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SUPER GT 2014年 第5戦 富士
エンジニアレポート

PETRONAS TOM'S RC F 36号車

決勝は再スタート時のペナルティが痛かった...
順位以外は想定内で、まずまず納得できる週末に
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア 東條 力

各チームのエンジニアにレースを技術的側面から振り返ってもらうこのシリーズ。今回は、台風の影響で荒れたSUPER GT第5戦富士で、序盤の出遅れを挽回しLEXUS RC Fの36号車を5位入賞に導いたLEXUS TEAM PETRONAS TOM'Sの東條力エンジニアに、お話を聞きました。悪天候に翻弄されたレースウィーク。エンジニアリングの観点ではどんなレースとなっていたのでしょうか。

新しいタイヤに合わせ持ち込みセットを変更

PETRONAS TOM'S RC F 36号車のタイヤ交換をするメカニック
PETRONAS TOM'S RC F 36号車の
タイヤ交換をするメカニック
 5月の富士(第2戦)の後、SUGOで行われたテストでブリヂストンのタイヤが変わっています。これは夏場のレース用で、高温対策が施されています。例えば路面温度が高くなってもタレにくい(※1)、そんな特徴を持っています。このため、同じ富士でも今回タイヤが違っている分、5月の仕様とは持ち込みのセットアップ(※2)が違っています。もっとも今シーズンはエアロに手を加えることはレギュレーションで禁止されていて、富士ではレスダウンフォース仕様(※3)のみ。持ち込みセットと言っても、手を掛けられるのはサスペンションをどう味付けするか、くらいです。
 実はレース中にドライからウェットに、あるいはその反対にウェットからドライに、タイヤを履きかえることがあります。より細やかにフィットさせるにはサスペンションなどをファインセットした方がいいのですが、もちろんレース中にはそんな時間的余裕はありませんから、同じセットでドライでもウェットでも行ける。それがレーシングカーにとっても必須のポイントです。

※1:タイヤが摩耗や発熱で本来のグリップ性能を発揮できないことを"タレる"と言う。夏場は路面が40度以上になることもあり、タイヤにダメージが加わりやすい。
※2:これまでのテストや実戦、シミュレーションのデータを基に、サーキットに行く前に施されるセッティング。これを基本に現場の状況でセッティングを修正していく。
※3:今季のGT500では、空力パーツのセットを2つにわけ、サーキットによって変更する。この富士では、空気の流れにより車体を路面に押し付ける力である「ダウンフォース」の低いレスダウンフォース仕様を使う。

Q2はもう1周遅くタイヤ交換していたら......

 今大会は、走り始めからクルマの状態が良かったですね。だから持ち込みセットからあまり変更することはありませんでした。タイヤを、どのセットで予選を走るのか? 決勝用のセットでライフはどのくらいか? そこをチェックすることを最優先で進めることができました。ドライコンディションのQ1は、特に印象に残ったこともないですね。ともかく通過してQ2に進むだけですから。

 Q2は雨がらみでタフな展開でしたね。ハード目のタイヤでピットアウトして行ったのですが、走り始めてすぐに赤旗で中断。残り10分でセッション再開したら今度は雨。2周走ったところで、もうこれじゃタイヤも温まらない(※4)ということで、ピットに入れてウェットに交換して、再スタートしました。残り時間から考えたら3周か4周、というタイミングで、これがベストと思っていましたが、最後になって雨脚が弱まってコースが乾いてきた。そこではもうタイヤが少しタレてきていましたから、もう1周遅くタイヤ交換していたらベストでしたね。これは結果論ですが...。

※4:レース用タイヤでは、想定されたグリップを発揮する接地表面の温度域がある。これは90度以上と言われ、この温度域にするのには最低でも1周、時には数周が必要になる。

今回はライバルのタイヤがピンポイントで合っていただけ

ジェームス・ロシターと東條 力エンジニア
ジェームス・ロシターと東條 力エンジニア
 決勝は再スタート時のスタート違反のドライブスルーペナルティが痛かった(※5)。正直、あれがなかったら表彰台には上がっていたと思います。まぁ急ぐ気持ちは分かるけど、ルールなんだから、とジェームス(ロシター)には言っておきました(苦笑)。でも、それ以外はほとんど想定内で、良くやった、と思います。
 ただライバルのタイヤを履くトップ2の2台(18号車と23号車)には届かなかったですね。今回のピンポイントのコンディションでは彼らのタイヤが、自分たちのブリヂストンよりも合っていた、と言うこと。でも前戦SUGOのウェットコンディションではブリヂストンが速かった訳で、これが必ずしもどちらの方が優位、という結論にはならないでしょうね。

 今回は同じタイヤを使っているLEXUS Racing勢でも差があったと思います。ソフト側のタイヤを選択した1号車、6号車は予想以上に路面とタイヤのマッチングが合わず、苦戦したようでした。39号車は我々と同じタイヤを選択してスタートしたようですが、ピットインで彼らはタイヤ交換をしたのに対し、我々は交換しませんでした。前半でのタイヤ消耗の状況をドライバーから連絡を受けての判断でしたが、結果的にこれが後半の水量が少なくなってきた路面コンディションに合っていたようで、後半もタイムダウンすることなく走行出来ました。
 ほぼフルのハンデウェイト搭載していた37号車も36号車と同じタイヤ作戦を取り、ポイントを獲得することが出来ました。
ウェットコンディションでは常に路面コンディションが変化しているので、路面状況に合わせたタイヤを選択する大変難しい判断になりますね。

 NSX CONCEPT-GTはちょっとパッケージが違いすぎる(※6)ので分からない部分もあります。ですが、同じパッケージのGT-Rと比べると、レスドラッグ仕様(※7)ではLEXUS RC Fの方がドラッグが大きいように思いましたね。得意としていた富士で2戦とも勝てなかったですし。
 でも、ここから先はハイダウンフォース仕様になります。ハイダウンフォース仕様で走った開幕戦ではLEXUS RC F(37号車)が勝っているだけに、自分自身でも期待しています。1戦1戦重要ですが、やはり目標はタイトル争い。その点で言うなら、やはりライバルはGT-R。特にGT-Rの上位車両はマークしています。
 NSX CONCEPT-GTが速くなり、上位に入ることで、これからは選手権ポイントがどんどん分散されることになると思います。それだけに、1ポイント1ポイントを重視しながら戦っていきます。

※5:レース中断からの再スタートにおいて、スタートラインに達するまでそれまでの順位を保っていなければならない(追い越し禁止)のだが、ロシターはその前に前走車を抜いてしまった。このため、ピットロードを制限速度以下で通過するドライブスルーペナルティを科せられた。
※6:今季のGT500クラス車両はフロントエンジン、リアドライブ、直4ターボというセットが基本になる。NSX CONCEPT-GTはGTアソシエイションの特認により、ミッドシップにエンジンを搭載し、動力系もハイブリッドになっている。
※7:ドラッグとは空気抵抗のこと。富士のような高速コースでは、ドラッグは少ない(レス)方が良い。

東條 力エンジニア 東條 力(とうじょう つとむ)
PETRONAS TOM'S RC F 36号車 担当エンジニア

1964年生まれ、北海道出身。バイク好きが高じてトヨタの整備学校に。卒業後はディーラーにメカニックとして就職するが、その近所にあったTOM'Sに転職。素養を見いだされてメカニックからエンジニアとなった。現役時代の関谷正徳氏(TOM'SのSUPER GTチーム監督)のグループA車両なども担当し、これまで多くの勝利、タイトル獲得に貢献している。