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スーパーフォーミュラ 2014年 第7戦(最終戦)鈴鹿 エンジニアレポート

スピードで苦しんだ37号車が今年最後のレースを完勝
2度目のWチャンピオンの裏側を2人のエンジニアが語る
PETRONAS TEAM TOM'S エンジニア 小枝正樹&東條 力

スーパーフォーミュラ最終戦"JAF鈴鹿グランプリ"は、タイトルが懸かった一戦にふさわしい熱戦だった。2レース制のこの大会、PETRONAS TEAM TOM'Sの2人のドライバーは、予選では2レース共にワン・ツーを独占。雨の決勝も37号車の中嶋一貴選手がレース1で2位、レース2で優勝を果たした。この結果、2014年のドライバーズチャンピオンを中嶋一貴選手が獲得し、PETRONAS TEAM TOM'Sは2年連続のチームチャンピオンに輝いた。終わって見れば、このレース、今シーズンはPETRONAS TEAM TOM'Sが、遺憾なく強さを発揮したかに見えた。その強さの秘密、意外な裏側を、ダブルチャンピオンを影から支えた小枝正樹、東條力の両エンジニアに、最終戦と今シーズンを語っていただきました。

十分でなかったレインのデータ。だからエンジニアの腕の見せ所

小枝正樹エンジニア(以下小枝) 最終戦に向けての持ち込みセットですが、基本的には同じ鈴鹿で行われた開幕戦と同じです。もちろんドライコンディションで考えていました。レインセットに関しては、今年から走らせているSF14では、開幕前の富士テストぐらいでしかきちんと走行していませんし、どのチームも十分なデータがなかったはずです(※1)。

今年から走らせているSF14はレインセットに関してどのチームも十分なデータがなかった
今年から走らせているSF14はレインセットに関して
どのチームも十分なデータがなかった
東條力エンジニア(以下東條) クルマをセットアップして行く根本的なところで、(タイヤの)グリップが低い時に、どうやってグリップを上げてやるかを考えるんです。例えば、(サスペンションの)スプリングを柔らかくしてロール剛性を下げるのも一つの方法だし、ダウンフォースをつけて行ったり、キャンバーを立てて行く、という方法もある(※2)。それに、雨の場合はタイヤの問題もあって、レインタイヤは(ウェットコンディションでも)グリップが稼げるように考えられているけれども、それで十分かどうか考える。そして、それで足りないと判断した場合に、どの方法でグリップを上げるかを考えるんです。

小枝 鈴鹿サーキットのファン感謝デーでも一応、ウェットコンディションは走っていますが、これはもうシェイクダウンテストのようなもので、データをとるほどの走り込みもできていなかった。だから富士のテストで1日、雨の中を走ったのが(SF14のレイン時のデータの)すべて。でもこの時は気温/路面温度ともに真冬の状態だったし、雨の量も多かったから、今回とはコンディション的にまったく違っていましたね。

東條 でも一応、富士のウェットに関してはデータがあって、それに鈴鹿のドライと富士のドライのデータもある。その3つのデータをどう相関させていくか。それがチームの、そしてエンジニアの腕の見せ所なんです(※3)。

※1:今季は雨のレースも多かったが、実はすべてがレース途中から雨になっている。このため、完全な雨用のセッティングのデータが取れたのは開幕前に行われた富士テストだけだ。
※2:ロール剛性とはコーナーでクルマが傾くのを抑えようとする力。ドライなら堅くして、路面にタイヤをギュッと抑えつける"ガチガチ"にできるが、雨では"柔らかく"するのが定石。キャンバーとは、クルマを前から見たタイヤの傾きを言う。レースカーでは通常コーナーで踏ん張れるよう"ハ"の字になるが、その分直進の安定が悪くなる。雨では安定方向にしたいので、路面に対し垂直に近くなるよう「立てる」方向になる。
※3:レース用のサスペンションは基本的な形がどのクルマでも近いため、過去のデータの積み重ねが活かせる。また幾何学的に計算(ジオメトリー)で効果も推定できる。これによって走ったことがない状況でのセッティングも可能だ。もちろん、それをどう組み合わせるか、また気象条件やライバルの状況も加味して、最善を導き出せるのかは、エンジニアの頭脳と腕次第だ。

Q1トップタイムがまさかの同タイム。しかし、その内容は......

東條 基本的なセットとして、36号車と37号車に違いはないです。よく「ドライバーの好みがどうのこうの」と言われますが、ドライビングスタイルに違いはあっても、セットの好き嫌いなんて基本的にはないですね。

小枝 そうですよね。アンドレ(ロッテラー)にしても(中嶋)一貴君にしてもプロ、それも世界のトップで戦っている選手ですから、このセットが好きとか嫌いとか、これじゃドライブできないとか、そんな言い方はしはないですね。

中嶋一貴とアンドレ・ロッテラーはQ1で同タイムをマーク、<br>しかしその走り方は大きく違った
中嶋一貴とアンドレ・ロッテラーはQ1で同タイムをマーク、
しかしその走り方は大きく違った
東條 ただし、基本セットから詰めて行って最後のコンマ1秒、コンマ05秒まで行くと、ドライビングスタイルの違いというか、得意不得意は出てきます。
 例えば鈴鹿のQ1でアンドレと一貴がまったく同タイムでしたよね(※4)。でも、細かく見て行くとセクター1ではアンドレの方が速くて、一貴はセクター3でタイムを詰めている。セクター1で好タイムを出すためには、ボトムスピードを下げず、スピードを維持していく必要がある。それはアンドレのドライビングスタイルというか得意な部分。一方、一貴が速かったセクター3は、きっちりブレーキングして立ち上がりを重視するコーナーが多い。これも一貴が得意とする部分です。それにしてもまったくの同タイムというのは驚きました。

小枝 個人的には今シーズン、特に中盤戦では(予選での)タイムが伸び悩んでいたので、このトップタイムでホッとしましたね。

※4:Q1のラストアタックで、ロッテラー選手がまず1分38秒085のQ1トップタイムを記録。続いてゴールラインを通過した中嶋一貴選手のタイムもまったく同じ1分38秒085。同じマシン、同じタイヤ、同じ条件の2人が同じ最速タイム記録したことに鈴鹿のスタンドはもちろん、あらゆる所から歓声上がった。なお同タイムの場合、ルールでは先に記録した選手が上位になるため、レース1のポールポジションはロッテラー選手のものとなった。

トップドライバーなら雨ではほとんど差が出ず抜くのは難しい

東條 レース2では新たにトライしたセッティングが結果的に裏目に出てしまい、アンドレにとってはタフなレースになりましたが(※5)、それを除けばトップ4(のパフォーマンス)は皆同じようなもの。だから順位が変わることもなく、スタートですべてが決まった感じでしたね。レース1ではペナルティでロイック(デュバル選手)が後退したから解り難かったけど、4人の中ではロイックが少し速かったのかな。でも抜けなかった。
 レース2でロイックがミスして、JP(ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ選手)が並びかけたけど、結局、最後まで抜けなかった(※6)。

トップレベルのドライバーは、ウェットレースでもタイムに大きな差はないと語った小枝エンジニア
トップレベルのドライバーは、ウェットレースでも
タイムに大きな差はないと語った小枝エンジニア
小枝 アンドレが雨の中ではめちゃくちゃ速い、とか一貴君が"雨の中嶋"と呼ばれて(※7)ウェットレースに強い、とか言われてますが、トップレベルのドライバーだから、正直(雨のタイムに)大きな差はないと思います。

東條 フォーミュラカーのレースでは、空力がシビアで、ある一定の距離までは詰めることができるけれども、それ以上(間隔を)詰めることは難しいんです。雨のレースではさらにウォーターカーテンもありますからね。レース1ではJPが抜群のスタートでトップに出て、レース2では一貴がポールから順当にトップに立って...。でもそこから先は変えようがなかった。彼らはミスすること自体が少ないし、致命的なミスはまず犯すことがないから。

小枝 レース1でアンドレがポールから順当にスタートできていれば、また違った展開になっていたと思います。

東條 それにしても、雨は難しい。スタートした後、果たしてどうなるのか? 最近ではどのチームも雨雲の流れ(気象サービスのレーダー図)を見て予想はしているけれども、実際に雨の量が多くなるのか、それとも止む方向なのかは判断が難しい。何よりも1台だけで走っている訳じゃなくて相手があるから(その相手に対して)速かったかどうかで判断するしかないから。

小枝 実は富士(第3戦)でも雨の中で一貴君が勝っているんですが、あの時はラッキーな面が大きかった(※8)。決して速さでライバルを圧倒していたわけでもなかったから、今回、速さで勝って優勝できたことには満足しています。

※5:レース1ポールポジションのロッテラー選手はスタートに失敗し、4番手までポジションを落とした。スタートの違反で3番手のデュバル選手がペナルティで交代して3番手となるが、2番手の中嶋選手を抜くまでには至らなかった。
※6:レース2の終盤、3番手のデュバル選手にややスピードで勝るデ・オリベイラ選手が攻めていた。
※7:中嶋選手の父、往年の名ドライバーである中嶋悟氏(現在はライバルチームNAKAJIMA RACING監督)が、やはり雨で安定感ある速さをみせたことから"雨の中嶋"と呼ばれていた。一貴選手も雨で良い走りを見せることから、当然のようにこの称号で呼ばれる。
※8:第3戦はラスト10周で強い雨が降り出し、トップのデ・オリベイラ選手が他車のスピンの影響でスピンし、ストップ。素早くレインタイヤに交換した中嶋選手と平川選手のトップ争いになり、両車がそれぞれコースアウトする危機がある中、辛くも中嶋選手が逃げ切った。

トラブルが大敵な新車のシーズン。トラブルを出さない工夫も大事

小枝 今シーズンはクルマが一新されていますが(※9)、その影響でしょうか、トラブルも少なからずあって、それがレース結果、シーズンの展開を大きく左右したように思います。ただ我々に関してはダラーラ製のシャシーも、トヨタ製のエンジンも大きなトラブルはなくて、それが好成績を残せた大きな理由の一つですね。

東條 シーズン前の開発の段階では、いろいろトラブルも出ていましたが、チームにデリバリーされた辺りからトラブルは少なくなりました。(新型車の年は)テストしようとしてトラブルで走れないとクルマのセットアップが進まず、(ライバルに対し)大きく遅れを取ってしまうから、シーズンを通して見ると非常に厳しい。その面からも、今シーズンは良かったです。

今シーズンはクルマが一新。その影響か、トラブルも少なからずあった
今シーズンはクルマが一新。
その影響か、トラブルも少なからずあった
小枝 意外に見逃されがちですが、チームによってトラブルを出さないような努力している部分もあるんです。

東條 例えば(トランスミッションの)ギヤが壊れる。その原因として例えば、そもそも製品が悪いというケースもあって、これは自分たちではどうすることもできないのです。でも、壊れやすいところがあると、ひと手間かけて、そこを磨いて壊れ難くしてやる。また多くのパーツは(走行)距離で管理していますが、(シャシーのパーツでは)ダラーラから「このパーツは5000kmで交換」とか目安が示されています。でも「この使われ方だと7000kmは大丈夫」とか「このパーツはストレスが溜まるから3000kmで交換しよう」とかサジ加減する。ウチではそれが上手く行っていてトラブルは減ってますね。

小枝 (マシンを)組み立てる際のメカニックの、うっかりミスが少ないのもウチの自慢じゃないですかね。メカニックのレベルとかマンパワー(※10)とか、チームの体制がしっかりしているから、うっかりミスが防げている一面もあります。

※9:今季は、5年間使用したFN09(昨年の同じ車両だったが、シリーズ名称の変更で車両型式のみSF13となった)から、イタリアのダラーラ社が設計/製造したSF14にシャシーが変更された。
※10:1人があれこれやるのではなく、1つの仕事を複数の人で分担したり、相互チェックしたりという人の人数を掛けられるという、人の数という力の意味。

社員だけでなく長く一緒に仕事することが"強さ"に繋がる

東條 レーシングチームは、社員だけでなくフリーのメカニックとも契約しているケースが多い。TAEM TOM'Sでも外部のメカニックに来てもらっていますが、走らせているすべてのカテゴリー、すべてのクルマに1人ないし2人は専属の担当者がいて、その人間は他のカテゴリー、他のクルマを手掛けることはしない。もちろん手が足りない時に応援に行くことはありますが、基本的にはそのクルマだけを、シーズンを通して見ている。

小枝 だから、担当するクルマと付きっきりだから、詳しくなるし、そのキャリア(※11)もすべて把握できます。

東條 それに、社員だけでなく契約のメカさんでも、TEAM TOM'Sと長くつき合ってくれる、長く来てくれる人が多い。37号車でも担当するメカニックの多くが、TEAM TOM'Sでのキャリアが長い、小枝にとって先輩ばかりでしょ?

小枝 そうですね。だから今でもいろいろ教えてもらうことが多いですね。

東條 メカニックだけでなくトランスポーター(レースカーの輸送用大型トラック)のドライバーもそうで、TEAM TOM'Sは京浜運輸にお願いしていますが、担当のドライバーさんは、もう20年来の方です。レースの週末は彼にタイヤ関係(タイヤサービスへの搬送や空気圧など状況管理)を見てもらっていますが、戦力として計算できる。

小枝 時には「内圧(※12)、少し上げた方がいいんじゃないの?」と助言をもらうこともあります。本当に詳しくて、実は僕がはじめてTEAM TOM'Sに入った時も、この(トランポの)ドライバーさんにいろいろ教えてもらいました(笑)。

※11:クラッシュや故障したとか、壊れないまでも負荷がかかった、補強したなど、その車両に起きた出来事の履歴。
※12:タイヤの空気圧のこと。レースタイヤの表面は走行中に90度を超るため、その熱で空気圧が静止時からかなり変化する。この内圧によってタイヤの接地面積も変わるため、管理が非常に重要になる。レースや予選でサスペンションの調整時間すらない場合は、この内圧を調整して出すこともある。

今季、最大の勝因は2人のドライバー。来季はさらに速いクルマを目指す

小枝 今シーズンはドライバーとチーム、ダブルタイトルを奪回(※13)することができましたが、最大の勝因はやはり2人のドライバーです。世界のトップで活躍するレベルの2人が揃っているのはチームとしても大きいですね。

東條 シーズン最後までチャンピオンを争った最高レベルのドライバーが2人揃っているから、例えばテストでも、安心して(2人が)別メニューで進めることができます。もちろんデータは共有していますから、テストが終わったところでもう1台のデータを見れば、そちらで進めていたテストメニューの成果も手にすることができます。

小枝エンジニアと中嶋一貴
小枝エンジニアと中嶋一貴
小枝 実際に振り返ってみると今シーズンは苦労しました。第3戦の富士で勝っていますが、速さがなくて苦労した印象の方が強かったですね。でも、一貴君が粘り強く走ってくれて、またラッキーな面も少なからずあって、ポイントを取りこぼすことなく積み上げて、最終戦にはポイントリーダーとして臨むことができました。

東條 アンドレとしては、開幕戦でチームのミスが大きかった(※14)。あのミスがなかったらシーズンの展開は違っていただろうね。あとF1のベルギーGPに参戦するために1戦パスしたのも痛かったね。
 でも今シーズンの最大の敗因は、スタートでの失敗が続いたこと。シーズンを通して一体、スタートで何台に抜かれたんだろうってくらいミスしてる。去年までのアンドレは、スタートが上手いことも大きなアドバンテージだったけど、今年のクルマでハンドクラッチに替わっていることが影響してるみたいですね。来年は、もう少しスタートを上手く決めてほしいですね。これが課題だな。

小枝 37号車に関して言うなら、シーズン中盤に悩まされたスピード不足。実はその原因も「この辺りにあるんじゃないか」と目処がついています。もちろんテストして検証する必要はありますが、(解決の)道筋は見えてきました。

東條 各チームがSF14のセットアップをさらに進めてくるから、来シーズンはもっと厳しい戦いになることも考えられます。でも、TEAM TOM'Sとしては、チームの高い総合力を発揮して、今以上にさらに速いクルマに仕上げて連覇したいですね。

※13:TEAM TOM'Sは2006年からスーパーフォーミュラ(当時はフォーミュラ・ニッポン)に参戦し、2011年にロッテラー選手がドライバーズ、そしてチームのWタイトルを獲得。翌年は中嶋一貴選手がドライバーズを獲得したが、チームタイトルは逃している。昨年はチームタイトルのみ獲得している。
※14:今年の開幕戦の決勝で、所定のピットインで入ったロッテラー車のフロントタイヤを交換する際、メカニックが左右を間違えてしまった。左右が逆だとタイヤの回転方向も逆となり、回転方向も考慮されているレース用タイヤは本来の性能を発揮できないどころか、レース終盤にはタイヤが傷んでしまい、トップ争いをしていたロッテラーポジションを落として、結局5位でレースを終えた。

小枝正樹エンジニア 小枝正樹(さえだ まさき)
中嶋一貴 担当エンジニア

1979年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後はレースと無関係の会社に就職するも、子供の頃に見たF1が忘れられず、2007年にTOM'Sへ入社。データ解析のエンジニアを経て、昨年からレースエンジンニアに就任。SUPER FORMULAでは中嶋一貴の37号車を担当している。


東條力エンジニア 東條 力(とうじょう つとむ)
アンドレ・ロッテラー 担当エンジニア

1964年生まれ、北海道出身。バイク好きが高じてトヨタの整備学校に。卒業後はディーラーにメカニックとして就職するが、その近所にあったTOM'Sに転職。素養を見いだされてメカニックからエンジニアとなった。現役時代の関谷正徳氏(TOM'SのSUPER GTチーム監督)のグループA車両なども担当し、これまで多くの勝利、タイトル獲得に貢献している。