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大輝と貴元がついにWRCデビュー!
成長途上のふたりが掴んだ手応え

2016/09/02
  • text by 古賀敬介
WRC
チャレンジプログラム

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大輝と貴元がついにWRCデビュー!
成長途上のふたりが掴んだ手応え

  • 2016/09/02
  • text by 古賀敬介
  • WRC
  • チャレンジプログラム

 先日閉幕したリオ五輪で日本チームは数多くのメダルを獲得した。また、サッカーや野球、テニス、ゴルフなど、世界で活躍する日本人選手は少なくない。彼ら、彼女たちが活躍すればするほど、国内で大きく報じられる機会は多くなり、自然とそのカテゴリーに対する認知度や人気は高まる。かつて、F1がそうだったように。

 来年、久々にWRC(世界ラリー選手権)にマニュファクチャラーとして復帰するトヨタは、そうしたスポーツの状況を理解しているようだ。トヨタは、かつて三菱で4度世界王者となったフィンランド人の、トミ・マキネンにチームづくりとマシン開発を全面依頼。同時に、将来の日本のラリー界を支えるような若手選手の育成も託した。

「TOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジプログラム」と命名されたその育成計画は、昨年、オーディションで新井大輝、勝田貴元のふたりの若手ドライバーを選出した。

あの新井敏弘、勝田範彦の子供というサラブレッド。

 大輝の父親は、かつてスバルのドライバーとしてWRCで2度総合4位に入り、ミドルカテゴリーのPWRCでは2回世界王者となった新井敏弘である。一方、貴元の父親は全日本ラリー選手権で6度も総合王者に輝いた勝田範彦と、ふたりともラリーの世界ではサラブレッドといえる存在だ。ただし、貴元は長年サーキットレースに勤しみ、一昨年までは全日本F3で戦っていた。転身してまだ2年目とラリーでの経験は少ない。また、大輝にしても大学に通いながらアルバイトで活動費を工面していることもあり、これまで思うようにラリーに出ることができていなかった。

 サーキットレースと比べ、ラリーで日本人が世界のドライバーと対等に戦うことはとても難しい。日本には国際格式の素晴らしいサーキットが数多くあり、サッカーに例えるならば欧州の本場と同じ「場」があらかじめ用意されている。対してラリーではヨーロッパのような長く、ハイスピードな未舗装路が日本にはなかなかない。

 国内ラリーの頂点、全日本ラリーで走行するSS(スペシャルステージ)の全日程の合計距離数が、海外ラリーの1本のSS距離に満たないこともあるほどだ。言ってみれば、日本国内のラリーはフットサルやミニゴルフのようなもので、限定された領域の技術しか身につけることができない。

トミ・マキネンにすべてを託した育成プログラム。

 ラリーチャレンジプログラムは、マキネン自身が立ち上げたトミ・マキネン・レーシング(TMR)を母体とする。

 そのため大輝と貴元はフィンランドを活動の拠点とし、2年目となる今年はフィンランド国内選手権や、エストニアで開催されたヨーロッパ・ラリー選手権(ERC)に出場して経験を積んでいる。そして、今年7月末に開催されたラリー・フィンランドで、ついにWRCデビューを果たした。

 プログラム開始から1年半でWRCまで到達したと聞けば、かなり順風満帆だと感じるだろう。しかし実際は、彼らは世界の壁の高さを知り、悩み、苦しみ、もがいている。

 ラリーが国技とも例えられるフィンランドの国内選手権は、サッカーならブンデスリーガやプレミアリーグのようなもの。そこに、日本育ちの選手がいきなり飛び込んだのだから、実力差を痛感するのは当然だ。いかに優れた才能を持っていたとしても、求められる技術、体力、精神力はそう簡単に身につくものではない。しかも、フィンランドのグラベル(未舗装路)コースは世界的に見ても、もっともスピードレンジが高く、難易度も高い。林の中の未舗装路をトップギヤでドリフトしたまま、先が見えないビッグジャンプを何度も飛ぶといった、日本では絶対に経験できないような環境に放り込まれたのだから、彼らに課せられたタスクは相当困難なものだ。

ドライビングだけでなく、全てのレベルを上げる必要が。

 TMRで彼らの指導にあたるヨウニ・アンプヤは次のように語る。

「大輝と貴元が去年初めてこっちに来た時は、今、考えてもかなり低いレベルだった。まず左ハンドルのクルマに慣れることから始まり、貴元に関しては英語もあまり話せなかったからね。ラリー以前の段階からのスタートだった。フィジカルの能力も足りていなかったから、ドライビングだけでなくすべての面でレベルを引き上げる必要があった。しかし、彼らは一生懸命努力し、着実に成長している。経験が少ないからミスも多いが、フィンランドの選手と対等に戦えるようにもなってきた。世界のトップと比べられるようなレベルにはまだ至っていないが、成長のスピードはかなり速いと言えるだろう」

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ペースを落としてでも絶対にすべてのSSを走りきれ!

 今シーズン、ふたりはフィンランド国内選手権を戦い、7月にはWRCのひとつ下のシリーズに位置づけられるERCのエストニア戦に出場。この時は、ふたりともクラッシュでリタイアを喫し、アンプヤからこっぴどく怒られたという。

 問題はクルマにダメージを与えたことではなく、せっかく長い距離を走ることができる貴重な機会を逃したこと。そのため、フィンランド国内選手権の2、3倍もの距離を走行するWRC第8戦ラリー・フィンランドでは、ペースを落としてでも絶対にすべてのSSを走りきるという厳命が与えられた。

 7月24日から31日に行われたラリー・フィンランドは世界最難関とも言われ、WRCトップドライバーでも恐怖を感じるようなコースが山ほどある。彼らが今まで戦ってきたフィンランド国内選手権と比べても、難易度ははるかに高い。

 SSの合計走行距離は約334kmと、国内選手権の2、3倍。それでも彼らふたりは着実にSSをクリアしていき、スピードは遅いながらも未知なるコースで貴重な実戦経験を積み重ねていった。結果、貴元は彼が参加したWRC2クラスで12位、総合27位というリザルトで完走を果たした。

「足りなかったものがはっきりと見えた」

 アンプヤのミッションを完遂した貴元は、充実感に満ちた表情で、次のように初WRCをふり返った。

「かなりペースを落として走ったので、ラリー初日はフラストレーションが溜まりました。しかし、2日目以降は遅いながらも長い距離を走る中で多くのことがわかってきた。ペースノート(コースの状態を記したノートで、コ・ドライバーがそれを走行中に読み上げる)の作りかたや、コースに対するアプローチなど、今まで自分に足りていなかったものがはっきりと見えてきた。全開で走っていたらきっと分からなかっただろうし、最後まで走りきれなかったかもしれないので、本当に良かったと思います。そういう発見もあって、2日目以降は走っていて楽しくて仕方がなかった」

 一方、ラリー終盤まで貴元よりも速いペースで上位を走行していた大輝は、フィニッシュまで残り2ステージというところでクラッシュ。目標としていた完走を果たすことができなかった。

「走行ラインがずれて石にぶつかり、サスペンションが壊れてしまいました。最後まで走りきれず残念です。でも、自分としては本当に多くのことを学んだラリーでした。ペースを落とすにしても、初日はスピードを下げ過ぎて逆にリズムを失ってしまった。そこで、2日目に少しペースを上げたらすべてが良くなった。長い距離の中でどれぐらいのペースで走らなければならないのか、理解することができたと思います。また、今まで自分は速いコーナーでフィンランド人に負けていたと思っていたけど、じつはそうではなくギヤが1、2速の遅いヘアピンコーナーやジャンクション(曲がり角)で大きくタイムをロスしていた。速く走らなければと、突っ込みすぎていたことに気付いたんです。もっとゆっくりとコーナーに入ったほうがタイムが出ると知って衝撃を受けました。この経験を次につなげたいですね」

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世界の頂点にはまだ遠いが……。

 若手日本人ふたりの初WRCチャレンジを見守り続けたアンプヤも言う。

「残念ながら大輝は完走を果たせなかったが、それでも大部分のSSを走りきった。ふたりとも今回のWRC参戦で多くのことを学び、大きく成長したに違いない。今回の経験は次のラリーに必ず活かされるだろう」

 その3週間後、8月19~20日に行われたフィンランド国内選手権第5戦で大輝はクラス7位・総合8位、貴元はクラス10位、総合11位完走を果たした。

 約1年半という短い海外ラリー経験で、若きふたりは大きく成長しつつある。しかし、欧州の同年代のライバルは依然として遥か前を走っている。大輝と貴元が目指す世界は、とてつもなく高いレベルにあるのだ。しかし、ふたりが今まで以上に努力を続け、それをトヨタが責任を持って支え続けるのならば、次の東京オリンピックが行われる頃には世界の頂点を争う彼らの姿を見ることができるかもしれない。これからも、長い目で彼らの成長と活躍を見守っていきたいと思う。

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