レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

375LAP2024.11.06

「人生に寄り添うクルマたち」

白物家電とは異なり、クルマは愛馬や愛犬と同様に“愛車”と呼ばれます。鉄とゴムの塊にすぎないのに、ひとたびクルマとして走り出すと、人々の生活に溶け込みます。そんな愛すべきクルマへの想いを、木下隆之が語ります。

単なる道具であるはずなのに…

クルマを分解してみればただの無機質な鉄とゴムの塊にすぎず、存在の意義は、A地点からB地点に移動する、もしくは物を運ぶ道具にすぎない。なのに、これほど多くの人々の人生を鮮やかに彩り、もしくは興奮させることに驚かされます。
先日、交通タイムス社が発行する「GT-Rマガジン」主催の「R’s ミーティング」が富士スピードウェイで開催されました。毎年恒例のイベントなのですが、年を追うごとに来場者は増えています。
今年は裏で、というかどちらが表でどちらが裏なのかわかりませんが、アメリカではロサンゼルス・ドジャーズ対ニューヨーク・ヤンキーズのワールドシリーズ第二戦が開催されており、ドジャースの大谷翔平がDHで打席に立つのはもちろんのこと、山本由伸の先発が予定されていました。日本ではプロ野球の日本一決定戦です。福岡ソフトバンクホークスと横浜DeNAベイスターズが熾烈な戦いを演じていました。衆議院総選挙の党開票日でもあります。だというのに、富士スピードウェイにはたくさんのGT-Rと、多くの観客が訪れていたのです。

僕は今年もトークショーに招かれており登壇したのですが、MCからこんなコメントを求められました。
「キノシタさんにとってのGT-Rとは?」
これまで長くレース活動を続けてきており、僕の人生においてGT-Rは欠かせない存在であることに違いはありません。
たとえば僕にとって初めての海外レースは、R32型スカイラインGT-Rとともに挑戦したニュルブルクリンクでしたし、そのニュルブルクリンクで日本人最高位である5位を手にしたのもR34型スカイラインGT-Rでした。
かつてはスープラで全日本GT選手権GT500に挑みましたし、いまではGRスープラで戦っています。すっかりTOYOTA GAZOO Racingのドライバーになってしまいましたが、その道筋となったのはスカイラインGT-Rがあったからです。
ですからMCの質問に対していくらでも気の利いたコメントを語ることはできたはずなのですが、その時は口ごもってしまいました。
ステージ前には、たくさんの人達が耳を傾けていてくれていました。その先には、夥しい数のGT-Rが展示されていました。本コースでは、スポーツ走行をするGT-Rの爆音が響いていました。口ごもってしまったのは、僕のこれまでのスカイラインGT-Rとの長い付き合いのことではなく、冒頭で紹介したように、クルマは鉄とゴムの塊にすぎないのに、どれだけ多くの人々の人生を動かしたのだろうかという思いが巡ったからなのです。
おそらくこの日がスープラの感謝祭であっても、86ミーティングであっても、同様の感情を抱いたことでしょう。クルマは果てしないエネルギーを秘めています。人々への影響度ははかりしれないのです。

金勘定するならば…

やや無粋な尺度でクルマの影響度を想像してみましょう。
たとえば、この交通タイムス社が発行する「GT-Rマガジン」は、今年で30年を迎えると聞いています。それまでに多くの編集者が携わり、彼らの生活を支えてきました。出版社にも多大な利益をもたらしてきました。
GT-Rのチューニングをメインに活動しているショップの数も計り知れません。そのショップの経営者だけでなく、その家族もGT-Rによって生活を成り立たせているわけです。
この僕も同様に、GT-Rが誕生せず、つまりそれはニュルブルクリンクにも参戦しなかったかもしれないと想像すると、いまの僕がGRスープラで海外遠征をしてはいない可能性が高いですよね。というように仮定と想像を羽ばたかせてみれば、本当に多くの人々の人生を動かしたわけです。

そんなGT-Rが、2024年モデルを最後に絶版になるとの噂がまことしやかに流れています。KPGC10、通称ハコスカから始まったスカイラインGT-Rの歴史はR32型からR33型、R34型と脈々と受け継がれ、R35型になりスカイラインではなくGT-Rとして独立し、活躍してきました。R35型のデビューは2008年ですから、驚くことに16年間も型式を変えずに活躍してきたわけです。ですからそろそろ新型にスイッチするころだろうというのが巷の期待なのですが、日産から新型モデルのアナウンスがありません。絶版になるとの噂は、これが根拠になっているのです。
ただ、多くのGT-R系ショップは、それほど深刻な気持ちにはなっていないようで、そのことに驚かされました。GT-R人気は衰えることはなく、これまでの歴代のGT-Rをメインテナンスする、もしくはリビルトするなどで生活ができると楽観視しているというのです。それほどGT-Rは偉大であり、たとえ絶版となったとしても、悲観的になる必要はなさそうなのです。
もちろん、人々の生活を華やかに彩ってもいます。ファンの皆さんは、ワールドシリーズよりも日本シリーズよりも、衆議院総選挙にも優先して富士スピードウェイに集まってきてくれたわけで、そのエネルギーに感謝しなければなりませんよね。
彼らはこの日のために、さまざまな仕事をこなして訪れてきたわけです。家庭の用事を片付け、期日前投票をし、この日のために時間とお金を工面してきてくれたのです。
前日に、愛車を丁寧に洗車したのでしょう。ワクワクと心躍らせながらワックスがけをしたかもしれません。燃料を満タンにし、早朝に目を覚まし、弁当を作ったかもしれません。というように鉄とゴムの塊が人の気持ちを高揚させたわけです。それを想像すると、瞳がウルウルしますね。それほどクルマの持つ力を実感したのです。

スープラが見つけた伴侶

トヨタにも、スープラがあり86がありカローラがあります。これまで数多くの人々の人生をグラグラと動かしてきた歴史があります。
先日、ニュルブルクリンクでレースを終えた日のこと、ふたりのドイツ人が僕を訪ねてきました。長く僕のレース活動を応援してくれていたようです。自分の愛車にサインをしてくれというのです。そこで見せてくれたのが、フルチューンのGRスープラでした。
マシンはTOYOTA GAZOO Racingカラーに塗られていました。エンジンは750psにチューニングしているそうです。足元にはトーヨータイヤを履いていました。僕がトーヨータイヤに移籍したことで、自らもブリヂストンから履き替えてくれたというのです。嬉しいですよね。

同伴していた奥様とは、なんでも数ヶ月前に籍を入れたとのこと。驚いたのは、ふたりの腕にニュルブルクリンクのコースがタトゥーとなって描かれていたことです。それ以来、頻繁にサーキットに駆けつけてくれます。もはやドイツの大切な仲間のような存在です。
ふたりにとってGRスープラは、人生において欠かすことのできないモデルであるのです。そしてそのGRスープラがレースで勝利することを祈ってくれているわけです。

R’s ミーティングに招かれ、感傷的な気持ちになったこともあり、今回はGT-Rの存在を中心に話を進めましたが、トヨタにも魅力的なモデルがあり、もちろんホンダにもスバルにも三菱にもダイハツにもあります。
ちなみにR’s ミーティング当日の富士スピードウェイには、マツダのローターリーモデルも集結していました。KPGC10型スカイラインGT-Rと覇を競ったサバンナGTが独特の高周波サウンドを響かせていたのです。
やや日産よりの解釈をするならば、KPGC10型スカイラインGT-Rがあったからロータリーエンジンの栄光があり、ロータリーがあったからKPGC10型スカイラインGT-Rの49連勝が金字塔になったのでしょう。
スープラを開発し、86人気を支え、魅力的なカローラを数多く輩出しているトヨタも同様ですね。スズキにも魅力的なモデルがあります。
白物家電には”愛”の文字がつきません。ですがクルマは愛車とよばれる。愛馬や愛犬と同様に、です。そんなクルマがある幸せを噛み締めています。

キノシタの近況

2024年のニュルブルクリンク耐久シリーズ第7戦は、わがトーヨータイヤが走らせるGRスープラGT4が1位-2位フィニッシュでした。僚友♯170号車は、最終戦を待たずしてシリーズチャンピオンを確定。スープラの強さをまざまざと見せつけましたよ😆

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