レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

379LAP2025.01.14

「新しい年にまた一歩、足を進める」

時の流れは速いもので、木下隆之がレース界に足を踏み入れてからもう40年ばかりが過ぎ去った。すでに大学生時代からモータースポーツに触れているから、人生のほとんどがモータースポーツに染め上げられている。そんな木下隆之が、新たな2025年への想いを綴る。

2024年は、僕にとって新たな挑戦の日々だった。1990年に開始したニュルブルクリンク詣は、35年という月日を積み重ねた。カレンダーの日々をめくる音が繰り返され、今年も新たな年を迎えた。
その音は、イヤフォンから聴こえるような身体に突き刺さる音ではなく、身体全体を包み込むような優しさに溢れている。
とりわけ、TOYOTA GAZOO Racingから参戦した2009年に始まったヨーロッパ遠征は、記憶の中で一層色濃く記されている。LEXUS LFAからスタートしたTOYOTA GAZOO Racing生活は、LEXUS RCF、LEXUS RC、LEXUS ISF、そしてTOYOTA86へとマシンを変えながら続いた。ずっしりと重い記憶は、どうして支え切れるのであろうかと不思議に感じるほどの質量である。挑戦を重ねるたびに、僕自身の体幹が鍛え上げられていったからに違いない。

昨年は、自身初のニュルブルクリンク耐久シリーズフル参戦に挑戦した。それは期せずして、日本人初のフル参戦となった。だがそれ自体に大きな意味はない。それよりもむしろ、これまでのようなテンポラリーの遠征ではなく、彼の地に居を構えての挑戦だったこと、半地下の小さなワンルームで生活しながら日々サーキットに通ったことに意味があるように思っている。

起き抜けにカーテンをさっと開けると、目を突き刺さんばかりの鋭い朝日に覚醒されたこともあるし、ドイツ特有の曇天に気持ちが萎えた日々も少なくない。だが、そんな天候の変化を感じながらシリーズ戦を追ったあの日々が、僕のモータースポーツ人としての人生に淡い思い出を描いたのだ。

あらためて思い起こせば、これほどどっぷりとモータースポーツに浸ったシーズンは初めてだったかもしれない。
朝目覚めてスーパーに買い出しに行き、身体作りに適当な食材を抱えて帰宅し、炒めたり焼いたり煮込んだり、内臓が喜ぶレシピで調理した。それを朝と昼と、そして夜も繰り返した。内臓までレースに向けて追い込んだのは初めてのことだったし、そうする気になったのも初めてだった。
レースウィークはもちろん、アパートとサーキットとの往復が繰り返された。だが、レースとレースの合間には取り立てて急ぎの用事もなく、持て余した時間を埋めるためにガレージに通った。レースを戦い汚れたGRスープラGT4をゴシゴシと手洗いで洗車したり、汗で濡れたレーシングギアをバスタブの中で手洗いしたり、それを掌でパンパンして天日干しした。

それまではプロドライバーとしての遠征だったから、なんだか偉そうに走ることだけに集中することができていた。その意味で2024年は、もちろんプロドライバーとしての契約ではあるものの、けして裕福なヨーロッパ遠征ではなかった。ただ、むしろ楽しかったなぁ。やっぱり僕はDNAからモータースポーツ人なのだと実感、その喜びに浸ることができたからだ。

僕には似つかわしくないけれど、気分だけは大幅ストライドのハードラーのように無心になって駆けた。メダルを狙うトラックアスリートのように、ばててもいいからと覚悟して、その瞬間にエネルギーのすべてを惜しむことなく使い切った。残ったのは達成感だけだ。

そういえば、また新しいカレンダーをめくるにあたって、少しだけ気分を変えようと思っている。これまで30年近く踏襲してきたヘルメットに色味を加えようと思っているのだ。
ヘルメットは個人のアイデンティティだから、基調デザインを変更する勇気はいまの僕にはない。だけど、またあらたな扉を開けるにはそれになりの覚悟が求められるような気がしたのだ。ちょっとだけ変化を加えてみようかと発想したのは、覚悟と挑戦の印である。

この連載コラムが皆さんの目に届く日にはすでに公表されていると思うが、2025年も僕はGRスープラGT4でニュルブルクリンクに挑戦する。
昨年逃したシリーズチャンピオンの称号を奪い取るために、もう一度ニュルブルクリンクの地に立ってみようと決心した。なので、気持ちはからりと乾いて楽天的だ。
僕にとって2025年は特別な年になるはずだ。
皆にとっても2025年が特別な年になることを祈っています。
連載コラムの文体がいつもと変わってしまったのは、2025年の読者の人生が色鮮やかに輝くことを祈ってのエールであり、これからも僕のレースとこの連載コラムを応援していただきたいとの希望です。
「あけましておめでとうございます」

キノシタの近況

文中にあるように、2025年も僕はトーヨータイヤのGRスープラGT4でニュルブルクリンクに挑戦します。引き続き、この連載コラムとレースの応援をよろしくお願いします。

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