUPER GT初開催のタイ大会でした。サーキットも完成したばかりのチャン・インターナショナル・サーキットと、誰にとっても未知のレース。その中で予選は12位と不本意でしたが、決勝ではきっちり計算されたタイヤ無交換作戦を、チーム一丸で成功させ、見事な逆転劇を披露したのは、36号車PETRONAS TOM'S RC Fでした。前戦鈴鹿に続いての連勝を達成したLEXUS TEAM PETRONAS TOM'Sの東條力エンジニアに、新サーキットでの技術的な内幕を明かしてもらいました。

全体的なパフォーマンスが少し足らなかった予選

コースの下見をする中嶋一貴、ジェームス・ロシターと東條 力エンジニア
コースの下見をする中嶋一貴、
ジェームス・ロシターと東條 力エンジニア
 今回のレースは、これが初開催となるブリーラム(※1)が舞台でした。先月竣工したばかりで、当然まだ誰も走っていないサーキットです。コース図は手に入るから、一応チェックはしましたが、正直言って何も分からない状態でしたね(苦笑)。ただ、ハイダウンフォース仕様を持ち込むことは決定していたし(※2)、そのハイダウンフォース仕様を持ち込んだ鈴鹿では成績も良かったので、鈴鹿仕様をそのまま持ち込みました。
 結果的にはまずまず正解だったようで、予選でも、基本的には持ち込みセットのまま走り、決勝でも車高を少しいじった程度。マシンの懐が深いと言うのか、あまり神経質にならなくても大外しすることは少ないですね。
 予選後に「(タイヤ選択を)外したね」といろんな人から言われましたが、それは違うんです。我々チームもそうでしたが、タイヤメーカーさんもデータがなくて困ったはず。たぶんブリヂストンさんも安全策というのか、少しハード目にシフトしたタイヤ(※3)を用意してくれたんだと思います。正直我々にはちょっと硬くて、結果的にパフォーマンスが少し足りなかった。それだけだと思います。
 グリッドで見ると後方にLEXUS Racingの車両が並んだため、メディアでは苦戦を強調されていますが、今回はクルマで言うと、GT-Rが速く、NSX CONCEPT-GTがこれに続き、残念ながらRC Fはその後方でした。でもそれはライバルが"ジョーカー"(※4)を使って速くなったのに対して、我々LEXUS Racing勢はまだ投入していない。だから開幕戦の状態では我々の方が速かったけれども、ライバルの方が(タイムの)上がり代が大きく、それで追い越されてしまった。あとタイヤに関して見れば今回、ミシュランさんとヨコハマさんがパフォーマンスの高いものを持ち込んで、結果的にタイムも速かった。そう考えればグリッド(予選12位)はこんなもの、ということになります。でもそれはあくまでも予選のタイムで見た場合ですね。

※1:タイの首都バンコックから北東に約400kmに位置するブリーラム県に「チャン・インターナショナル・サーキット」はある。元々ブリーラム・インターナショナル・サーキットと言っていたが、ネーミングライツが決まり、この名前になった。
※2:今季のGT500クラスの車両では、ダウンフォーズ(空力によって車体を路面に押し付ける力)が低めのローダウンフォース仕様と高いハイダウンフォース仕様の2種類に定め、GTアソシエイションが指定したセットを全車が使用する。第7戦ではハイダウンフォース仕様が指定された。
※3:タイヤはゴムの配合(コンパウンド)により特性を変えられる。レース用では、コースの路面特性や予想される路面温度により、保ちが良いがグリップが低めのハード(硬め)、中間のミディアム、グリップは高いが保ちが短いソフト(柔らかめ)といった2、3種類が持ち込まれ、チームとタイヤメーカーが相談して使用する。なので、新設コースや天候の変化により、持ち込みタイヤが合わないと選択肢が狭まることがある。
※4:※2で記したように今季の空力セットには大きな制約がある。このため、シーズン後半に1度だけ新しい空力パーツを投入することが許された(もちろん規定の範囲内)。まさに"切り札"と言うことで、関係者の間ではこれを"ジョーカー"と呼んでいる。

このタイヤと我々のドライバーだからできた勝利

タイヤ無交換を決め、見事優勝を飾ったPETRONAS TOM'S RC F 36号車
タイヤ無交換を決め、見事優勝を飾った
PETRONAS TOM'S RC F 36号車
 今大会の決勝では、LEXUS Racingの多くがタイヤ無交換作戦を採用しました。それはブリヂストンさんが用意してくれたタイヤが、少し硬めだったからできた話で、だから我々としては"ブリヂストンさんが良いタイヤを造ってきてくれたから勝てた"と言うことになるんです。具体的に、タイヤ無交換で行くと決めたのは、日曜朝のフリー走行を終えてから。前日から「こういう作戦(タイヤ無交換)もあるな」くらいには思っていたんですが、土曜の走行からタイヤが保ちそうな感触があって、そこで日曜朝のフリー走行ではユーズドタイヤを履いて、ガソリンも満タンにして走りました。そうしたら合わせて57周走ったことになったんですが、それでもラップタイムは安定していたし、タイヤ表面の摩耗も気にならない。「これなら(いける)」と言うことで、タイヤ無交換を決めました。
 ただレース展開をみて、僕たちは23号車(※5) だけを見てレースしていましたから、例えば僅差で争う展開になったら、相手は必ずタイヤ交換してくるだろうからこちらもタイヤ交換してコース上でパスすることを考えたと思います。でも実際にはギャップが15秒から20秒を行ったり来たりする展開だったから、ここで相手と同じようにタイヤを交換していたら、15秒から20秒の差はそのまま残ってしまう。だからその場合にはタイヤ交換せずにピットアウトさせれば前に出るチャンスが拡がる。そう判断したんです。
 タイヤ無交換は"こうやるしか勝つ方法がない"という作戦でした。しかし、それは誰でもできる話じゃない。"こうできたから勝てた"という側面があるんです。それは"タイヤのマネージメント"(※6)。LEXUS Racingの多くがタイヤ無交換作戦を行ったのですが、どこも皆、最後はタイヤが厳しくなってペースが落ちています。その点、我々のドライバー2人、ジェームス(ロシター選手)と一貴(中嶋選手)は、素晴らしかった。きっちりとタイヤを保たせる走りをしてくれた。それがちゃんとできたからこそ、優勝できたんです。

※5:23号車はGT-R勢のエースカーであり、チャンピオンシップでもポイントリーダーに着けている。このレースでも予選3位で、これ以上ポイントを拡げられないためにもマークすべき相手だった。
※6:ハードやソフトなどタイヤ自身の特性だけでなく、気温や路面の状況、さらにドライビングでもタイヤの保ちやグリップは変化する。スピードを抑えれば保ちは長くなるが、レースであるからには少しでも速いことも要求される。所定の周回数までタイヤを傷めずに保たせ、なおかつ速く、もしくはエンジニアが指示したラップタイムで走ること。このドライバーの仕事を"タイヤ・マネージメント"という。タイヤ・マネージメントが上手いドライバーがいれば、作戦立案やレース途中の変更という幅が広がることになる。

最終戦も正々堂々戦ってタイトルを奪回する

優勝を喜ぶジェームス・ロシターと中嶋一貴
優勝を喜ぶジェームス・ロシターと中嶋一貴
 この第7戦の結果で、シリーズランキング(ドライバーズ)ではジェームスがトップになりました。そして2番手は、37号車(KeePer TOM'S RC Fの伊藤大輔/アンドレア・カルダレッリ)となりました。どちらでも良いので、タイトルを獲ってほしいですね。だからと言ってチームオーダー(※7)は出しません。もっともこの2台が競り合うような状況で、後ろにいる方が明らかに速かったら、(無駄なリスクを避けるため)そちらを先に行かせるよう指示は出すでしょう。でも、同等に競り合っているならチームオーダーなど出しません。36号車も37号車も正々堂々戦って、その上でタイトルを奪回したい(※8)と思っています。
 最終戦ではウェイトハンディや燃料流量リストリクターに苦しんでいたライバルも息を吹き返してくる(※9)と思います。厳しい戦いになるでしょうが、我々も最終戦が楽しみなんですよ。

※7:同じチームの複数車両に対して、チームの思惑で1台を先行させる指示を出すことをチームオーダーと言う。
※8:TEAM TOM'SはSUPER GT/JGTCで3回のドライバーズタイトルを獲得している。今季最終戦では、2009年以来のタイトルを目指すことになる。
※9:SUPER GTはウェイトハンディ制があり、第2戦から第7戦までドライバーの獲得ポイントに合わせたオモリの搭載または燃料流量リストリクターによるパワー制限が行われる。シーズンが進むと共に有力チームは、このハンデとも戦うことになる。だが、最終戦ではこのハンデが免除される。免除には条件があるが、GT500では全車が免除となる。

東條 力エンジニア 東條 力(とうじょう つとむ)
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア

1964年生まれ、北海道出身。バイク好きが高じてトヨタの整備学校に。卒業後はディーラーにメカニックとして就職するが、その近所にあったTOM'Sに転職。素養を見いだされてメカニックからエンジニアとなった。現役時代の関谷正徳氏(TOM'SのSUPER GTチーム監督)のグループA車両なども担当し、これまで多くの勝利、タイトル獲得に貢献している。